君想いし夏の夜に
【少女Aの視点】
「私も好きー!!」
隣でミカが叫んだ。
怒っているような困っているようなヘンな顔。泣いてんやん。
ビックリした。そんな声出せんねや。
ユウスケはステージの上で口を開けて固まっている。アホみたい。
周りはこの後の展開に期待してる。
つまんね。全然おもんない。しょうもな。
すごい盛り上がり。あーあ。
アタシは、赤い金魚の入った袋をぶらぶら。
あーあ。赤い金魚。
そーゆーことかよー。
ばーか。
.
.
ざわざわ揺らめく祭りのふいんき。
今はいらんなー。
ざわめく声。
屋台のにぃちゃんの声。
子どもの泣く声。
蝉の鳴く声。
すげー邪魔。
アタシは右手に重しを吊るしながら、
とおく、とおく。
声の少ない方へ。
【ミカの視点】
今日はマシでした。
よかった。
笑顔でただいま。できるよね?
これまでなら無理だったのだけれど、
今ならできます。
あなたの事を思い出すだけで、
水も熱さも全て気になりません。
涙も流しません。
だって我慢すれば、もう一度あなたの笑った顔を見れるんでしょう?
あ、わんちゃん。
あなたに少し似ている。
真っ直ぐに飼い主さんを見詰めるひとみ。
それ以上は望みません。
私が望んで得られるものなんて
そう多くないから。
いくつも要らない。
ひとつだけ、あなたが欲しい。
【男子Aの視点】
今日はバイトの給料日!
初の大台10万いくか?
海行く約束も断り、花火も断り、
ひたすらに働いた俺を誰か褒めてくれ。
未だ給料手渡しの小さい居酒屋。
シフトを上がり、れさまでーす。
店長に挨拶。
無愛想な店長が、ごくろうさんとパソコンを打ちながら封筒を差し出し、
ざーすと言いながら受け取る。
びびるくらいいつも通り。
駐輪場で封を開け、金の勘定。
抜かれてても困るしなー。
アイツに電話。
「おー、何してんの?」
「なんも」
「家?」
「いえ」
「暇なん?」
「なんなん?」
いつも通り。
「給料入ってんかー、今月いくらやった思う?!」
「しらん」
「10万やで!びびるやろ?!」
ホントは九万六千円。
「腹減ったし、メシいかんけ?」
「やめとくわ」
.
.
タバコを咥えながら近くのコンビニへ。
チューハイを買って地べたに座り込む。
ユウスケに電話。
いつも通り。
「おー、何してん?」
「練習終わった所」
「遅までごくろーさん。試合来週か?」
「うん」
「応援行くわー!アイツもくんねんろ?
お前ら仲ええなー」
「知らんけど、くるんちゃうかな?」
「そか。今からメシいこぜー!」
ユウスケは俺の誘いを断らない。
イイヤツ。
毎日やることなくてバイトしている俺とは対照的に夢に向かって空手部で毎日、汗を流している。
格闘家になりたいんやってさ。
や、俺も才能があればやってるよ。
ないもん。
じゃー勤労に勤しむしかなくね?
【ユウスケの視点】
「ありがとうございました!」
稽古が終わり汗をぬぐう。
来週は大会。
絶対優勝。
着替えを済ませ、チャリに乗った所で
電話が鳴る。
やっぱり。
たぶん稽古終わる時間把握していると思う。
数少ない友達。
これまでメシを行くような友達なんて、
できたことなかった。
だから空手に打ち込んだ。
それが僕の全てだった。
思い出したくないカコ。
腐ってた時期もあった。
あー、僕の人生ハズレ引いたな。
だけど変わった。
友達ができたことは大会で優勝することなんかよりも、コイツで言うと『びびるくらい』
楽しいことやと感じた。
僕はびびるくらい、お前に感謝してる。
コイツには打ち明けたい。
【ミカの視点】
気が付けば目で追っていました。
大きな声で頑張る貴方を。
話したことは少ししかないけれど、
部活をしている時とは違った優しい目。
聞こえないくらいの声でおはようと言う耳、赤かった。
言葉を返そうとしたけれど、
何だか上手く口が動かなかった。
ごめんなさい。
顔を真っ赤にしてすれ違う貴方を見て、
初めて恋を知りました。
そんな感情が自分にあるのが嬉しかった。
【男子Aの視点】
ユウスケはもくもくとサラダを食っている。
俺はいつも通り、バイトと親のグチ。
時折、目線を合わせ、またサラダへ。
ちゃんと聞いてんのかよ?
