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せいいたいしょうぐん!  作者: 灯水汲火
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1-2 『たまプラーザ幕府』の成立

 あたし,征夷大将軍になる。


 ・・・はるかから,一体何を考えているのか分からない,気の狂ったような宣言を受けてしまった僕は,とりあえずはるかを止めようとした。

「はるか,征夷大将軍っていうのは,今ではもう無くなった役職なんだよ。それに,征夷大将軍になったからって,乱れた世の中を正せるってものでもないんだよ」

「ゆうじ。無くなったのであれば,あたしが今から復活させてみせる。そして,あたしの力で,この乱れた世の中を正して見せる!」


 なぜか,はるかはやたらと張り切っている。僕がこれまで見たことも無いくらい,やる気を見せている。

「・・・乱れた世の中を正すって,具体的にはどんなことをしたいの?」

「・・・まずは,学校からいじめを無くしたい」


 ・・・はるかは,たしかいじめが原因で不登校になったんだっけ。それなら,そういう発想になること自体は,むしろ自然か。

 でも,この令和の世の中に,いきなり征夷大将軍を復活させるなんて,あまりにも馬鹿げている。あまりにも無意味な宣言なので,僕は何とか止めさせようと思い,その後も説得を続けた。


「はるか,勝手に征夷大将軍を名乗るだけじゃ,何の意味も無いんだよ。征夷大将軍を名乗るのであれば,幕府を作らないと。征夷大将軍は,幕府を作って政治を行い,乱れた世の中を正したんだよ」

「分かった,ゆうじ! あたし,幕府を作る!」

「幕府って,どこに作るの?」

「ここに作る!」

「・・・仮に,ここに幕府を作るとして,一体どんな名前になるの?」

「名前?」

「過去に,日本で幕府が開かれた例は3つあって,1つ目は,源頼朝が作った鎌倉幕府,2つ目は,足利尊氏が作った室町幕府,3つ目は,徳川家康が作った江戸幕府。仮に,はるかの言うとおりここに幕府を作るとしたら,一体どんな名前になるの?」


 僕は,はるかを諦めさせるつもりで,幕府だの名前だのとはるかには難しい話をしたのだが,はるかはしばらく考え込んだ末,高らかにこう宣言した。


「決めた! あたしの作る幕府は,『たまプラーザ幕府』にする!」

「ええっ!?」


 ちなみに『たまプラーザ』とは,東急田園都市線にある駅の名前で,神奈川県横浜市青葉区美しが丘一丁目に存在し,僕の村上家及びこの大野家にとっては電車の最寄り駅である。

 東急田園都市線とは,東京都の渋谷駅と神奈川県大和市の中央林間駅を結ぶ,都心部における典型的な通勤通学路線の1つで,渋谷駅からは東京メトロ半蔵門線,さらに東武鉄道伊勢崎線と相互直通運転が行われているので,この地域から都心部に出るには便利な路線である。ただし,朝夕の通勤ラッシュ時における混雑ぶりは,半端ではない。

 たまプラーザ駅は,東急田園都市線における急行停車駅であるが,この駅に他の鉄道路線はなく,横浜市内に存在するにもかかわらず,横浜市の中心部に行くためには,隣接するあざみ野駅で横浜市営地下鉄ブルーラインに乗り換えなければならない。そのため,この地域の住民は横浜市への帰属意識が低いとされ,『横浜都民』などと呼ばれることもある。


 ・・・知らない人のために一応説明したが,たまプラーザという名称は一応この地域に定着しているものの,駅付近の地名とは特に関係がなく,どうしてそんな駅名が付けられたのかは,僕も詳しく知らない。

