”無手”閉幕
「何だ!? 何だ!!?」「呆気ねえな!!」「つまんねえぞ! やり直しだ!!!」
今までの”無手”の試合では起こらなかったのであろう罵声が飛び交っていた。
記憶が出来ず、結果だけを知る形が多かった”無手”で俺が見せた【武道】。
知識として【隠蔽】で隠されてきた技術を見せたことで、良い意味でも悪い意味でも観客の目が肥えたせいだ。
「チィーーヒッヒッヒ!! 五月蝿いですよ!! ”縛り”で問題無いんですから、外野は黙ってなさい!!! タイチ様!!! 信じてましたよーー!!!」
チィェンが野次を飛ばす観客達と口論しながら、こちらに手を振り、投げキッスを送ってくる。
全財産の三分の一に、俺の”無手”での賭け倍率を掛けて、財産を半分ほどに戻せたチィェンの喜びようは尋常ではなかった。
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__『静まれぃ!!!』
「「「………………」」」
有無を言わさず、観客達の喧騒が鎮まる。
決して大きな声ではないが良く通り、そして良く威圧する聞き覚えのある声。
この世界で最高で、最強で、権力と権威のある国、赤壁帝国の皇帝、”光武帝・道”の鶴の一声で場が収まる。
__『……皆の目が肥えたことは、朕も嬉しく思うが。勝敗を覆すことは許さぬ』
静まり、皇帝に注目が集まったことを確認した後、静かに語られる。
皇帝達の貴賓席から、ロゼとシロが俺に小さく、手を振っているのが見えた。
__『タイチの【武道】が素晴らしいことは、目の当たりにして理解したことだろう。朕は惜しみなく他国へも伝えようと考えている』
「……おぉ」「他国もか」「……うちの国にも【武道】が」
事前に皇帝から伝えられていた情報が観客に、国民に向けて正式に発表される。
素晴らしい【武道】だと宣伝するように言われていたので、優勝出来て良かったと思う。
__『ついては、タイチには定期的な他国への【武道】指導と、見込みの有る者を”弟子”として国ごとに1名。朕との協議の上で決めようと考えている』
皇帝の発言で”無手”に出場した選手達だけでなく、”仙術”、”武器”に出場しようとしていた選手達の目の色が変わる。
「吾輩! 吾輩は、どうだろうか!? 手合わせをした仲ではないか!!!」
「私を! 是非に、私を!! チュイだけに教授するなんて酷いですよ! タイチ師父!!!」
立候補者が怒涛の勢いで俺に押し掛けてくる。
__『”弟子”については、すぐにでも他国の為政者とも協議をして決めたいと思っていたが……。当方の手違いで、タイチは”仙術”、”武器”。”極真武”全部門での出場が決まっている。多忙な身だ。大会が終わり、協議が終わってから、”弟子”入りをするように』
「……チヒヒ、すいませんでした……」
俺に押し掛けて来た”弟子”入り志願者と、私欲のために暴走したチィェンに釘を刺すことを言って、”無手”は閉幕となった。
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皇帝達の居た貴賓席から”無手”が終わり、各自で用意した宿へと帰る選手達の所へ。
幼馴染のニーナの下へ、淑女としては恥ずかしく、着飾ったドレスを両手で上げ、肩で風を切り、息を荒げ、駆け出すロゼの姿が在った。
「ニーナ!!!」
「………………」
「……これはこれは、姫様。そのような醜態は淑女がするものではないですよ」
呼びかけられたのに応えないニーナを見かねて、代わりにテスラがロゼに応える。
「ニーナ!!!」
「……負け犬に何の用で、やがりますか? 姫様」
テスラの苦言にも応えず、根気よく自身の名を呼ぶロゼに根負けし、ニーナが応える。
「負け犬だなんて!? 負けは致しましたが立派でしたよ。ニーナ、テスラ両名の労をねぎらうために、今晩は一緒に食事でもいかがでしょう?」
「独りで考えたいことが、ごぜーます。それに姫様とニーナでは、身分が違い過ぎるで、やがります……。……明日も早いでごぜーますから、もう帰りやがりますですよ」
「……だ、そうです。明日の”仙術”は吾輩が代表。ニーナが気を引き締めるなら、アレクセイ王との会食に吾輩が行くのもな」
張り詰めた弓の弦、今にも弾け切れそうに気を張るニーナが、幼馴染の気遣いを受けずに立ち去っていく。
幼馴染のニーナとロゼの二人が一緒に会食しないのならば、自分だけが行く訳には行かないと、テスラも招待を断った。
「ニーナ……もう、私を名前で呼んで下さらないの? ここは”洋露波”では無いのですわ。昔みたいに”ロゼ”と……」
「……パパと約束したで、ごぜーます。パパの為に、パパの代わりに”媒介”を、優勝を、ワンフィールド家の名誉を!!! 昔みたいに無邪気で、いられねぇでやがります!!!」
立ち去るのを、尚も引き留めるロゼに対して、ニーナの語気が強まっていく。
「ロゼ、ニーナはマークスの娘。武門の生まれだ。大会が終わるまでは、武人の好きにさせなさい」
「お父様……」
チュイよりも大きく、逞しく、存在感のある巨漢であるのに、音も無く傍らに立ち、忠告されるまでロゼは気付かなかった。
「………………」
「……アレクセイ様、姫様。それでは吾輩達は、失礼いたします」
幼き故に興奮した状態で言葉を紡げば、ロゼに対して行き場の無い感情が暴言として出てくるかもしれないと考えたのか、黙り込むニーナの代わりにテスラが応え、立ち去って行った。
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「……お父様。”無手”では、タイチ様が優勝いたしました。それは仕方ありませんわ。タイチ様は、【武道】は、それはそれは素晴らしかったですから」
去って行ったニーナを、幼馴染の影を探すように、去って行った方角を見つめながらロゼが父に、”獅子王”アレクセイ・レオニダスに尋ねる。
「勝てますでしょうか? この先の”仙術”、”武器”で、ニーナ達が……」
「勝てると思わなければ勝てぬし、選ばぬ。”無手”はフェイ・ラン。”仙術”はシー姫。”武器”はポンチャイ。最有力候補に勝てる人材を選んだつもりだ」
それぞれの部門の前回の優勝者を想定し、それに勝つことの出来る者として、贔屓無しでニーナ達を選んだのはアレクセイだった。
「だが、タイチに勝てるかは分からぬ。”無手”は戦いの基本。【神技】の使えぬフェイ・ランが他でも上位なのだ。使えるタイチが何処まで出来るかは、俺でも検討が付かんぞ」
「……ニーナ。……タイチ様」
父、アレクセイの見解を聞きながら、ロゼはニーナを連れ立って遊びに出た思い出の記念品、タイチの【仙術】が込められた”玉簪”を握りしめていた。
__『仙力は”繋がり”だ。悪意を持たれたら、何されるか分からないよ』
”無手”の熱を冷ますように、薄暗い夕闇が帝都ムーダンに降り始めていた……。