最良で、安上がりで、最大の結果
二十代の身体に、生前の経験や技術が備わった最高の状態であることを考えても、異常だった。
「世界記録って、話じゃないな。どうなってんだ?」
現代社会の舗装された道でもない、まったく整備などされていない森の中を突き進んだのに、100メートル走の金メダリストよりも速かった。
女性が襲われていると思しき目的地を前に、困惑と偵察のために立ち止まる。
「無意識で身体強化の【仙術】が使えるなんて、才能あるね。凄いよ、タイチ様!!」
振り切ったと思っていたが、流石は精霊というところなのだろう。
どうやら【仙術】とかいうモノのおかげで、俺の身体能力が現代人を凌駕していたようだ。
「調子に乗らないでください! 迷い人さんは【神技】を3回も使えるくらいの無駄な仙力が有るんですから。これくらい出来て、当然です!!!」
ガンちゃんは”褒めて伸ばす”、リウは”叱って伸ばす”タイプのようだ。
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『ワシらは願いを叶える時に、【神技】を行使する媒介を渡している。タイチよ。お前の、この世界への在留を許す証として渡そう。ワシからは鱗を。白虎からは爪を』
『通常の迷い人なら、コレ1つで人生を謳歌できるが。お前は【神技】を3回も行使できる程の規格外。俺と青龍の媒介を【在留】に使ったところで、もって1年。合わせて2年が猶予だ』
つまり、願いを叶える前の媒介を持つ者の願いを、俺が叶えれば安上がりだということか。
『察しが良くて助かるな。行使前の媒介は、そのままタイチの物となる。集めて、さらに1年、生きながらえるも良し』
『結構な量になれば、俺達よりも上の存在。この世界の創造神を呼び出し、制限なく生きるも良し! ま、好きに生きるが良いぞ!!』
一個の媒介で俺の命を一年間だけ保証する代わりに、一日に三度の【神技】なるものが使える使い勝手の良い俺の誕生だ。
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「そんな凄いタイチ様でも、アレから助けるのは無理だと、僕は思うな~~」
隠れて様子を見ている俺達の前に、スズメバチのような模様の大蛇が一匹、女性を狙っている。
五~六メートルの巨体、胴はマンホールのように太く、突き出た牙からは毒液が滴り、周辺の草花を枯らしている。
「アレは2級妖魔の”まだら蜂蛇”ですね。お馬鹿さんでも、見れば分かるでしょうけど毒が有ります。弾力のある肉体なので、打撃などの物理攻撃に強いです。ろくな装備も無い、身体強化だけの迷い人さんで敵う相手じゃないです」
その毒蛇から、担いでいる荷物を庇うように、突進を、毒液の噴射を軽快に躱す女性にも、刃物のような斬撃や魔法のような、有効そうな手段を持っていないように思える。
「まさかと思いますが、こんなことで【神技】を使う気じゃないでしょうね? この世界の勇者、英雄と呼ばれる人ですら、1回の【神技】で仙力を使い果たして気絶するか死ぬ程なんですよ。無駄撃ちは止めてください。割に合いません」
「……必要とあれば【神技】は、いくらでも使うが。使わなくても、楽に、安上がりに倒せるぞ」
驚く二人を置いて、当初の目的、困っている女性の前に駆け出す!
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「むわ~~ん!! この子は美味しいけど、私は美味しくないってば~~!!!」
「ヘ~~イ! パ~ス! パスパス」
毒蛇の攻撃を躱し続ける女性の横を並走するように走り、バスケやサッカーでボールを受け取るような動作をする。
「え!?? 誰? 誰!??」
「ヘイ! ヘイヘイ!! パス!」
突然、現れた俺に、当然のように驚く女性にしては長身で、オレンジ色の長い髪を少し後方で団子状に、二つに纏めた女の子。
「あ! パ、パ~~ス!」
俺の意図に気づいた女の子が、毒蛇から庇うように持っていた荷物を、軽々と投げよこしてくる。
「ふんぬぅ!!! 重ぇ! やっぱりだ!」
女の子が投げてよこしてきた荷物は、俺の世界の猪と豚の中間のような動物の死骸。
血抜きが終わっていると思われるが、米俵ほどの巨大なソレは見た目に比例した重量で、仙術で強化されていなかったら、投げよこされるだけで俺は死んでいただろう。
「ジュララアラララアララアラララ!!!」
「汚れる心配が無くなったら、こっちのものなんだからね!! 悪いヘビさんは、お仕置きだお!!!」
迫る毒蛇に対して、怯むことなく向かっていく女の子。
この世界に転移してきて土地勘も、どんな妖魔が周囲に生息しているのか、知らない俺と違って、この女の子は知っているはずだ。
知っていて、この森の奥深くに単独で、剣のような武器も持たずに入ってきたということなら、その身一つで対処が出来るからだ。
荷物が毒液で汚れることを嫌ったせいで、満足に動けなかっただけなのだ。
文字通り、お荷物が無くなれば、対処できるはずなのだ!
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今まで、知識や文化系の”招き人”しか生活できなかった、この異世界。
武術系の才能が無かったとしても、”銃”などの銃火器を開発して、世界を席巻するのを計画しなかったのかと疑問だった。
そう考える俺の目の前に銃火器では倒せない、この世界の武の極みが居た。
「燦ちゃん☆パーンチ!!!」
本当に打撃に強いのかを疑いたくなるような毒蛇の最期だった。
「うっわぁ……エッッグ!」
ガンちゃんが顔を歪める程に、殴った頭部が文字通り、爆散していた。
「アレは確かに、”まだら蜂蛇”ですよね。そのはずですよね。私が間違うはずないですよね」
対処できると予期していた俺ですら信じられない光景に、リウも困惑しっぱなしだ。
「困ってたところを助けてくれて、ありがとう。私は光星街のツァン。親切な貴方達は、誰?」
血の雨を降らせ、鬼のような破壊を生み出したようには見えない女の子が、返り血で血まみれになりながら微笑んでいた。