 それに何より,幕府の名前としてはあまりに格好悪過ぎる。誰が聞いたとしても,単なる冗談のネタとしか感じないだろう。


「・・・はるか,本当にその名前にするの?」

「する。あたしは本気だよ,ゆうじ!」

 はるかが,今まで見たことないくらい,本気でキラキラ目を輝かせている。まるで,自分が本当にやりたいことをようやく見つけた,というような顔だ。

 どうせ引きこもりのやることだし,これだけ本気になっているのを無理に諦めさせるのも可哀そうなので,僕ははるかへの説得を諦め,とりあえず逃げることにした。


「分かった。はるか,たまプラーザ幕府の運営,頑張ってね」

「待って! ゆうじにも手伝って!」

 はるかはそう言って,僕の手をきっちり握りしめた。その態度には,絶対に逃がさないという,はるかの決意が見て取れた。これでは逃げられそうにない。


「はるかは,僕もその,『たまプラーザ幕府』の構成員にするつもりなの?」

「そう。ゆうじも,なって!」

「じゃあ,僕は幕府のどんな役職に任命されるの?」

「・・・ゆうじ,『やくしょく』って何?」


 僕は頭を抱えた。確かに,徳川家康のことすら知らないはるかが,幕府の役職なんか知っているはずもない。とはいえ,僕も幕府の役職について,さほど詳しいことは知らない。


「役職ってのは,老中とか,旗本大目付役とか,幕府内における地位と役割のこと。幕府は,通常たくさんの人たちで運営されるから,それぞれ地位を役割分担が決まっているんだよ」

「分かった,ゆうじ! ゆうじは,幕府のどんな役職に就きたいの?」

 ・・・どんな役職に就くか,自分で決めろと言うのか。


 僕は暫し考えた結果,老中とか重要そうな役職に就けられると巻き込まれ度が高くなってしまいそうなので,敢えて下っ端らしい役職を選んだ方が無難だと判断した。

「・・・じゃあ,旗本使番でお願いします」


「分かった。では,征夷大将軍大野はるかは,村上裕司を,たまプラーザ幕府旗本使番に任命する!


 ・・・ゆうじ,任命書書くから,ちょっと待ってて」

 はるかはそう言って,僕の任命書らしきものを手書きで作り始めたものの,


「ゆうじ,せいいたいしょうぐんって,どんな漢字を書けばいいの?」

「ゆうじ,はたもとつかいばんって,漢字でどう書くの?」


 こんな調子なので,結局僕が漢字の書き方を教えたり,色々指導しなければならなかった。

 そのうち,僕も変なスイッチが入ってしまい,どうせなら任命書より幕府らしい文書名にした方が良いなどと考え,あれこれ添削を重ねた挙句,B5のルーズリーフに書かれた,征夷大将軍大野はるか直筆の文書は,結局こういう体裁になった。

 ・・・なお,年月日は伏字にさせて頂きます。



「         御 内 書


 村上 裕司


 上の者を,たまプラーザ幕府旗本使番に任ずる。


            令和〇年〇月〇日

            征夷大将軍  大野 はるか 」


 ちなみに,『大野はるか』の署名の右側には,何やら花押らしき,判読不能なぐちゃぐちゃしたものが書かれている。



 こうして僕は,征夷大将軍大野はるかにより,たまプラーザ幕府旗本使番なるものに任命されてしまった。


 令和の時代に突如成立した,たまプラーザ幕府。構成員は2名。

 征夷大将軍大野はるかと,旗本使番村上裕司。


 どう考えても,実態はどうしようもないおふざけにしかならないけど,はるかに変な入れ知恵をしてしまった僕にも責任はあるし,少なくとも国語や歴史の勉強になる分,狩りゲーをやらせているよりはましか。

 少なくともはるかが飽きるまでは,僕もこのお遊びに付き合うしかなさそうだった。


 今日は,そんなに長居をするわけには行かなかったので,御内書をもらってはるかと別れたが,幕府の運営について相談するため,また明日も来ることを約束させられた。



「はるかの様子はどうでした?」

 僕は,はるかのお母さんにそう尋ねられ,こう答えた。

「元気にはなったようですが,ちょっとおかしな事になってしまいました。一応,また明日も来ます」

「裕司君,はるかの事,よろしくお願いしますね」



 ・・・一体,明日から何が始まるのだろう。

 僕は,はるかから渡された『御内書』を眺めながら,得体の知れない将来への不安を感じずにはいられなかった。

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