1.幼馴染からの告白
「時哉、ずっとずっと好きでした。私と結婚を前提で付き合って下さい。時哉と出会う為に生まれてきたのだと、小さな頃からずっと思ってました。あなたの為ならこの命惜しくはありません、何だってします!!」
顔を真っ赤にして、僕こと巡谷時哉に告白をしているのは世間的に幼馴染と言われる存在。
彼女の名前は、月夜野乃空。テニス部に在籍していて、運動に邪魔にならないショートカットでまさにスポーツ少女を絵に書いたような女の子だ。
顔が特別可愛いという訳ではないが、僕にとっては世界で一番可愛い女の子。
裏表のない性格で、男女ともに人気がある自慢の幼馴染だ。
ただ、運動に才能が偏り過ぎてしまったようで、学業に関しては壊滅的である。
でも、そんな所も可愛いと思ってしまう僕は、幼馴染フィルターに毒されているのだろう。
「用事があるって突然呼び出したと思ったら何?乃空って昔から僕の事好きだったの?親同士が仲が良いから面倒見てあげてただけなのに勘違いさせちゃったのかな。ごめんね、僕は君の事を何とも思ってないから……付き合うとか……む、無理だよ……。」
想いと裏腹の言葉を吐き出す忌々しい口。
最後の最後で吃ってしまった。
「時哉……う、嘘だよね!?だってあんなに優しくしてくれてたじゃない。私に見せてくれていたあの優しい笑顔は何だったの?ねぇ、ねえってば!!」
そう言って僕に正面からしがみついてくる乃空を思わず抱きしめてしまいそうになるが、心を鬼にして引き剥がす。
「執拗いな。ずっと前から鬱陶しいと思ってた。勘違いさせたのは申し訳ないけど、今後僕には近づかないでくれ。それじゃ用事があるから僕は行くから」
それだけ言うと、泣き崩れる彼女を置いて屋上を出た。
鞄を取りに教室に戻ると、親友の御厨遥騎がまだ残っていた。
「おい、時哉。顔色悪いけど大丈夫か?」
「ああ……特に問題はないよ。遥騎が最後まで教室に残っているとか珍しいな」
「ああ、ま、まぁな……それでその……いや、なんでもない」
顔を逸らして、口篭る。僕と遥騎は中学が同じで彼には妹がいる。その妹が乃空ととても仲が良い。
きっと今日の告白の話も妹伝いで聞いているのだろう。
「そっか、それなら用事があるから行くよ」
病院へ向かう為、僕は教室を出る。手術に向けての打ち合わせの為だ。
家族しか知らない事だが、僕の頭に腫瘍があるらしく、手術しないと一年生きられるかどうからしい。
難しい手術で、仮に成功しても再発の恐れもあるし困難な闘病生活が待っている。
「今考えても仕方ないか……」
閑散とした廊下で、僕は誰に聞かせるでもなく呟いた。
病院へ行く途中、空を見上げ目を瞑る。乃空の泣き崩れる姿を思い出して零れそうになる涙を堪える為だ。
僕に泣く資格なんてない、それは分かっている。
でも、相手に迷惑をかけるかもしれないと分かっていて付き合うなんて出来るわけない。
「僕の選択は間違ってない……きっとこれが最善だったんだ……」
病院での簡単な検査を終え、家に帰る。
仕事を終えた母さんと中学生の妹が既に帰宅をしていた。
最近、母さんの帰りが早い。おそらく僕を心配して無理して仕事を切り上げてきているのだろう。
僕の父さんは、2年前に亡くなっている。元々の病弱な人だった。
父さんが、それなりの財産を残してくれたおかげで、贅沢は出来ないが不自由なく暮らしていけてる。
「お兄ちゃんお帰りなさい!!身体の方は大丈夫?」
心配そうに僕を見上げてくる妹の結莉を安心させる為に、そっと頭を撫でる。
「大丈夫だよ、結莉こそ学校で嫌な事はなかった?」
妹は少し引っ込み思案で友達が少ないらしい。
その上、仲の良かった友達とクラスが別になってしまった事で、どこか思い詰めたような表情を浮かべる事がある。
心配性の兄としては、過保護とは思いながらもつい気にかけてしまう。
「うん、今日は隣の席の子が休み時間に話しかけてくれたから……」
「そっか、良かったな。その子と仲良くなれるといいな」
「うん!!」
隣の席の子と話せた事が余程嬉しかったのだろう。
元気よく返事をする結莉から離れ、母さんの居るキッチンに向かう。
「母さん、後でちょっといいかな」
「ええ、いいわよ」
何かを察したであろう母さんは僕を一目だけ見てそれだけ言うと、鍋に視線を戻した。
親子3人で食卓を囲み、その後片付けとお風呂を済ませた。
妹が自分の部屋に戻り、リビングに2人だけになった。
僕は今日の出来事……乃空に告白されて断った事を話した。
「そうだったの……ねぇ、時哉?せめて乃空ちゃんのご両親にだけは貴方の病気の事を話してもいい?」
「それはダメだよ。乃空の両親の事だ、この話を知れば絶対に僕の事を放っておいてくれないよ」
「で、でも……」
「母さんには悪いと思ってる。あの二人と関係がギクシャクするよね。でもごめん、二人には言わないで。乃空の耳に絶対に入るから」
はぁ、と小さな溜め息を吐き渋々納得してくれた。
「今日は疲れたのでもう寝るね。母さんも早く寝るんだよ、おやすみ」
「おやすみなさい」
僕は部屋に戻り、ベッドに横になる。
乃空の泣き崩れる姿を思い出して、その日はなかなか寝付けなかった。
翌日から、僕を取り巻く環境は一変する。
『幼馴染に思わせぶりな態度をしておきながら、こっぴどく振った最低人間』
『既に付き合ってる人がいる事すら黙っていたクソ野郎』
登校すると、早速昨日の話が広まっていた。前者は百歩譲って納得するとしても、後者は身に覚えがないんだが……。
大体付き合ってる人なんて居ないのに、なんでこんな話になってるんだ?




