10.気持ちの変化
「お〜い、いい加減に戻ってこ〜い。巡谷時哉く〜ん、健気でとても可愛らしい女の子が放置されて困ってます。至急応答してくださ〜い」
誰かに呼ばれた気がして、我に返る。
目の前を見れば、溜息と吐くと同時にこちらを睨む鷺丘さんの姿が目に飛び込んできた。
そこでようやく自分の失態に気づく。
「ご、ごめん。ちょっと考え事をしていた」
「あ゛ぁ?君のちょっとは10分間も女の子を放置するって事なのか?」
彼女から発せられたとは思えない、底冷えする様な声だった。
「その……本当にごめん。悪い癖だと分かっているのについ……」
「はぁ……もういいよ。私が考えさせる様な事を言ったのも悪かったし、おあいこって事でいいよ。さっきの話はこれで終わり」
どうやら許してもらえるとの事で、ほっと胸をなでおろす。
「とりあえず君が聞きたい事はこれぐらいかな?他にもまだある?」
「なら話は変わるけど、いつ手術なの?」
「手術に関しては夏休みに入ってすぐの予定。その1週間ぐらい前から検査も兼ねて入院するから期末試験までは受けれそう」
そこから暫くは手術に関する話題ばかりだった。
執刀してくれる先生の事や退院までにどれぐらいかかるのか等、分かる範囲で説明した。
「なるほどなるほど。そうなると、君って留年確定だよね。来年は私の後輩だねっ!!」
意地の悪い笑みを浮かべる彼女。
僕もしたり顔で応戦する。
「特別な事情がある場合は、学校側も考慮してくれるんだよ。残念ながら来年も同級生だよ」
「そうなのか……何だつまんないの。せっかくからかってやろうと思ったのに」
「来年か……」
自分で言っておきながら、その言葉がやけに重く感じられた。
「ほら、暗い顔しないの。少しはマシになってたのに私が来た時に逆戻りじゃん」
「………」
「もう!!病気に勝って、月夜野さんに謝らないとでしょ?シャキッとしなさいシャキッと」
僕はその言葉に曖昧な笑みで応えた。
そんな僕を見た彼女は、急に真面目な顔つきになった。
「ねぇ、君さ?さっき私が来る前に柵から身を乗り出して何考えてた?このまま死んだら楽になれるとかそんな事考えたりしてないよね」
僕の内心を見透かした様に、時々彼女は容赦なく踏み込んでくる。
「図星でしょ。君の置かれた立場を考えればそのぐらいは分かるよ。厳しい事を言うけどさ、そもそもこの事態を招いた原因の一つは君にもあると思う」
「言われなくてもそれぐらい分かってる……」
「病気に打ち勝ちたいのでしょ?なら心を強く持たないと。それにさ?『抗議の自殺』はあなたを傷つけた人達には何も響かないからね。心を痛めるのは、あなたに近しい人だけなんだから……。だからなにがなんでも病気に勝ってソイツらを見返してやれ!!」
そう言って僕の胸の辺りを軽く小突いてきた。
弱気になっている僕を叱咤激励してくれようという彼女の優しさが伝わってきた。
僕は思わず泣きそうになるのをぐっと堪える。
「あれれ?もしや私の言葉に感動してウルっときた?なんなら胸を貸してあげようか?お金取るけど!!」
台無しである。
かっこよく決めればいい所で最後に茶化すのは、きっと彼女なりの照れ隠しなんだろう。
「それにさ?君の知らない素敵な事が世の中にはいっぱいある訳よ。どうせなら色々楽しまないと」
「へぇ〜、それは例えば何?」
単純な好奇心からの質問だった。
僕なんかより色々な経験をしていそうな彼女が『素敵』と思うものはどんな事だろうか。
彼女は僕に近づき、口の横に手を当ててそっと囁く様に言った。
「それは経験してからのお楽しみだよ」
これ、僕じゃなかったから勘違いするぞ。
彼女は、自分が可愛いという自覚をしっかり持った方が良い。あまりにも危機感がなさすぎる。
「まぁ、手術までの間はさ?わたしが話し相手になってあげるから。そうだ、メッセージアプリのID交換しようよ!!ほら、スマホ出して出して」
促されるまま、お互いの連絡先を交換した。
これで何かあっても連絡が取れるねって言われたけど、親同士に繋がりがあるとは言えここまで甘えてしまってもいいのだろうか?
「病気が治ったら100倍にして返してよ」
そう言って笑顔を向けてくれる彼女に向けて、一言『ありがとう』とだけ伝えた。
病気が治ったら、この借りは必ず返そうと心に誓った。
「さて、だいぶ話し込んじゃったね。1時間目の授業も終わるし、そろそろ教室に戻ろっか」
そう言って彼女が立ち上がると同時に強い風が吹いた。
捲り上がりそうになるスカートを慌てて手で抑える彼女の行動に不可解な事が起きた。
僕達は向き合っている。であれば、普通押さえるのは後ろではなく前のはずだ。
それなのに、彼女は何を血迷ったのか後ろを押さえた。
どうなるかは言うまでもない。
「見るな〜っ!!」
彼女の叫びと共に僕の頬に痛みが走った。
前回は頼んでもいないのにそっちから見せたくせに……。
この理不尽に対して、僕は怒るべきだろうか?
結局、話を聞いてもらったお礼も兼ねてこの痛みは甘んじて受け入れる事にした。
新しい噂の事で、敵意を向けられるだろう。
だけど、教室へ向かう僕の足取りは軽い。
今の僕ならきっと耐えられる。
だって噂の彼女から『何か言われたら噂通りだって開き直れ』と別れ際に言われたのだから……。
【重要なお知らせ】活動報告でも書かせていただきましたが第一話の冒頭部分の一部を変更させていただきました。
訂正前から既に読み進めてくださって方、大変申し訳ございません。※5月8日に変更しております。
いつも読んで下さってありがとうございます。
そして、ブクマ・評価・感想・誤字脱字・ミスのご指摘ありがとうございます。
一喜一憂しながら、励みにさせていただいております!!
↑定型文すいません
この作品で、穏やかな展開の話を作ろうとすると…文章が思いつかない事に気付かされました。
次回は……久々ご登場のあの方の話にする予定です。今から考えるので、少しお待たせしてしまったら申し訳ございません。




