6.彼女は知っている
今日も普段と変わらず学校へ向かう。だけどその足取りは重い……。
いっその事、僕の置かれている立場を親に話してみようか?
知れば学校なんて行かなくて良いと言ってくれるだろう。
病気の件で心配をかけてしまっているのに、そんな事出来るわけがない。
考えれば考える程、気持ちが重くなりそうだったので急いで頭を振って負の感情を追い出す。
昨夜、妹は新しく出来た友達との学校での出来事を楽しそうに僕に聞かせてくれた。
僕の分まで、妹が楽しんでくれているんだ。
それでいいじゃないか……自分にそう言い聞かせる。
学校に着くと、下駄箱で上履きに履き替える。
ロッカーに入れて置いた辞書を取り出し教室に向かう。
教室の扉に手をかけ中に入ろうとしたが、いつもより騒がしい事に気づいた。
耳をすまして中の様子を伺う。
「なぁ、聞いたか?あのクズ、鳳月さんを捨てたと思ったら、今度は鷺丘さんに手を出したらしいぜ」
「マジかよ!?俺、鷺丘さん好みだったんだよな……最悪すぎるだろアイツ。どんだけ美少女の弱み握ってるんだよ。もしかしたら後輩とかもヤバいかもな」
「ああ、それこそ遥騎の妹とかもヤバいかもな」
「おい、冗談でもそんな事は言うな。もし俺の妹に手を出す様な事があれば……アイツには生まれてきた事を後悔させてやるよ」
「おー、怖っ。それが少し前まで親友だった奴に言うセリフかよ」
「あんなクズを親友だと思った俺が間違えてたんだよ。乃空を泣かせた奴を俺は絶対に許さない」
そこでもう限界だった。僕は踵を返し走り出す。
遥騎の言葉を反芻する。
彼の僕に対する憎しみはこの短期間で予想より遥かに膨らんでいた事を痛感させられた。
とにかく一人になりたくて屋上に飛び込む。
空を見上げる。僕の心の内を表すかの様に、どんよりとしていた。
ふらふらと誘われる様に柵の方へ歩みを進める。
柵に手をかけ、体を乗り出して眼下に広がる光景を見つめる。
友達と談笑しながら楽しそうに登校する生徒の姿が目にとまる。
僕も乃空と一緒にあんな風に登校していたんだよな……少し前の楽しかった日々を思い出して涙が溢れそうになる。
何かもう疲れた……。どうせ手術したからといって成功するかどうかなんて分からないんだ。
(ガチャ、ギィィィ……)
ここから飛び降りたら、すぐに楽になれる……。
この世から消えれば、僕を誹謗中傷をしていた誰かの心に消えない傷を残す事が出来るだろうか……。
「だ〜れだ〜」
気の抜けた声が聞こえると同時に僕の視界が奪われる。
さすがに昨日の今日なので、こんな下らない事をするのが誰かは分かる。
「昨日の人だろ。もう僕には構わないでくれって言っただろ」
「あれあれ〜、昨日あんなに仲良くお昼を過ごしたのに、そんな寂しい事を言うんだ〜」
「何が仲良くだ……。君がずっと喋り通しだったから席を立つタイミングを見失っただけだ。その話はいいとして、一つ聞きたい事があるんだけどいいかい?」
「ん〜?スリーサイズとかは教えられないけど、えっちぃのじゃなければいいよ〜」
「はぁ……。真面目に話してる僕が馬鹿みたいだ。その喋り方何とかならないのか?まぁ、いいや。聞きたいのは君の名前だよ」
何故か、また別の女の子に手を出した最低な男という噂が流れていた。
僕が昨日……いやここ最近話したのはこの子だけだ。
噂の女の子が誰を指すのか確認するまでもないのだが、念の為という事で尋ねる。
「昨日も言ったけど〜、爽凪だよ〜」
「それは知っている。僕は苗字を聞いているんだ」
「あ〜!!そっか、昨日は言ってなかったよね〜。私の名前は鷺丘、鷺丘爽凪だよ〜。でも鷺丘って可愛いイメージないから出来れば爽凪って呼んで欲しいかな〜」
やはりこの子がそうだったのか。これで疑問が解決した。
目的派きっと僕の立場を悪くする為に近づいてきた……これで間違いないだろう。
「ようやく君の目的が分かったよ。僕を陥れようとしてるんだろ」
「ん〜?爽凪、言ってる意味が分からないんだけど〜」
「惚けるなよ。朝来てみたら、今度は君に手を出したと噂されてるんだぞ!!昨日のアレだってハニートラップのつもりだったんだろ!?僕を馬鹿にしてそんなに楽しいのかよ!?頼むからもう構わないでくれよ」
僕の視界を奪っていた手が離れる。
僕は今、自分が情けない顔をしている事ぐらい理解している。
そんな顔を見られたくなくて、彼女の方に向き直る事が出来ないでいた。
「馬鹿になんてしてないよ。私って馬鹿だからさ……明るく振舞った方が良いと思ったんだけど不愉快にさせちゃったんだね。悪気はなかったの、本当にごめんなさい」
「そんな嘘に誤魔化される訳ないだろう。どうして僕にこんな仕打ちをするんだ……。僕が君に一体何をした!?ふざけてないで答えろよ」
心にゆとりがないせいで、つい口調が荒くなってしまう。
「君の表情がさ、知り合いに似てたんだよ。だからかな……心配になって声をかけたんだよ」
「君の知り合いに似ていたから声をかけた?君が僕を心配しているだと?そんな事言われても意味が分からない!!」
「ごめんね、ちょっと分かりづらかったよね。その子と君の顔は似てないわ。かおって言ったけど似ていたのは表情の方ね。君、人生もう諦めてるでしょ?」
そんな事ないと口にしようするが、うまく言葉が出てこない。
「無言なのは図星って事でいいんだよね。よく知りもしない私に言いたくないかもしれないけど、話を聞く事ぐらいは出来るから。少しはスッキリするかもしれないよ?だからちゃんと答えて。ねぇ、君は何でそんな表情をしているの?」
僕の事情を聞きたいだと?冗談でもそんな言葉は口にして欲しくない。
そもそも聞いてどうする?受け止められるわけがないし、受け止めて欲しいとも思わない。
僕は何も答えなかった。
どれくらい時間が経過しただろうか?痺れを切らしたのは彼女の方だった。
「もう、本当に頑固な人ね。このままだと話が進む気がしないからハッキリ言わせてもらうわね。いくら病気とは言え、何で大好きな幼なじみからの告白されて断ったの?」
またその事か……。理由も知らないくせに先日のあの女みたいに僕を非難するのか……。
もう本当に自分の意見を押しつけたい奴ばっかりでうんざり……ん?いや、ちょっと待ってくれ。
彼女は今……何て言った?
確かに『いくら病気とは言え』と言っていた。
病気の事は家族以外は誰も知らない。
「ふふふ、何故って思ってるでしょ?私のパンツを見ても動揺しなかった罰よ。何で知ってるかは教えてあげない」
そう言って、片目を閉じて人差し指を口元に当てる。
男なら可愛いと思う仕草も、今の僕には不快なものにしか映らなかった……。
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