剣鬼
両手を後ろで縛り、猿ぐつわをした皇女のシーを盾にするように、ゆっくりと部屋から出てくる。
油断をせず、周囲に気を配りながら散乱した瓦礫や空き箱などから座らせるに適したものを選別し、申し訳程度に身に付けていた黄色い巾を敷き、皇女を座らせる。
「小・リウ、シライシって人。全然、強そうに見えないんだけど? 仙力が少なくても【仙術】が上手いのかな?」
「しっ! ガンガン、黙っててください!」
のんきに感想を述べるガンちゃんの脇を、肘で小突きながら冷や汗を浮かべるリウ。
俺と同様、シライシの放つ殺気の、斬撃の流れが見えているのだろう。
「派手にヤッてくれたな。大将は遅れて来ると言うがね。少々、遅れ過ぎたかね?」
芝居がかった様子で、いかにも黒幕です、主犯だと主張するように悪ぶる。
「お前がシライシか。中で、聞こえただろう? その方は皇女のシー様だ。傷付けたら、どうなるか分かるな」
「下調べもせずに、襲撃したのは失策だったね。そこまで大物だと、俺の手には余る。生きていて欲しいのでね」
シライシの事は、ツァィから聞いている。
自分ではなく、バン達に生きていて欲しいと言っているようにしか聞こえなかった。
「バン達、弱く虐げられた種族を、力で脅して従わせて、盗み、殺し、誘拐までしたんだ。そういうことで良いな。覚悟するんだな」
「!? ……分かる奴のようだな。タイチだったな。言った通り、俺が脅してたの事実だがね。それが、どうした?」
茶番も良いところだった。
お互いに演技が上手くも無い上に、初対面で即興だ。
探り探りで周囲に分かるように状況を、解決の道を提示していく。
「お前のことは新聞で読んだぞ、タイチよ。なんでも【神技】を3回も使えるそうだね。最近、そこのシンも憑いて守りの【仙術】まで使えるようになった。傷付けられないが皇女を盾に逃げるしかないか……ね」
俺の後方で吹き飛んだ姿勢のままで横たわるシンと皇女に視線を送りながら訴えかけてくる。
「【幽世】」
起き上がれないが気絶していないシンの補助で、皇女を中心に不可視の結界が包む。
この世と霊界を隔てる壁のように、【神技】で作られた結界が破られることは___
「ふむ。これ程の守りなら、”ムラマサ”が欠けてしまうかもしれないね。残念だが、皇女様は置いていくしかない」
___無いよな?
ーーーーーー
「さ、切り替えて行こうかね。皇女様を無事に置いていけるなら、外の官憲の誰かを人質に、気兼ねなく逃げるとしよう」
「行かせると思うか? お前には”罪”を償ってもらう。バン達を脅し、極悪非道を働いた”罪”をな」
シライシはバン達の”殺人”という重い”罪”を背負い、皇女誘拐も脅して従わせたとして背負った。
一応の体裁を整えて、シライシは主犯として逃げる、俺は主犯として捕らえるという図式が出来上がる。
「同じ”迷い人”だ。タイチよ。お前は、どっちからだ?」
バン達が無事に生きて、”罪”を償う刑を受けるか見届けたいシライシからの抵抗を警戒していると話しかけられた。
「俺は左からだ。左の薬指と小指が【消滅】している。”ムラマサ”の鯉口を切るのに、支障は無いから特に困ってないがね」
「……俺は右からだ。何度か【消滅】しかけたからな。……そうか、この場を逃げるのを止められないか……」
「そんな、まさか!? 殺人ですよ。悪徳な大店の屈強な用心棒を何人も殺害してきた程の。ソレを2年」
「え? え? シャオ・リウ? どゆこと?」
『英雄、勇者級の人で2~3年。仙力を使わないようにしてだもんね』
気付かなかったガンちゃんが以前に語っていた言葉。
屈強な用心棒達を殺せていたのなら、英雄クラスの実力が有り、”媒介”を使わずに仙力を使っていたのなら、とっくにシライシは【消滅】しているはずなのだ。
実際にシンを相手にしない程の実力が、シライシには有った。
