過去の”亡霊”
「私の兄、浜。最初は純粋に、ただただ純粋に。≪種族の貧困を救いたい≫と”願い”、奮闘していました」
ツァィの兄、バンが凶行に走った経緯が、そんな兄を≪止めたい≫と”願う”妹の口から、悲痛な表情で語られる。
「最初は、本当に可愛い窃盗だったんですよ。悪い事とは思いますが、誰も傷付かなくて、その日の食事だけ盗っていました。それが段々と、人混みでスリをしたり、警備の薄い屋敷に忍び込んだりしたんです」
その日の食事から、未来のための金銭に、”貧困”のせいも有るがエスカレートしていった訳だ。
「誓って! 白虎様、他の”四神”に誓っても!! その時点まで、誰も傷付けも殺してなどいませんでした!!!」
「そんな時に、白虎から”媒介”が届いた訳か。……今までの”罪”を肯定された気分だろうな。そして、だから、強盗まで至ったと」
そこでツァィの話を切って、話を聞いていた精霊達に問いかける。
「この時点、致命的な”殺人”を犯す前。この時点で白虎の”媒介”が1つ。……どう解決する?」
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「”貧困”の解決なら、いつも通りボクなら”金”ですね。ですが、玄武様ではなく白虎様の【神技】だと、特級妖魔を倒してくるとかですかね」
「そもそも、依頼を受けられません。特級相手は特級。そこまで登り詰めたなら”金”は充分のはずです。偶然、倒すにしても探し当てないと駄目ですから不確定すぎます」
どうやら、シンとリウは【神技】を使う前提で考えているようだ。
「僕なら、”媒介”を誰かに売る。その大金で農業だとか起業するね。ツァィちゃんの種族は印象が悪いから、全体で何か始めた方が将来的にも良いと思う」
「「「………………」」」
ガンちゃんの答えにリウとシンが、ついでに言うとツァィまでもが絶句していた。
「え? 何? ダメだった? めっちゃ___
「正解! 俺と、ほぼ同じ考えだったな。偉いぞ」
___褒められたんですけど!!? ウヘヘヘヘ!」
「そんな方法が有ったなんて……。兄は早まった真似を」
この時点でなら、こういったことで解決できたのだが、後戻りは出来ないのだ。
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「この偉く、賢い、ボク、が、ガンに負けた? あのガンに? 負け、た? 本当は、賢く、なかった?」
「使わずに売る。盲点でした。その後のことも考えている。くぅ~~!! なんで、タイチさんのことを見ていたのに思いつけなかったんだろう。もっと人のことを、感情を、社会を知らないと」
「イェ~~イ、めっちゃホリデー!!」
精霊達が落胆し、反省し、浮かれているが、さらにツァィから話を聞きだすことにした。
「兄は”媒介”を使って、”黄巾党”に参加した同胞を【強化】して、もっと大きく悪徳な店を狙おうとしていました。私の種族は素早いだけで、腕力は弱いですから。強い用心棒が居たりしたら歯が立ちませんからね」
「個人の【強化】なら1年。人数は分からないけど、種族全体なら1ヶ月ってとこかな。それくらいなら傭兵2~3級並の【強化】は続くよ。……イェーイ!」
「待て。個人で1年だろ? 確か”黄巾党”が殺人をするようになってから、2年のはずだ。計算が合わない」
白虎の【神技】の効果をガンちゃんが間違える訳が無いので、話が食い違ってきていた。
「その2年前。ある日に行き倒れていた”迷い人”と出会いました。彼は食事を与えた兄達に恩を感じてくれたようで。その頃から活動を手伝ってくれました」
「”迷い人”だと!? では、まさか”媒介”を」
その食い違いを修正するように、新事実がツァィの口から飛び出してくる。
「彼は強かった。正確な比較は出来ませんが、フェイ・ラン様よりも強いと感じました。兄は、活動への協力と引き換えに”媒介”を彼に与えたのです」
「俺のように【在留】と引き換えに手伝わせている訳か。ツァィ達の種族的に殺傷能力が低い。つまり、殺害しているのはソイツだけなんだな」
ツァィの兄達が殺害に関与はしているだろうが、直接的に手を汚していないなら、まだ何とかなりそうだった。
「彼の名は”白石・佐一”。大日本帝国の陸軍の兵士だと言っていました」
「「な!??」」
”大日本帝国”という俺の国の戦時中の名前に驚いて、俺が声を上げるのは仕方ない事だが、何故か精霊の一人も驚いていた。
「そのシライシさんという方は、片方の眼が薄い灰色で、”日本刀”と呼ばれる曲がった刀剣を持っていませんでしたか?」
「あ、はい。確かに右眼が灰色で、”ムラマサ”と呼んでいた片刃の曲剣を持っていました」
まるで見て来たように、正確にシライシ・サイチの風貌を答えたのは___
___玄武の精霊のシンだった。
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「世に変化をもたらす”招き人”は基本的に過去から来ません。自動車が作れるのに、荷車を発明する人を招いても意味が有りませんからね。”迷い人”は選別している訳ではないので、普通に百年単位でズレたりします。そう考えるとタイチさんとジィェンさんが、同年代っぽいのは奇跡みたいなものですね」
「そんなぁ、運命的だなんてぇ。困っちゃいますねぇ、タイチさぁん」
リウの説明に、まったく困っていない素振りのジィェンは無視して、シンから話を聞こうと思う。
「タイチさんのことを青龍様から聞いた時、朱雀様の所は知りませんが。ボクの所から連絡が無かったのは、”金”で大体の”願い”が叶っていましたし、こちらでも同じように”迷い人”を活用する実験をしていたからです」
シンが何度も慈悲深いと言うように、玄武は”迷い人”に寛容なのだろう。
実際、放置されかけた俺と違って、ジィェンに路銀を持たせて、街まで送り届けるくらいにはだが。
「多くの方は1つも手に入れる前に消滅していかれました。タイチさん程の規格外は居ませんでしたから、最初から”媒介”を与えては、それで満足して働かない可能性が有りましたから。実際、手に入れたとしても2つ目を無理して手にする人は皆無でしたし」
「英雄、勇者級の人で2~3年。仙力を使わないようにしてだもんね。”願い”を叶える為に無茶してたら、すぐ消滅しちゃうだろうからね。タイチ様みたいに何個も必要じゃないし、1個で満足するだろうね」
「ガンガンが言うように1個を手にして、さらに他人の”願い”ために動こうと思うような”お節介焼き”は、タイチさんくらいでしょうからね」
俺が変なのは自覚しているし、人間とは、そういうモノだと理解している。
「シライシさんのことは良く覚えています。子を産み、育て、守る女性は玄武様に近い性質なので”迷い人”は女性が多いんです。男性の、しかも肉体派だったシライシさんは珍しかったので玄武様も特別なオマケも付けましたし」
つまり、今度の相手は前世の”大日本帝国の兵士”という訳だ。
出そうと思えば”織田信長”も”関羽”も、歴史上の人物を出すことが出来る世界観です。
何かと違って、実在していれば、ですが。
四章完結まで一日一話、投稿です。