締めの一服
これより! 毒ガス実験を開始…………しません!!
「「「え!!? 今日は、カレー食べても良いの!!?」」」
灰鼠族の子供達の嬉しそうな声が聞こえてくる。
彼らの面倒を、”黄巾党”の監視をすることになったので、その顔合わせを兼ねた親睦会のようなもので炊き出しをしたのだ。
俺の他に、ツァンの店からツァンとジィェン達、領主からフェイ・ラン達、それぞれが思い思いのカレーが振る舞われることとなった。
材料費などを保護者的な立場になった俺が全額負担すると宣言したので、豪華なものにしてもらった。
「タイチさんにしては、有意義な無駄遣いですね。普段はツァン達から上げ膳据え膳ですから。料理も出来るなんて知りませんでしたよ」
俺のカレー作りを手伝ってくれた精霊の内の一人のリウから失礼で、上から目線のコメントを頂いた。
前世で実家暮らしだった時は、月一のカレーが貧しかった我が家では唯一の楽しみで、作るのは俺が引き受けていたから、カレーだけなら自信が有る。
俺達は、オーソドックスに豚肉を使ったポーク・カレーを作ることにした。
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「うぅぅ……攫われて、ようやく帰って来れたと安堵したんですけど……。料理を作れ、だなんて、……イジメですか?」
「ムーが無事に帰って来てくれて、助かるよ。刃物の扱いは苦手だからね。君が居てくれて良かったよ」
フェイ・ランに必要とされて嬉しい以外も、特別な想いが有りそうなムーが真っ赤になりながら、鍋をかき回している。
「俺の息子は無自覚に、そういうことをする。誰に似たんだか」
「牙ではナいのは確かネ。顔も性格も父に似ず、母譲りネ。良い子ヨ、ランは」
遠巻きに微笑ましい二人を見ながら、裏稼業であるマフィアの中で、表稼業の仕事に就いているフェイ・ランの父・ヤーと山・槌が語り合っていた。
このグループは、俺の新たな精霊が”鳥”なので選ばなかったチキン・カレーを作っていた。
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「うっきゃあ~~!! 良い匂いだお! 中華料理は得意だけど、カレーは作り慣れてないから。ジィェンちゃんが居てくれて助かるお!」
「赤光料理じゃないけど、いっぱい香辛料を使うんだ。子供が食べられるか心配ぽよ」
「それなら大丈夫ですよぅ。い~~っぱい、リンゴとハチミツを入れてぇ、甘ぁ~~くしてますからぁ」
俺がシライシとの死闘で、贈られた煙管を駄目にしたのにも嫌な顔をせずに、親睦会の話を聞きつけ、個人的に手伝い来てくれたリーはツァンのグループを手伝ってくれた。
このグループは、ジィェンの前世の故郷に関係深い牛肉を使ったビーフ・カレーを作っていた。
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「この度は本当に、ありがとうございました。タイチ殿には私の”願い”を叶えてもらうばかりか、同胞達に御馳走まで……」
「タイチ大兄には俺を含めて、命を救われた。その上、まともな労役と世話まで……」
タバコの煙で、せっかくの食事を不味くする訳にはいかないと、配膳を終えてから一服をしようと離れた所に、ツァィと兄のバンが現れた。
一般的には夜間労働は過酷だが灰鼠族には苦でもなく、運送については兎の獣人の青年・運から聞いていて人手不足なのは知っていた。
「仕事で先輩のユンの指導を良く聞いてやってくれ。ユンのことを助けてやってくれたら、俺も嬉しいよ」
「はい! ユン兄のことは全力で支えさせてもらいます!!」
最初の敵対的な態度は何のその、忠実な番犬のように素直なバンが若干、気持ち悪かった……。
「本当なら、シライシも助けたかった。ツァィの”願い”のためにも」
「シライシ殿は……兄は、≪正しく生きました≫。満足、安心したはずです。だから”ムラマサ”を贈ったのでしょう」
俺の腰に下がっている”日本刀”を見つめながら、ツァィが亡き兄を想っていた。
”ムラマサ”は、俺の世界では政府に反逆する者が好んで使っていた武器の名前だ。
由来通りに反政府的な使われ方をしていたので、縁起的にも名前を変えようと考えている。
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「おや? カレーは口に合わなかったかな? 甘口に作って、食べやすくしたはずだが……」
このままツァィ達と話し込んでいては、せっかくのツァィ達のカレーが冷めてしまうので、一服を止めて一旦、親睦会に戻ってきた。
席を離れていたツァィ達以外の皿は、舐めとったようにキレイに無くなっていたが誰も”おかわり”をしている様子が無かった。
「はあ、これだから”迷い人”は……。こういう親睦会ではね。大皿に前もって食べきれない量を用意しておくものよ。御馳走される側から”おかわり”を要求するのはマナー違反なの。満足していないのは、キレイな皿で分かるでしょう?」