この異常の正体は検討が付いた。
「【居合】。その刹那にだけ【仙術】を、仙力を使うことで【消滅】を遅らせていたのか。普段の状態でも極力、抑えているようだな」
「本当に、分かる奴だね。『出来ないことさえ、出来て当たり前』。軍曹が言ったように敵ながらアッパレだね。俺には、ここまで少ない情報から真意を読み取るのは出来ないからな」
俺の所長のような上司のことを思い出しているのだろう。
何処か遠い目をしながら、前世に思いを馳せているようだった。
バンから受け取った”媒介”が残っているはずなので、使われて逃げられては止められない。
「お前は俺のことをツァィから、色々と聞いて知っているだろうがね。俺は、お前を知らない。命を賭けてでもバン達を守ってくれるとも思えないし、俺より守れるとも思えないね」
遠回しに弱い奴にはバン達を任せられないと言われる。
「そうだね。……とりあえず、俺に一撃、入れてみせろ!!」
ーーーーーー
空気が張り詰める。
シライシの隠された仙力が解放された訳でも無いのに、素の、何の【仙術】で強化されている訳でも無い。
素の身体能力と【居合】の技量から発せられる殺気と重圧だけで、この場に居る者達の呼吸が苦しくなってくる。
それは薄っすらとだが、誰の目にもシライシの斬撃の制空圏が分かるのではないかというほどの凄まじいものだった。
これが戦場を、真の意味での生き死にを経験した達人が纏う空気なのだと、タイチが息をのむ程だった。
「睨めっこを楽しむ歳でもないだろう?」
動けぬのか、動かぬタイチの前に、ゆっくりと擦り足で、ゆっくりとシライシが近づいてくる。
シライシの使う【居合】の性質上、必中の範囲以外で大きく、素早く動くことは無い。
薩摩剣術に似た初撃を持って、相手を捩じ伏せる一撃必殺の【居合】。
恩義の有るバン達を見守るために、【消滅】せぬように、全ての相手を刹那の一撃によって屠ってきた。
”媒介”を渡されても使わずに、後にバン達のために使えればと、徹底して【居合】だけでだ。
その必中の範囲にタイチが包まれる瞬間!
「無粋な奴が居るね」
「あ、有り得ないん、ですけど」
静まり返ったアジトの様子を見に入った諜報、隠密に優れたムーが、タイチに集中していたシライシの隙を突き、背後から無数のクナイを投げつけ、自身も短刀を両手に飛び掛かっていたのだ!
しかし、シライシの制空圏に入ったクナイが音もなく、ことごとく断ち割られるという信じがたき光景が広がっていた!!
そして、シライシが抜刀し、納刀する所作を見えた者は皆無に等しかった!!!
「がふぅ!!? …………」
「邪魔が入ったが、人質が手に入ったからね。逃げるのに”媒介”の節約になるから、良しとするか」
「ムー!! 貴様!!?」
追って入ってきたフェイ・ランが、刀の柄頭で腹部を殴打され昏倒したムーを助けようとするのを___
「止めろ! フェイ・ラン!! 追えば死ぬぞ!!!」
___タイチによって、制止させられる。
「安全に逃げ切れたと思ったなら、この娘は無傷で解放すると約束しよう。またね、タイチ」
そう言って、悠然と夜の闇に消えていくシライシを誰も追うことが出来なかった……。
「何アレ!?? めっちゃヤバいじゃん!!? ツァィちゃんのお兄ちゃん達の”死罪”を回避しなかったら、アレが国に楯突くのぉ!!?? 大丈夫なの!? タイチ様ぁ!!!」
シライシが去り、安堵感からなのか全身から冷や汗が止まらなくなったガンが錯乱しかける程の狼狽を見せる中、タイチだけは口元が笑っていた。
「……見えた」
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騒乱の夜から数日後、皇女・シーを心配した皇帝”光武帝・ダオ”が領主邸に到着する日の朝日が光星街を照らしていた。
四章完結まで一日一話、投稿です。




