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第6話 星空の下でダンスを踊ろう


「えへっ、罰ゲームはねぇ~」


「おいおい、本気で考えてんのか?まったく!」


「当ぉ~然!やってもらうんだも~ん!」


「ふんっ、嬉しそうな顔しやがってぇー!」


「えへっ、だってわたしねぇ~ずっと憧れてたの・・・」


「何にさ?」


「ずっと、ずっと前から・・・」


「だから何なんだよ?」


「この星空の下でさ・・・」


「星空の下で?」


「そう!大好きな男性とふたりでさ・・・えへっ」


「・・・・」


「月明かりを浴びながら・・・」


「・・・・」





「そう!この星空の下でダンスを踊るの!」



・・・・・・・・



課内の飲み会の帰り道・・・

何だかそのまま素直にタクシーに乗り込む気にもなれず、祥子とふたりホロ酔い気分のまま夜風に吹かれてみた。

傍らを忙しそうにすり抜けてゆく若いカップル・・・

鼻歌交じりに千鳥る上機嫌のサラリーマン・・・

行く当ても無く彷徨うかのようにぶらつく若者たち・・・

喜怒哀楽、悲喜交々・・・100人いれば100通りのドラマ。


そんな街のひとコマにふたりは思わず顔を見合わせ、笑みを零しながら雑踏に噎せかえる通りを抜け、人影もまばらな公園通りへと向かってゆく。

こうしてふたりだけで歩くのは、何時以来だろう・・・祥子はただ笑みを浮かべながら黙ったまま肩に寄り添う。

そんな姿が初々しく、そして愛おしく思えてならなかった。

誰かに見られているそんな懐疑的な思いも、今夜は何処かに消し飛んでしまいそうだ。



「あっ、流れ星っ!」


「ん?」


「あれあれ、あそこよぉー!」


祥子は嬉しそうに小さく飛び跳ねながら、星空へと高く人差し指を差した。


「どこだよ?」


俺はそんな彼女の指先を辿ってみるも・・・夜空にそれらしき物を見つけることができない。


「あ・そ・こ・よ!」


「ええっ?」


「あんっ、もおっ~消えちゃったじゃない!ほんと恭介はバカなんだから!」


「何でだよ?」


「だって、恭介の所為でお星さまに願いを掛け忘れたじゃない!」


鈍い俺に苛立ちを覚えたのか、悪態をつく祥子・・・そんな彼女の膨れっ面もまた可愛く感じられる。


「はん?お前ってやっぱ子供だな!」


「失礼ねぇ~!わたしを子供扱いするってことは、恭介がロマンチックじゃないって証よ!ほんとオ・ジ・サ・ンには困ったものねぇ~」


祥子は俺のからかいを逆手にとったように悪戯っぽい笑顔で俺を見つめた。


「ふんっ」


「あははっ・・・」


「ぷっ、ははっ」



・・・・・



『あっ!』



夜の公園―― 相変わらずデートスポットとしての定番なんだろう。

まばらに点在する照明と月明かりの下、あちらこちらでスポットライトを浴びるかのように映し出される男と女たちが、まるでドラマのワンシーンのように寄り添い合っている。

そんな光景がやけに照れくさくもあり、微笑ましくも思える。


「ベンチは全部埋まってるようだなぁ~」


「ほんとっ!」


「仕方がないよなぁ~芝生に腰を下ろすか・・・」


「うん」


月が射し込む部分だけが薄く浮き上がる芝生・・・

ふたりが腰を下ろした視線の先には、天まで聳え立つかのように林立する高層ビルの群れが、遥か遠く月夜の雲の切れ間に見える。

そんな遠景をただ眺めながら秋の匂いを漂わす夜風に吹かれる。



・・・・・・



「ねえ、ほら!」


「ん?・・・」


「綺麗な星空・・・ああーほんとうにキ・レ・イッ!」


祥子は頭上に煌めく満天の星空を指差し、真新しい何かを見つけたかのように目を輝かせ魅入っている。

そんな彼女の横顔がとてもあどけなく可愛い。


「ああ、ほんとだ。綺麗だなぁ~」


「いいなぁ~」


「ああ・・・」


「・・・・」


「・・・・」


もうそれ以上―― 言葉を交わすことも無く、時間の過ぎ行く感覚も忘れ、そっとやさしく触れ合う肩と肩・・・

ふたりの空間は、まるで錯覚に陥るかのごとく、ゆっくりゆっくりと悠久の時を刻んでゆくようにさえ感じた。

雑踏も喧騒もどこかに吹き飛んでしまう、このひと時がたまらなく愛しい。

今宵はうたかたのひとときを流せる・・・何だかそんな気分に浸れそな予感がする。



「んっ?・・・??」


「・・・・」


「『あっ』って何だよ?」


「・・・・」


祥子は俺の言葉に耳を傾けることなく、ただ黙ったまま夜空へと祈りを捧げるように瞳を伏せた。

俺の視線はそんな彼女につられるかのように再び星空へと誘われていく。


「また流れ星か?」


俺はわけがわからないまま、彼女の見上げる星空を見つめ続けた。

傍らの祥子は相変わらず瞳を閉じたままだった。


「・・・・」


「・・・・」


きっと彼女は、夜空を駆け抜ける流れ星に『願い』を掛けているんだろう。

俺はそんな祥子をじっと静かに、そしてやさしく見守るしか術がなかった。



・・・・・・



「もう、黙ってて欲しいわね!」


ふいに目を開けたかと思うと、祥子は不満たっぷりにほっぺを膨らませ拗ねて見せる。


「ちぇっ」


「あはっ、うそうそ。もう願いかけたもん!」


ペロッと舌を出し無邪気に笑うその仕草があどけなく、そしてたまらなく愛しい。