ふいに目線を合わせ見つめ合う。
「なんやねん」
あー、と言いながらサラダをつつき、
食べようとしてやめる。
なんやねん。
「好きな人できてん」
ユウスケの一言。
またサラダを食べ始める。
「まじか」
驚きと同時に不安がよぎる。
「誰よ?」
タバコに火を点け、ふかす。
ユウスケは眉間にシワをよせる。
いつも通り、いつも通り。
タバコをフィルターまで吸い、揉み消した。
「大江さん」
ユウスケは俯きまたサラダを食べる。
俺は心の中でガッツポーズ。
「ミカ?! 」
大江ミカ。野暮ったい印象しかなかった陰キャラ女子。
「そーかー! 応援したるわ」
ユウスケは俯いたまま。
俺は晴れ晴れとした気分でビールを飲み干す。
「上手いことやったるわ。
そや、今度の試合きてもらおうぜ。誘っといたるわ!」
「……頼む」
本気やん。しゃぁなし一肌脱いだろか。
アイツと会う口実もできたし。
【ユウスケの視点】
今日はいつもと違う感覚。
いつも通り、おとんとミット打ち、おかんのハチミツにつけたレモンを食べ、試合までの時間を過ごす。
ミット打ちではおとんに小突かれる、
ハチミツレモンは食い過ぎた。
観客席には、いつものバカといつものアイツ。別に来んでもいいのに。
勝つ度、うるさくて恥ずい。
その横に学生服を着た眼鏡の女の子。
私服でいいのに。
めっちゃ目が合う。
僕はウォーミングアップをするフリ、
心臓だけがいつもと違う。
見といて。
絶対、優勝するから。
.
.
決勝までやっと。
相手はやっぱりコイツか。
通算1勝5敗。
ゴリ男よ、どやったらそんなデカなれんねん。
やば、びびってる。
名前を呼ばれ立ち上がる。
聞こえてくる声。
何か言って手を振るアホ、がんばれぇぇーと大声を出すアイツ。
ありがとう。笑えたわ。
学生服の彼女は、俯き手を組みながら目を瞑っている。
俺は一礼し踏ん反り返って、
ゴリ男にメンチ切る。
お前に勝って彼女に気持ち伝えんねん。
おれの邪魔すんねやったらぶっ殺す。
こんな感情、彼女に会って初めて知った。
.
.
まずは様子見。
フットワークを取りながらゴリ男を見る。
いつも通り、ずっしりそこに立っているだけ。
威圧感やば。俺のフェイントなんか全然かからん。
思ってる間にいつのまにかゴリ男が消えた。
え?
腹に激痛。一本! の声。
見事な中段突き。
野球でいうならフォーク。
中段で一本か。
素直にすごいわ。
仕切り直し。
ぼやんとした腹の痛みは、
気付かないことにする。
円を描いて隙を見る。
肩の力を抜き、構えを少し下げる。
微妙にゴリ男が力を抜く。
今。
身体を動かさず、肩から左手を伸ばす
必殺前拳。
おとんに教えてもろた伝家の宝刀。
技ありの声。
よっしゃ。
ゴリ男は構えのまま止まって、白線へ。
おとんを見る。
おっしゃー!! いけいけ!!
声がデカイ。やった。
まだまだいくで。
.
.
一礼し、舞台の脇へ正座。
ヘッドガードを外し、空を見て一息。
あー。
審判が終了の合図。皆、それぞれのもとへ。
審判が肩を叩く。
涙が止まらなかった。
【少女Aの視点】
二階の観覧席は人でいっぱい。
すごい熱気。
それでなくても今年最高気温。
汗だくや。
隣で響く声。
いけー、がんばれー、必死。
子どもができたらそんな感じなんやろなー。
分かるもん。
好きな人が目に見えるだけで、
こんなに大声出せるんやもん。
いけー!
隣でアホはもっと叫んでるけど。
てか連れて来た子、何?
ウチらとぜんぜん関係ないやん。
ガッコでまぁまぁやられてる子やん。
アタシに関係ないけど。
なんで連れてきてん。
アホ。ええけど。
始まった!よーわからん!
勝ったん?勝った勝った!
やばー!え、かっこよすぎんやけど!
え、この子もめっちゃはしゃいどる。
そんなノリの子やっけ。
てか、眉の横、ヤケドしてる。
あ。こいつ、まじか。
【ミカの視点】
心臓が大きく鳴っています。
こんな感じは初めてです。
目があった気がするのだけれど、
それは一瞬。
勘違いかな?
ユウスケ君は次々と相手を
倒していきます。
本当に素敵で、私は上手く前を見れません。
お誘い頂けて感謝しています。
お二人はお付き合いをしているのかと思っていたのだけれど、少し違うみたいです。
彼女の瞳は私と同じ。
初めての感情が生まれました。
【男子Aの視点】
ユウスケびびるくらい強いな!
