4.彼女なりの正義
「何時までそうしているのかしら?貴方が余計な事をするから髪が乱れたじゃない」
ようやく泣き止んだと思えば、最初に出た言葉がそれか……。
僕は苦笑しつつ頭から手を離した。
言葉の鋭さの割には、照れた表情を浮かべる鳳月さんだが、ここでその事を触れる様な馬鹿な事はしないでおく。
「悪かったよ、でも色々気を使ってくれたんだな」
「べ、別に貴方の為なんかじゃないわ」
クール系と聞いていたが、ツンデレ属性も持っているのだろうか?
「でも、お礼はきちんと言わせてくれ。ありがとう、手段はどうであれ君のおかげで乃空は諦めてくれそうだ。だけど、腑に落ちない事もある。君にメリットなんてないのになんで協力してくれたんだ?」
「貴方だって事情をいわないのだから、私だけ理由を言うなんて不公平よ。だからその問いには答えません」
頬を膨らませ、得意気に言う鳳月さんに不覚にもドキリとさせられてしまう。
「そうだね、確かにお互い様だ。これに関してはもう聞かないよ。でも、そうなると一つ問題が出来たな……」
「何を言ってるのかしら?私のシナリオに問題なんてないわ」
よほど自信があるのだろう。その証拠に胸を張っているのだが、そのせいでアレが強調されてしまっている。
だけど悲しいかな……彼女の胸は……いや、これ以上は彼女の名誉の為にも考えるのは控えよう。
人の価値はアレでは決まらないのだから……。
「ちょっといいかしら?貴方、私に対して失礼な事を考えたりしてないわよね?」
まさか心が読まれたのか!?ジト目を向ける彼女に動揺を悟られないように平静を装う。
「それは誤解だよ。問題がないと言われて理解出来なくてさ、だから考えていたんだ」
「そう、それならいいのだけど。それじゃ私から尋ねるけど何が問題なのかしら?」
彼女は問題点を本気で理解してないらしい。
僕らは付き合っている事になっているんだ。
その事が問題にならない訳ない……はっ!?まさか、彼女は僕の事が好きなのか!?
それならば確かに問題がない……気もする。
「僕達は付き合っている事になってるんだよね?今の僕は噂のせいで評判は最悪だ。そんな僕と付き合っているなんて周りに知られたら君に迷惑がかかる。君はそれでもいいのかい?」
僕の抱く疑問点を聞き、右手を頬に添え首を僅かに傾ける。
美少女って、こんな些細な行動でも絵になるからズルい。
同じ事を、そこまで可愛くない子がやったら、何を気取っているんだとかなりそうなのに。
「ああ、私の事を心配してくれていたのね。それなら問題ないわ。私は貴方に弱みを握られ無理矢理付き合っていただけという噂もこれから広まる様にしているから」
ちょっと待ってくれ。今でさえこんな状況なのに、更にそんな噂が流れたらトドメじゃないか。
学校で僕の居場所が完全になくなる。
「あのさ……流石にそこまでされると僕も困るというか……その……」
「本当は嫌いでもない幼馴染を振っておいて、何を今更。人の気持ちが分からない貴方みたい最低な人は、自分のした事を反省するといいわ」
鼻をフンと鳴らして、僕に背を向けそのまま去っていこうとする鳳月さん。
僕の置かれた境遇も知らないくせに……僕の中で何かが切れた。
「お前に何が分かる!!好きな幼馴染を諦めないといけない俺の気持ちが、お前みたいに変な正義感を振りかざした偽善者に何が分かるんだよ!!」
背を向けてこの場を去ろうとしていた彼女が振り返り、こちらに戻ってくる。
そのまま先程と同じように、平手打ちをされた。
「こ、この……」
流石に女の子に手を上げる訳にもいかず、拳を握り締めて彼女を睨む。
「貴方にどんな理由があろうと、幼馴染を泣かせる人を私は絶対に許さない。それに私は最初に貴方に『どうして振ったのか』を尋ねたわ。答えなかったのは貴方なんだし、もう今更興味もないわ。私は嘘をついて幼馴染を泣かせる人が嫌いなだけ……偽善でも何でも好きに思ってもらって構わないわ」
ここまで聞けば馬鹿でも分かる。
きっと彼女は、過去に幼馴染絡みで何かあったのだろう。
そのせいで、彼女の中で一つの正義が出来上がってしまったのかもしれない。
もぅ、いいか……。
どうせ何年生きられるか分からない身だ。
乃空の僕への想いが消えてくれただけでも御の字と思わなければな。
僕は空を見上げる。足音が徐々に小さくなっていくのを感じながら、先程と変わらぬ綺麗な青空に目を細める。
会話の最初はそこまで重い空気ではなかったはずなのに、最後は怒らせてしまったな。感情がコロコロ変わるまるで猫みたいな人だった。あんな人とはまともな話なんて出来るわけない。
彼女のせいにして無理矢理気持ちを落ち着かせようとするがダメだった。
「ちくしょう……ちくしょう……」
昨日は辛うじて堪えられた涙が……僕の頬を濡らした……。
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