「ふん、何を掛けたのやら~」


「何だっていいじゃない!」


「はいはい、そうですね!」


「あれぇ~~あっさりしてるのね。気にならないの?」


彼女は俺の返答が気にいらないのか、むきになって再びほっぺを膨らませて見せた。


「どうせ秘密とか言われるんだろ?訊いたって一緒じゃないか?だろ?」


俺はそんな仕草に苦笑いを浮かべながらあっさりと話題を切り捨てた。




祥子の『願い』・・・


男の傲慢な思い上がりじゃない、独りよがりな想いでもない。

彼女の望んでることは痛いほどわかってるつもりだ。

けれど同じ空間で流す時間が長ければ長いほど・・・

情けないことに、その願いは不甲斐ない男には痛みとしてしか伝わってこない。

だからいつもとぼけた生半可な返事でごまかしてしまう。


祥子はそんな俺の気持ちを重々理解してるのだろう・・・敢えて気持ちを言葉に変換しようとはしない。

そして―― いつだって天然ボケのような振る舞いと言葉で俺を翻弄する。

その心根がわかるだけに、余計に愛しさが募ってくる。

きっと彼女の方が俺なんかより、ずっと大人なのかも知れない。

最近、俺はそんなふうな思いに駆られだした。



「へぇ~?やけにわかってるじゃん!あはっ」


「バカッ!お前とさぁ~長い間付き合ってると、そんなことわかぁんだよっ!」


「ふ~ん・・・そうなの?」


「当たり前だろ。そんなこと!俺はお前より人生経験が豊富なんだよ。お前の考えてることなんて、すべてお見通しってもんよ!」


俺はポケットから煙草を取り出し、見せ掛けの強気の言葉とは裏腹に、話題から逃げるかのように慌てて火を着けた。


「へえ~、じゃあさぁ~わたしの『願い』当ててみてよ!」


そんな俺の態度を見透かしているのか、祥子は満面に笑みを浮かべて意地悪く突っ込んできた。


「けっ、お前って趣味悪いよなぁ~あー言えばこー言う!」


「いいじゃない!わかるんでしょ?」


「わかるさ!」


「じゃあ、当ててみてよ!」


「ふんっ!」


「あーー、ほんとはわからないんだろう?・・・ウリウリ~~」


俺の目の前に人差し指を立て、まるでトンボでも捕まえるがごとく、小さく小さく何度も何度も円を描く祥子・・・そんな彼女のおちょくりに、俺は顔を顰め不機嫌な素振りで煙草を燻らすしか術がない。


「くだらねぇ!」


「やぁ~い図星、図星!」


「もういいよっ!」


「わぁーい!祥子ちゃんの勝ちっ!恭介の負けっ!」


「勝手にしろっ!」



坂城恭介38歳、惑える40を手前にして、すでに迷い道を模索している。

村上祥子24歳、何時の間にかそんな迷える男を思い通りに踊らす操縦法で掌握している。



「じゃあさ、当てられなかった罰ゲームを恭介にしてもらおっと!」


悪戯っぽく見つめる祥子の瞳はいつになく輝いている。


「何で俺が罰ゲームなんてしなくちゃいけないんだよ」


「これはお決まりなの!」


「誰が決めたんだ?」


俺は『願い』に応えることのできない自分自身が抱え込む歯がゆさと、釈然としない会話にどこか苛立ちを覚えてゆく。


「わ・た・し!・・・あはっ」


自分の顔を指差しながら祥子の悪戯っぽい笑顔はさらに増していく。


「はん?お前は法律か?」


「そうよ。わたしが決めたルールなの!」


「・・・・」


馬鹿馬鹿しくて返す言葉が探せない。あまりにも平然と言い切るその言葉に、俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「わかった?」


祥子はそんな俺に何のお構いも無しに、小首を傾げながら顔を覗き込んでくる。


「はん?」


「恭介ちゃんはいい子だから、お姉さんの言ったことわかるよね?」


俺の反応を確かめるように更に深く覗き込む祥子・・・その仕草が可笑しくて仕方がない。

苛立ちは一瞬にして、たちまち爽快感へと変わってゆく。

(こいつは本当に可愛いな~やっぱ祥子は俺にとって心のオアシスであり、人生のリズムを刻むメトロノームであり、そして絶対必要不可欠な最高の女性なんだ)


俺はこみ上げる笑いを堪えながら憮然とした表情を故意に繕い続ける。


「あのなぁ~」


「どうかなぁ~?」


相も変わらず、茶目っ気たっぷりに顔を近づけてくる。


「わかるわけねぇーだろ~そんなもん!バ~カッ!」


俺はいつものように、そんな祥子のオデコを人差し指で突いてやった。


「もおっ、おじさんは往生際が悪いわねぇ~そんなことじゃ女の子に嫌われちゃうぞ!あはっ」


「ふんっ!」


「あははっ・・・」


「ははっ・・・」



俺は祥子と交わすくだらないこんな会話がたまらなく好きだ。

彼女は俺の心の歯車として、重荷にどこか醒めゆく心に、いつだって灯りを燈してくれる。

男の手前勝手な想いでも、傲慢ちきな想いでも・・・


彼女が『願い』続ける限り――


俺は彼女を愛し続ける――



男と女のドラマなんて言葉が無くたって感じ合えるもの。

月明かりのスポットライトを浴びながら、祥子はすべてを預けるかのように俺の胸の中へそっと顔を埋め瞳を伏せた。

俺はそんな祥子を愛しく抱きとめる。



星空の下、今宵は時がやさしく、やさしくふたりを包み込んでゆく...


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