兄妹ゲンカ
「【藤甲】!」
郊外の倉庫街に在る”黄巾党”のアジトに乗り込む前に、ツァィに守護の【精霊技】で作られた藤色の、亀の甲羅を模したような円形の鎧兜を装備させる。
「本当に私達は周囲を取り囲んでいるだけで、よいのでしょうか? タイチ師父とツァィ殿だけで乗り込むとは」
「ツァィの話だと”黄巾党”の奴らは精霊が見えないのが、ほとんどらしいからな。精霊も連れて行くが俺達だけで充分だ。交渉の為にも、生きたまま捕まえる為にも乱戦は避けたい」
捕まっている要人が予想以上の大物だったからには、上手く事を治めるのには慎重に慎重を期さなければ。
『いざとなったら余計なことを考えるな。弱音も、後悔も、涙も、ゲロも。全てが終わってから、吐き出しな!』
前世からの俺の指標になっている所長の言葉を思い出しながら、全ての不安も懸念も飲み込み、事に挑む!
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「お前が俺達の行動を快く思っていないことは分かっていたが、裏切るとは思わなかったぞ! 何だ!? 周囲を取り囲んでいる官憲達は!! 俺達を虐げた国の奴らに尻尾を振ったのか!!? ツァィ!!!」
「それは違います、兄上! 人を、殺人を犯す前に止められなかった私も悪いのですが、この方法は間違っているのです!! まだ遅くない。人質を使って交渉など、止めてください!!!」
”黄巾党”のリーダーである細身で痩せぎすなバンの妹・ツァィに付き添い、中に入ることは容易だった。
中に入った途端に十数人に取り囲まれ、殺意と悪意が充満する中、二人の言い争いが始まっていた。
「真面目に働いても、何か有ると俺達が疑われた! 国の奴らも調べもせずに俺達のせいにした!! 強硬手段に出る以外、何が有ると言うのだ!!!」
今までの差別、境遇、その全てに対しての怒りで冷静な思考を失っているのだろう。
”媒介”を手にした時のチャンスに気付かず、思い至らず、泥沼へと足を踏み入れた男たちの慟哭。
「それを解決しようと”願い”、お前は失敗した。妹を悲しませるなんてのはな……兄貴として失格だ!! 今回の件は種族全体を危険に晒しているんだぞ!!!」
「何だ!? お前は! 知った風な口を聞きやがって! 種族の危機など、今に始まったことではない!!!」
悪人に吹き込まれたことを何も考えずに実行したのだろう。
自分たちが何処の誰を誘拐させられたのか分かっているはずだが、理解したくないのだ。
「お前たちが誘拐したのは、この国の皇女様だ。この意味が分かるか? 傷でも付けようものなら、種族の血が消え去るぞ!」
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「あ、あはは、……あははははははは!!! 知っているさ!! 結構なことじゃないか!! 簡単に国と交渉できる上に、殺せば一矢報いられる!!!」
「ヤケになるな。まだ後戻りできる。お前達は誰も殺していない。誰も傷付けていない」
後戻りできないと思って自暴自棄になるバン達に、唯一の救いの道を示す。
受け入れがたい非道な道を。
「それこそ受け入れられない! 俺達に”シライシ”を! 俺達の為に尽力してくれたシライシに全ての”罪”を押し付けろ、と言うのか!!?」
「バン、お前の、お前達の”願い”も”想い”も聞いてはいない。俺が遂行するのは、ツァィの”願い”! そのために、少し黙っていてもらうぞ!!」
そう言って駆け出した俺を狙う無数の銃口。
今まで襲撃した悪徳な大店にあったのだろう大小の銃火器達だった。
ツァィの種族は腕力に乏しく、殺傷能力が低いのだが、それを補うのに銃火器は適していた。
シライシが居なくても、いずれは自らの手で人を傷つけていただろう。
「止めろ!!? ツァィに!! ツァィに当たる!!!」
裏切られたと思ってはいても、妹への”想い”を残していたバンの悲痛な叫び声が、銃声で掻き消される。
