5.彼女の名は……
あれから少しの時が流れた。
乃空は告白の日から一週間ぐらい学校を休んでいたが、今は何事もなかったように登校している。
いや、僕と意識的に目を合わせない様にしているので、何事もなかった……ではないか。
あの日から僕の評判は予想していた通り急降下していき、今に至っては僕の存在は既に『ないもの』とされている。
あの日からそんなに時間が経っていないのに……。
集団心理の恐ろしさというものをまざまざと見せつけられた。
不幸中の幸いといえば、文句を言われたり、物を隠されたりといった嫌がらせが最初の数日で終わった事だろう。
昼休みになると、逃げるように教室を出る。
向かう先は屋上、僕にとって因縁のある場所だが、ここしか落ち着ける場所がなかった。
誰も居ない屋上に仰向けになり、空を見上げる。
「今日も空が青いな……」
登校してから初めて声を出したせいだろうか……。呟くように発した声は掠れていた。
直ぐに昼ご飯を食べる気にもなれず、ぼんやりと空を眺める。
どれくらい時間が経過しただろうか?予期せぬ変化が突然訪れる。
「お、痛々……じゃなくて、居た居た」
その声と共に、青空が急に視界から消えた。
音もなく近寄ってきた誰かが、僕の眼前に立ったからだ。
目の前には、スラッと伸びた細い足とスカート。そして隙間から下着まで見えた。
「お〜い、人のパンツ見て反応無いとか傷付くぞ〜。美少女で男子に人気の爽凪ちゃんが噂のクズ野郎君にわざわざ会いに来てあげたんだぞ。もうちょっとほら、何か反応しなさいよ〜」
黒か……。レースがあしらわれた大人っぽい下着に僕の目は釘付けになっていた。
何か言われているようだが、全く耳に入ってこない。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「人のパンツから目を逸らさず無言を貫くって……君なかなか肝が据わってるね。そこまで堂々とされると流石に怒る気にもなれないや。ん〜、でも〜、な〜んか悔しいからもっと凄いの見せちゃおっかな〜」
そう言った直後、突然スカートの中に手を入れたかと思うと、パンツの両サイドに手をかけ始める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
流石にこれはマズい。
そのまま起き上がってしまったら、顔からパンツに飛び込んでしまう状況だった僕に出来るのは顔を背ける事だけだった。
「にっしし〜、やっと反応してくれた〜。馬っ鹿だな〜、脱ぐわけないじゃ〜ん。露出狂じゃあるまいし〜」
頭上からようやく彼女が動いたので、僕も起き上がる。
コホンと小さく咳払いして話しかける。
「それで君は誰?」
爽凪という名前と声に聞き覚えはなかったが、顔を見てはっきり分かった。僕はこの子と面識はない。
「え〜、さっきも言ったじゃん。爽凪だよ爽凪。何を隠そう爽凪は、クズ野郎君と同じ学年なんだよ〜。結構モテるんだけどな〜、爽凪の事を知らないとかショ〜ックだよ〜」
改めて爽凪と名乗る目の前の少女を観察する。
緩やかなウェーブのかかった茶色の髪をサイドポニーで纏めていて、人懐こっそうな笑みを浮かべている。
見た目がギャルっぽい子は僕の好みじゃないけど、自分で言うだけあって素直に可愛いと思った。
そう言えば、学校をサボる不良生徒が居るって聞いた事がある。
顔も可愛いとかで、周りが騒いでいた様な覚えがある……。
とは言っても、彼女とはクラスが近くなった事もなかったのだから、知らなくても仕方ないだろう。
「それで、人気者の君がクズ野郎の僕なんかに何の用があるんだ?」
クズ野郎と彼女に言われても何故か嫌な気はしなかったが、僕は警戒心を露わに問いかける。
「ありゃりゃ〜、怒っちゃったか〜。まぁ、そりゃそうだよね。ごめんごめ〜ん。特に用事って訳じゃないんだけどさ〜。一緒にご飯食べようかな〜って」
「昼飯を食べる?僕にそんな気はないから。一人になりたいから僕の事は放っておいてくれないか?」
「うんうん、そっかそっか〜」
理解しているのかしていないのか分からない態度で僕の言葉に頷きながら……何を血迷ったのか彼女は僕の隣に腰を下ろした。
「あのさ?僕の話聞いてなかった?僕は君と昼食を摂る気はないと言ったんだけど?」
「ちゃんと聞いてたよ〜。じゃあ聞くけどさ〜?」
そこで一度言葉を切り真顔になる彼女。
「君は私の要望を拒否したんだから、私も君の要望を拒否するの。ねっ、お互い様でしょ!?」
そう言ってまた先程と同じように満面の笑みを浮かべる。
不覚にもそんな彼女に見惚れてしまった。
僕の耳にくすくすと笑う声が届き、はっとして我に返る。
「なんだよその理屈は……。あと余計なお世話かもしれないけど、語尾伸ばしたりするの馬鹿っぽく聞こえるからやめた方がいいよ」
動揺を悟られたくない僕から咄嗟に出たのは、そんな子供じみた言葉だった。
「え〜、この喋り方って可愛いじゃ〜ん。結構評判いいんだけどな〜。あっ!?でも同性には評判悪いかも〜」
それキャラ作ってるとか思われているからだろうと理解したが本人が気に入っているならこれ以上は言うまい。
「僕は食事が終わったら出ていくから好きにしたらいいよ」
捨て台詞を吐いて、持ってきたパンの袋を開ける。
乱暴に齧り付く僕を見て、また彼女がくすくすと笑う。
一体彼女は何のつもりで僕に近づいてきたのだろうか?
今はとにかく面倒事を避けたい。だから放っておいて欲しい。
そんな建前とは裏腹に、久しぶりに家族以外と会話出来た事が嬉しかった。
そして気づいてしまった、僕は『寂しかった』のだと……。
そんな事にすら気づかないぐらいに僕の心はすり減っていた。
今も隣でしきりに話しかけてくる彼女に心の中で『ありがとう』と語りかける。
結局、僕は彼女の会話に曖昧に相槌を打ちながら昼休みが終わるまで屋上で過ごした。
この光景を見ている者が居るなんて知らずに……。
いつも読んで下さってありがとうございます。ブクマ・評価ありがとうございます、とても励みになっております!!
感想も読ませていただいております、本当にありがとうございます。こちらも励みにさせていただいております!!
皆様が鳳月に対して率直な意見をぶつけて下さるおかげで、これからも冷静に鳳月を書いていけそうです。
そして、不快にさせてしまう部分で終わっていた様ですので、明日あげる予定だった5話を前倒しさせていただきました。
頂いた感想にきちんとお返事させていただきたい所ですが書くペースが遅いので、話を進める方を優先させていただきたいと思います。あと止まっている作品も気になっているので……。
お待たせするかもしれませんが、これからも引き続きどうぞ宜しくお願い致します!




