生涯、坊主頭
幼いころから物静かであった少年は、ずっと坊主頭だった。
中学生となり、周りが髪型にこだわりはじめても坊主頭だった。
帰宅部なのに坊主頭だった。
仏道に入るという周囲の予想を裏切り、高校に進学したときも、公務員となって以降も、彼はずっと坊主頭だった。
同年代の髪が薄くなっても、変わることのない坊主頭だった。
白髪が生えはじめても坊主頭だった。
結婚はしなかった。
両親はすでに亡く、兄弟姉妹は遠くにいた。
お盆になると親族が集まる家に、ずっと一人で暮らしていた。
中学生だった私が家に転がり込んだころ、なにもいわずに迎え入れてくれた伯父の坊主頭は、すっかり真っ白になっていた。
伯父は頻繁にバリカンを使っていた。何事においても淡白な伯父が、唯一坊主頭にこだわっていたのは、同居してすぐに気づいた。
理由をたずねたときは、このほうが楽でいいといっていた。
それは嘘ではないものの、すべてではなくて、だからこそ伯父は、アルバム写真をみせてくれたとき、いつもとちがう笑みを浮かべていたのだろう。姪っ子を少しだけ騙していたことに、密やかな楽しみを覚えていたにちがいない。
私が思春期の諸問題を乗りこえたころ、伯父の身体にガンが見つかった。
手術はうまくいったものの、一年も経たず、別の場所にガンが見つかった。誰よりもパニックに陥っていた私は、伯父の世話をするつもりで家に転がり込み、伯父に慰めてもらっていた。
食事やサプリメントに追いつめられる私に、伯父はまた、いたずらめいた笑みを浮かべて、誰にも語ったことのない秘密を打ち明けた。
「子どものころ、どうして髪の毛が伸びるのかが不思議でな。いろいろ考えたあげく、もしかして排泄物なんじゃないかと思ったんよ」
ばっちいものにおもえて坊主頭にしていた。
誰にも言えるようなものではない、けっこうなトラウマだったらしいが、私にしてみれば、まったくもって共感できない理由だった。
ひたすら文句をいいつづける私に、とくに反論するでもなく、伯父は謝罪した。そして、いたずらめいた笑みのまま、私が結婚するまで死なないと約束して、私に安らぎをあたえてくれた。
伯父は、病院通いをつづけながら、最期まで穏やかに生活した。