次で決勝。コイツ、泣きそうなっとる。
絶対好きやん。もーええて。どーでもいいけど。大江さん鼻水たれてるて。
くっついてくれ。頼むわ。
ユウスケはかっちょえーなー。
すげーわ。
任せれるわ。
あ、負けた。
泣いとるやん。
頑張った、頑張った。
お前の好きな子にちゃんとアピールできてんぞー。
コイツにもなー。
もー、君なら許すわ。
幸せにしてくれ。
【ミカの視点】
どんな顔をしていいか分かりません。
何て声をかけるのが正解なのかな?
鏡を見ながら考えます。
今日はお化粧もしました。
アイロンも初めてあてました。
少し火傷。失敗。
けれど、それは言い訳出来るから。
学生服は変に思われたかな?
扉が開き、彼女と目が合う。
私は体が固まります。
あ、あの子達の目だ。
私は震えて動けなくなります。
彼女は一瞬立ち止まり、私の横で手を洗っています。
「ユウスケの事、好きなん?」
まっすぐ私の目を見つめ彼女は言いました。
私は肩の震えが止まりません。
こういう時は、何も言わないのが一番。
『あ』を言えば、何も言わなかった時の二倍。『い』を言えば、『あ』を言った三倍。
なので私は目を瞑ります。
早く嫌な時間が終わるのを待って。
彼女は、私をキッと見詰めました。
泣いている?
ポケットのハンカチを出そうとした所で、
彼女は大声で言いました。
「アタシは好きやで! ユウスケが! めっちゃ好きやわ! アンタはどうなん?? おめかししとるやんか!ライバルやったら容赦せんで!」
肩まで伸びた金色の髪。
美容院でカラーをしているのかな?
イヤリングも可愛い。
あ、ピアスっていうのかな?
ほっぺた薄紅色。
チークっていうのかな?
すごく、とてもかわいい。
ライバルなんて、とんでもない。
だけど。
盗られたくない。
この目。
少しあの子達と違う?
大切なものを奪われたくない目だ。
私に?
ふと、ユウスケくんのおはようが浮かびます。
私の震えは止まります。
「好きです」
私は彼女の眼を真っ直ぐに見て言いました。
近づく彼女、
大丈夫、ユウスケくんと出会ってから、腹筋を毎日十回しているもの。
いつのまにか鼻先がくっつきそうな距離に。
彼女は言いました。
「ライバル」
彼女はそう言って、きょとんとしている私
の胸をトンと叩きます。
ハンカチが地面に落ちました。
彼女は、ハンカチを拾い、三秒ルールと言って私のポケットに入れてくれました。
その後、何故か恥ずかしそうに、
ばーか、と言いました。
私はとてもかわいいな、と思いました。
そのまま、扉を大きな音を立てて閉め、
彼女は去っていきました。
私に言葉をくれる人。
辛くない涙が頬をつたって流れました。
【女子Aの視点】
地元の夏祭り。
しょっぼい地元の夏祭り。
けど、今日はユウスケと浴衣おそろやから許す。付属2人いるケド。
何が楽しいの? て思ってた金魚すくい。
ユウスケうまい。めっちゃとってる。
アホは死ぬほどミスってる。
さぶ。声大きいねん。
おっちゃんが袋に入れてユウスケに。
くれた。めっちゃ嬉しい!
あ、デメキン入ってる方はあの子に渡すんや。ふーん。別にええけど。
この子......ちょっと前よりかわいいやん!
この日めがけて髪もあっぷしとる!
