3.彼女はなぜ……
僕は今、自称噂を広めた張本人と対峙している。
そもそも、噂を広めた人(有栖)がこうして被害を受けた者(僕)に自分の罪を自白するっておかしくないだろうか?
熱くなった頭を冷静にしなければいけない、クールダウンしろ……と頭の中で念じる。
「それで確認なんだけどさ……噂を広めたって言ってたけど本当の話?」
「ええ。さっきそう言いましたよね?貴方もそれを聞いて掴みかかって来たじゃない」
そう言うと、鳳月さんは僕を真っ直ぐ睨んでくる。
「そ、それは悪かった。でも、なんであんな噂を……」
「貴方、昨日屋上で月夜野さんに告白されてたでしょ?予想してるかもしれないけど、私もあの場に居たのよ。最初に言っておくけど、私が先に居て貴方達が後から来たのだから私に非はないわよ」
自分には非はないと、しっかり釘を刺してくる。
なかなか抜け目のない性格をしているらしい。
「そこに関して別に非難しようとか思ってないから。それで、その事と噂を流した事とどんな繋がりがあるんだ?」
「貴方、あんな中途半端な態度で彼女が諦めると思ったの?それだったら本当におめでたい頭をしているのね」
「な、なんだと!?」
1歩踏み出そうとしてギリギリで踏みとどまる。
「だからそうやって直ぐに掴みかかろうとしないで。話をする前に一つだけ質問するけど、なんで彼女の事を振ったの?」
「君には関係ない」
「そうね、私には関係ないわ。でもこれだけは言わせて。貴方こそなんであんな顔してたのよ。泣いてこそいないものの、月夜野さんと大して変わらない酷い顔をしてたの自分で気がついてた?」
「…………」
「……ふぅ。別に言いたくないなら無理に聞こうとしないわよ。いいわ、話を戻すわね。あの後泣き崩れる月夜野さんに声をかける訳にもいかずどうしたものかと困っていたら、一人の女の子が屋上に来たの。見ない顔だったからおそらく後輩だと思うわ」
きっと、遥騎の妹だろう。なかなか戻ってこない事を心配して来てくれたのだろう。
「それで、その子が月夜野さんを一生懸命慰めてたのよね。彼女言ってたわよ。『ずっと好きだった貴方を諦められない』『私にきっと悪かった所があるからダメだったんだ』って」
その言葉を聞いて、嬉しい気持ちと罪悪感が綯い交ぜになる。
僕は彼女に続きを促す意味を込めて小さく頷く。
「貴方のあの顔を見て、なにか事情があるのだと察してたわ。そして貴方の目的は、きっと彼女に『嫌われたかった』のだと。私の勘違いだったかしら?それぐらいは答えてくれてもいいでしょ?」
「…………そうだよ。僕は彼女に嫌われたかった」
「なら問題ないじゃない。彼女も噂の事は知っているわ。貴方の求めていた展開に私のおかげでなったのだからむしろ感謝して欲しいぐらいだわ」
「乃空が噂の事を知っているだと?彼女は今日学校を休んでいるのにどうして知っているんだよ!?答えろ!!」
我慢の限界だった。僕は再び彼女に掴みかかった。
「痛いわ、離しなさい。さっきも言ったけど、貴方こそあんな中途半端な振り方をして彼女が諦めると思ったの?恋する幼馴染を馬鹿にしないでよ!!」
強く言い返され、思わずたじろいでしまった。
「余計なお世話かもしれないけど、そのすぐに熱くなるクセ治した方がいいわよ」
そのままお互い見つめ合いながら暫し無言が続いた。
彼女の言ってることは正しい。時間をおいた事で冷静になった僕は己の非を認めて謝罪を口にする。
「すまない、君の言う通りだ。僕が悪かった」
「ふん。謝ってくれたから許してあげる。でも本当に次はないからね」
「それじゃ、話を戻すけど月夜野さん振られても諦めないって後輩の子に言ってたわ。あれは本気で諦めていなかったわ。当人同士の問題だから部外者の私が首を突っ込まない方がいいと思ったけど、放っておけなかった」
「…………」
「だから言ってあげたのよ。『いい加減現実を見なさい。貴方は月夜野さんが嫌いで、振られた後の姿を付き合っている彼女に確認させるクズ』だってね。そんなクズ、しかも付き合っている彼女まで居たら流石に諦めるでしょう」
ようやく話が見えてきた。僕が去った屋上での出来事を聞いて心が締め付けられる。
「なんでそこまでしたんだ?そんな事をしても君にメリットなんて何もないだろう?」
「貴方が中途半端な事をするからよ。何か理由があるのは察するけど、男なら徹底的に嫌われる覚悟ぐらい持ちなさいよ。ずっと優しくされて、いきなり突き放されたって諦めるなんて出来ないわよ」
バチン……と音がしたと同時に頬に痛みが走る。
彼女に叩かれたと気づくまでに少しだけ時間を要した。
目の前の彼女が泣いていたからだ。
「お、おい。ど、どうして君が泣くんだ!?」
突然泣き出した彼女を前に、どうして良いか分からず慌てふためく。
我ながら小物感が半端ないと思うが、こればかりはどうしようもない。
乃空が泣き出していた時はどうしていただろうか……。
ああ、そうだ。泣き止むまで、頭を撫で続けていたな。
目の前で泣く鳳月さんを見過ごす事が出来ず、振り払われる覚悟で彼女の頭に手を置く。
彼女の肩が僅かに震えたが、拒まれる事はなかった。
そのまま彼女が泣き止むまで、僕はずっと撫で続けるのだった。
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