新たに俺に憑いた精霊のホンから伝えられたのは、前世で聞いたことが有る中国風のマナーだった。
御馳走された側は『食べきれない程の御馳走でした』と、故意に皿に食べ残しを残して示すマナー。
極度の餓えのせいで完食してしまったが、俺が離席しているし、許しなく自分から”おかわり”を求められなかったようだ。
カレーは”おかわり”前提の料理なので、許しを出せる俺が離れることが間違いだったのだ。
「すまん、不勉強だった。ありがとう、ホン。これからも足りない部分は教えてくれると助かる」
「ふん! ”迷い人”にしては殊勝ね。聞いてないだとか、教えて貰ってないだとか、舐めた言い訳しないだけ及第点をあげるわ。感謝することね」
ホンは厳しく、言い方がキツイが、本当は心優しいと思えた。
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「”おかわり”もいいぞ~~!!!」
俺の号令で再び、カレー鍋の前に長い行列が出来た。
号令に反応し、俺の前に一番に並んだのが___
「”おかわり”!!」
「ちょっと!? 皆さんを差し置いて並ばないでください! ガンガン!!」
___リウに怒られているガンちゃんだった。
「率先して”おかわり”することで、皆の遠慮も無くなるだろう。それにガンちゃんも頑張った。解決策もタイミングが悪かっただけで改善されているし、遠慮せず食え」
「エヘヘ! 料理も上手で優しいタイチ様。めっちゃ好き!!」
「今までの分も遠慮せず食え。明日から労役だ。しっかりと英気を養うんだ」
「うめ! うめ!」
ガンちゃんが遠慮せずに”おかわり”をしたおかげで、灰鼠族の全員が何度も”おかわり”に来る。
喜ばしい事だが、中でも一番多く”おかわり”に来たのが___
「大勢で食べる食事は美味しいですね!! タイチ様! ”おかわり”を、お願いします!!!」
___今回の被害者の皇女・茜様だった……。
ちなみに五回目の”おかわり”だ。
「以前のように勝手に動き回らないようにと、皇帝様から言われていると聞いていますが? 帝都に、お帰りにならなくていいのですか? シー様」
「敬語は止めてください、タイチ様。選び抜かれた護衛の者無しに、勝手に動けませんが。この街から動いていません。タイチ様の【武道】を見に、学びに来たのです。すぐには帰りませんよ!!」
「今回の誘拐騒ぎの黒幕も捕まってない。俺の【神技】でも、見当も付かないのに」
身分と立場、状況を軽んじているように感じるシーに苦言を、小言を言ってみる。
「黒幕の目星なら付いています。たぶんですが、ノン兄様が黒幕です! 以前も同じように命を狙われましたから! 証拠は無いですけどね! 前も今回も!」
あっけらかんと身内から命を狙われていると高らかに宣言して笑うシー。
生前から、お家騒動に巻き込まれて良いことは無かったが、無関係で居られないようだ。
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「あれから、食べてないじゃないですかぁ。駄目ですよぉう。タイチさぁん」
ジィェンが食べずにいた俺の所にビーフ・カレーを持ってくる。
何故か、死闘の後から体調が悪い上に人を殺した後の食事は、いつも格別に不味いので食べたくなかったのだが。
「ありがとう。頂くよ」
心配させまいと、カレーを口にすることにした……。
『兄は、≪正しく生きました≫。満足、安心したはずです』
『”ムラマサ”を譲ろう。”日本人”だからというだけでなく。”刀”は俺の”魂”だ』
不思議な事に、その日のカレーは美味かった……。
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皆の食事が終わり、キセルを失ったので手製の紙巻きタバコに火を付けようとライターを取り出す。
「お? 仙石切れか。予備が有ったかな……」
仙力の切れた仙石を取り換えようと、予備を何処に入れたか探す。
「見てられないわね。これくらい頼りなさいな」
そばに来ていたホンの指先にライターの火程の炎が灯る。
「不本意だけど、主から手助けするように言われてるわ。【実体化】の仙力は貰っているのだから、貰った分くらいは働くわ。そこまで恩知らずでも恥知らずでも無いからね」
俺に憑いている精霊の誰かに、言って聞かせたいセリフだな。
「…………恥知らずが居るようね。タイチ。仮初とはいえ、私を従えるのだから主君として、最低限の礼節と態度を取ってもらうわ。さしあたって、私が精霊としての心構えを教育してくるわね」
俺の表情から察したのか、不届きな同僚が居ることを感じ取ったようだ。
眉間にシワと、青筋を立てながら精霊達の所へ向かっていくホンを見ながら、誰が多く怒られるか想像していく。
「ふぎゃああああぁぁぁあああ!!!」
一番に怒られている精霊の声を聞きながら、美味い食事と美味いタバコを堪能する。
俺の周りも騒がしくなってきたものだ……。
誰が怒られたんでしょうね。
五章は十月末には投稿予定です。
ここまで読んでくださった方々、ブクマ、評価をしてくださった方に感謝を。