こういう事態を予測して、【藤甲】をツァィに纏わせているので無事だ。
「ぐわぁあぁぁ!!」「当たらないぞ!!」「同士討ちになる! 撃つな!!」
腕力が乏しくても、素早さに自信が有るのだろうが俺はソレを軽々と超える。
この世界には無い【武道】の体捌きと、自身の想定を超える俺の速度で銃口が捉え切れていなかった。
前世でも飛び道具相手に立ち回った経験も合わせて、素人の銃撃など当たるはずが無かった。
相手の集団の中に入ってしまえば、同士討ちを恐れて銃撃は出来なくなる。
「この距離は、俺の土俵だ! フェイ・ランの時とは違うからな! 多少は手荒になるぞ!!」
遥かな実力差が有るとはいえ、多人数相手に悠長に締め落とすことは出来ない。
的確に”顎”に、”首”に、”胸”に、”腹”に強烈な打撃を加えることで無力化していく。
数日は後を引く痛みがあるだろうが、そこは我慢してもらおう。
「動くな!? 動くと、そこの精霊を撃つぞ!!!」
あらかた無力化した時に、バンから制止の声が飛ぶ。
見ると突撃銃の銃口が、俺を遠巻きに見ていたリウとガンちゃんに向いていた。
わずかに残った理性が、皇女を人質にして万が一にも傷付けるわけにはいかないと、精霊に矛先を向けていた。
「ガンガン。このバンという方は見えているみたいですね。流石はリーダーと言えば良いのでしょうか?」
「小・リウ。みたい、だね。仙力は少ないみたいだから、【仙術】が上手いのかな。リーさんと同じ種類だね」
「撃てないと思って馬鹿にしてるのか!? ふざけやがって!!」
銃口が向いているのに、平然と会話をしている精霊に激昂したバンが、銃の引き金を引く!
けたたましい銃声と共に、リウとガンちゃんが居た場所が、着弾による砂塵に包まれて見えなくなっていく!!
「リウ殿!? ガンちゃん殿!?」
神の使者、精霊に対する兄の凶行にツァィの悲鳴が轟く!!!
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何事もなかったように【実体化】して立っている二人の精霊。
「【乱流】。容易に、私に飛び道具が届くと思わないでください」
砂煙が収まり、平然と立ち尽くしているリウの周囲には弾痕が一切なく、無駄な抵抗を示したバンへの冷たい視線を浴びせていた。
流れを司る青龍の【精霊技】により、軌道を狂わされ、着弾点が大きく外される。
これを破るには、近距離かブーメランのような直線的ではない攻撃が必要になってくる。
「【対竜】。わっちちち。熱ゥい! 熱いよ。シャオ・リウ、逸らしたのが僕の所に飛んできてるよ! 当たるとチクチクするんだから止めてよ。掴むと熱いんだし」
身体強化の【仙術】の【精霊技】、【虎】で強化されたガンちゃんに銃弾など、少しチクチクする程度にしか感じていない。
それでもチクチクを嫌って、掴んだ無数の銃弾を熱がりながら無造作に放り投げて抗議する。
「官憲に取り囲まれ、人質は容易に傷つけられない。新しく精霊も捕まえられない。……ここまでか……」
空になった銃を床に落としながら、全てを諦めたように膝から崩れ落ちるバン。
本来、”招き人”の補佐に憑く以外で、英雄や勇者に憑き、補佐する精霊を捕まえようと、倒そうとするには勇者クラスの実力が必要。
銃によって底上げしようが、その実力が”特級”に及ばない現状では万策尽きたのだ。
「やはり、この場での最大の障害は___
「ふぎゃあ!!?」
情けない声を上げながら、別行動を取っていたシンが、倉庫の中の一室から吹き飛んでくる。
その身に纏った【藤甲】は、肌を斬られないまでも見事に切り刻まれていた。
その有り様に、手加減されたのであろうことが見て取れた。
___お前だな。白石・佐一!」
シンが吹き飛ばされた一室から、殺気だけが俺に向けて送られてきていた。
【藤甲】は昔の中国に実在した鎧の名前です。
かの有名な”諸葛孔明”を苦しめたくらいには凄いらしいですよ。
四章完結まで一日一話、投稿です。