くそ、アタシはブリーチしすぎてパサパサやけど、この子はサラサラ黒髪......。
こっちの方がユウスケは好きかもせぇへん。
アホが射的射的! とユウスケを誘う。
ユウスケがちょっと笑う。
やば。かわい。
アホはやっぱり、何も取れん。
ユウスケが片目を瞑り、てっぽうを構える。
セーラームーンのお面。
しょぼ。
少し顔を赤らめあの子にあげる。
まじか。
それ、百万払ってもアタシ欲しいわ。
【ユウスケの視点】
「なぁ」「なんじゃ」「僕っておもろい?」「は? 全然」「ほなお前は何で僕とつるんでんの?」何となく投げかけた言葉。
オマエはタバコを吸い空へ大きくはいた。
「俺はおもろいやつしかつるんだらあかんのか?」
いつもと違う顔をしてる。
めっちゃ怒ってる。
やばい。俺はいっつもこう。
空気読めへん。
僕だって僕みたいなやつ嫌やもんな。
んで、分かってんのに謝れへん。
そりゃ友達も出来んわな。
嫌になるわ。
僕は空を見あげる。
鼻の穴に指が入る。
笑ってるオマエ。
「お前のおもんなさがおもろいねん」
はははと笑って、おー! しゃてきや! とおっちゃんに五百円を払う。
全然当たらへん。
ケタケタ笑うオマエを見て周りも笑う。
ふと目が合って、オマエは僕に銃を向ける。
ばーん、と小さく言ったオマエの顔は笑っていたけど少し違った気がした。
【少女Aの視点】
「ユウスケ、しょんべん!」「行ってきいな」「ええからいこや!」
ユウスケをヘッドロックして、遠くへ。
この子とふたり、きまず。
「かわいいですね」
「は?」
「浴衣」
この子とちゃんと喋るんあん時以来。
「アンタもかわいいやん」
何て返すんかな。
「かわいくなりたいな」
びびるわ。そんなん言えんねや。
遠くのユウスケを見つめるその真っ直ぐな瞳は、アタシのライバルでした。
【ミカの視点】
ステージのうえで、おじいさんは叫びます。「ちかこ、俺を捨てないでくれー!」
皆さん大笑い。
私も少し笑ってしまいました。
ごめんなさい。
ステージを降り、おばあさんがおじいさんの肩を笑顔で叩く。
素敵だな、と思いました。
こんな風に、と思いました。
司会のおじさんが、次はー、次はー、と
叫んでいます。
ハイ! と高校球児のように声を上げ、
ステージへ行進するのはユウスケくん。
周りのおじさまが、お、ユウスケ!
と声をかけます。
名前を聞くだけでドキドキすることなんて
今までありません。
自衛隊のように行進するユウスケくんを
見て皆さんは笑いました。
私は素敵だなと目で追っていました。
ステージの中央に立ち、手を広げて
ラジオ体操のような深呼吸をした後、俯いて目を閉じていました。
ざわざわと皆さんがし始め、私も胸がきゅっと締め付けられました。
ユウスケくんは空を仰ぎました。
そして、びっくりするくらい大きな声で言いました。
「僕はミカさんのことが好きだー!」
すごく大きな声が周りに溢れます。
私の頭はパニック。何で私?
私はユウスケくんに憧れていただけ。
私はどうすればいいの?
私は。わたしは。
気持ちが溢れました。
【男子Aの視点】
ちゅー、ちゅー!
散々煽ったけど、まぁせえへんわな。
ステージから降りる時、ユウスケがミカの手を繋ぐ。
ユウスケやるやん。俺は口笛で祝福。
不器用な二人。
俺にとっては良いことだらけ。
振り向くとアイツはいなかった。
電話。
「なに?」
「どこよ?」
「なんであんたにいわならんの?」
「ええから、どこおんのよ?」
「イオン」
.
.
多分、これまでで一番全力で走った。
見込みの少ない恋。
玉砕覚悟。
オマエはユウスケがいいんやろなー。
ごめんな。
けど、俺はお前の為に走ることができんねん。
ユウスケにはでけへん。
ユウスケには負けへんよ。
待っとけよー。
.
.
お前はゲーセン横のベンチに座り携帯に視線を落としている。
弾んだ息を整え、重い足を一歩踏み出す。
目線が合い、途端に息苦しくなる。
いつも通り笑いかけ、いつものように、
俺はお前の右隣に座る。
お前は携帯に視線を落としたまま。
携帯に水滴が跳ね、俺はそれを拭う。
「指紋」
俺は慌ててTシャツの裾で画面を擦る。
ははっ。
やっと笑った。
ポケットからタバコを取り出す。
あ、流石にココじゃあかんか。
大丈夫か?そんな言葉しか出てこんかった。
笑顔が崩れ、オマエは俺の肩におでこをつけ、肩を震わせた。
じゃらじゃらとメダルが落ちる音。
子どものはしゃぐ声。
迷子を知らすアナウンス。
それらの邪魔を押しのけて、
少しでもお前に、
ちかく、ちかく。
オマエの声の聴こえる方へ。
お前のか細い声だけが耳に届く。
あーあ、見込みの少ない恋。
けど、オマエじゃないとあかんのよな。
損な役回り。
けど、ええねん。
オマエがいま横にいるから。
「俺やったらあかんか?」
ははっ。かっこわる。
オマエは俯いたまま呟く。
「時間かかるで」
【ミカの視点】
促されるまま、ステージの上に立ってユウスケ君の隣に。
色々な声が周りに飛び交いますが、
私はぱにっくで何を言っているのか分かりません。
ただひたすら俯きます。
出来るのならばユウスケ君の顔を見たいのだけれど。
おじいさんの大きな声の後、ユウスケ君の足が動き出しました。
私は後を追います。
ふいに振り向いたその瞳はあの時と全く同じ。私は動けません。
「階段あるから」
手が差し伸べられ、私は手を取りました。