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3/11

今日は新曲の収録本番、でも?

4月半ばに入った今日、新曲の収録があるため午後からは夕と一緒にスタジオに来ていた。


「おはようございまーす」

「おはよう、天音君」

「おはよーっす、雪君、今日も可愛いねー、どう、後で一緒にお茶でも」


部屋に入ると、プロデューサーである種島次郎(たねしまじろう)と、ディレクターの中島伸介(なかじましんすけ)がすでに収録の準備をしていた。


「・・・中島さん、仮にも日本が誇る歌姫相手に気安くナンパは止めて下さい」

「え〜、イイじゃないっすか言うだけならタダなんですし、ねぇ種島さん」

「俺に同意を求めるんじゃない、まったく。・・・それより天音君、早速始めたい所なんだが、実は少しトラブルがあってね、もう少しだけ待ってて貰えるかな」

「それはいいけど、トラブルって?」

「実は機材の不調でね、音が全然出てくれないんだ」

「だから今スタッフ達が大急ぎで修理してるんだけど、やっぱどうしても時間掛かっちゃうんだよね」

「そうでしたか。それで慌しかったのですね」



夕は瞬時に雪のモチベーションを下げない様にするにはどうするか考えた。いくら数回のやり直しが出来るとは言え、モチベーションが下がったままでは最高のパフォーマンスを発揮できないからだ。

そんなことを思っていると、ふと雪が隣にいない事に気がついた。


「って、あら? 雪はどこへ?」


二人に聞くと、種島が部屋を二つに分ける窓の向こう側を指差した。そちらを見ると、既に雪が入っていて、静かに目を閉じていた。


そしてーー。


「――――――。」


聴くもの全てを魅了するその声で、曲も無しに歌い始める。

新曲のテーマは夢。一度自分の夢を叶えようとし、しかし挫折してしまうも、友達や恋人に支えられて、もう一度立ち上がる。そう言った内容の歌詞となっている。

実はこの歌詞を考えたのは雪で、本人の実体験を綴った歌になっている。まぁ彼に恋人がいたことは無いみたいなので、少し脚色を加えているが。


「彼は何というか、表現者の鏡って感じだね」

「どういう意味です?」

「他のアーティストもよくやるけど、こういうトラブルが発生した時、気を下げないように発生練習したり、ライブだったら振り付けの確認したり。とにかくその時自分に出来ることをやるけれど、今まであそこまで本番さながらの気迫でやってる者を、俺は他に見た事がない。だから表現者の鏡ってわけ」


種島の言う事になるほど、と納得した。確かに私も同じだ。今も歌っている雪を見ていると、もう本番を始めているかの様に錯覚してしまう。彼が人を魅了する理由の一つは、そこにあるのかもしれない。



「・・・ふぅ」


息を吐いて呼吸を整えて、歌い終わったボクは夕達の方へと戻る。


「機材、どう?」

「さっき確認してOK出たよ。いつでも行ける」

「じゃあ天音君、リハ直後で申し訳無いけど、出来るかい? 少し休んでも構わないが」

「ううん、今やるよ、準備よろしくね」


そうしてボクは再び歌い始めるのだった。



収録が無事に終わって帰宅途中、車を運転する夕が「そういえば」と切り出した。


「雪、今日夕飯はどうするか決めてある?」

「ん? いや特に何も。どうして?」

「いや、雪が良かったら何か食べに行こうかと思ったのだけど、どうかしら」

「いいけど・・・何か企んでる?」

「無いわよ。というかどうしてそんな発想になるのよ」

「だって夕がそういう誘いをするのって、すごく珍しいから」

「そうかしら」

「そうそう、しかもさっきだって中島さんにナンパするなーって怒ったくらいだし」

「別に怒った訳じゃ・・・。というか行きたかったの?」

「いや、別に」

「・・・あ、そう」


笑顔で即答した雪。この時ばかりは中島に少しだけ同情する夕である。


「とにかく、行くってことでいいのね。なにが食べたい?」

「うーん・・・・、オムハヤシがいいな」

「ふふ、ほんとに好きよね、それ」

「うん、だってあの時、夕が作ってくれた料理だからね」

「―――――――」


夕が驚いた顔をして固まった。勿論運転はしたままだが。


「どうしたの?」

「あ、いえ。覚えてたのね」

「そりゃね。けどどうしてオムハヤシだったの?」

「・・・私でも作れそうかなって思って」

「・・・その割にはグズグズだったけど」

「し、仕方ないでしょ!? 得意じゃないんだから!」

「ええ~~、だとしてもあれは無いよー」


クスクスと笑いながら夕に言った。


「もう、そんなに笑うんならもう一回作ってあげてもいいのよ、グズグズのオムハヤシ」

「あ、遠慮します」

「・・・あなたって急に冷めてズバッと言うとこあるわよね」

「そう?」


キョトンとするボクに「自覚なしか」と何故かがっくり項垂れる夕。


「まあいいわ。それよりもう一つ、新曲のことなのだけど。その、大丈夫なの? あの時のこと、思い出したりとか」


先程から話に出ている“あの時”とは、2年前のとある出来事なのだが、詳細についてはまたいずれ触れるとして。


「大丈夫じゃなきゃ歌ってないよ。夕は心配し過ぎだよ」

「心配するわよ。雪は私にとって弟みたいなものなんだから」

「・・・・ん、わかってる。ありがと」


今のボクにとって、こうして本気で心配してくれる人が身近に居てくれるというのは、とても幸せな事だなと改めて実感する。


「と、着いたわよ」

「よーし、食べるぞー!」

「急にテンション上がったわね」


若干呆れている夕をよそに、ボクは空いたお腹を満たそうと、レストランの中へと入っていった。

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