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第5話 ウェディングベルは夢の中で


「あぁ~~あ・・・羨ましいなぁ~!」


「何が?」


「羨ましいの!」


「だから何が、羨ましいんだ?」


「・・・・」


「何だよ?黙ってちゃ判らないだろうが~」


「言えないもん・・・」


「何でさ?」






「言えないけど、羨ましいの!」



・・・・・・・・・



「課長よろしいでしょうか?」


「ん?・・・」


俺は書類をデスクの上に置き、声の主へと視線を向けた。

デスクの傍らに部下の島津奈美がにこやかに立っている。


「お忙しいのに申し訳ありません・・・」


「いや、大丈夫だよ。それよりどうした?」


「少しご相談したいことがありまして・・・」


奈美は照れくさそうに、俯きかげんに俺を見つめる。


「何だろう?」


俺は彼女のそんな仕草におもわず笑みを零した。


「あの・・・」


「ん?・・・」


「あの・・・実は・・・」


彼女は辺りが気になるのか、もじもじと照れくさそうにしている。

この場では、どうやら話し辛いのだろう。

俺はそんな彼女の気持ちをくみ取り・・・


「お~い、村上君!応接室空いてたかな?」


「はい、大丈夫です!」


祥子はすかさず確認の返事を寄越す。


「よし、じゃあ島津君・・・応接室へ行こう!」


「はい・・・」


奈美は俺の気遣いに感謝しているのか軽くお辞儀をした。



・・・・・・・・



「どうしたんだ?」


俺は彼女に問いかけながら椅子に腰掛けた。


「実は・・・私・・・」


相も変わらず奈美は、照れくさそうな表情を浮かべている。


「うん?・・・」


「・・・・」


「ははっ、何なんだよ?ん?・・・」


俺はそんな奈美を促すように彼女の瞳へと微笑みかけた。


「実はこの度・・・結婚が決まったんです」


俯き加減のまま恥ずかしそうに小声で呟く。


「ほお・・・」


俺は彼女のその言葉におもわず目を見開いた。


「・・・・」


「良かったじゃないか?おめでとう~!」


「ありがとうございます・・・」


奈美は俺の顔を上目使いで見つめながら頬を少し赤らめている。

そんな彼女の顔が、何時になく可愛く思えてしまう。


「で何日?」


「11月なんですけど・・・」


「3ヶ月後か・・・秋の花嫁か・・・季節もいいし!」


「ええ・・・それで、花嫁修業なんて大袈裟に口にすると笑われそうなんですけど、いろいろ準備やしなくちゃいけない事がたくさんあって・・・急にわがまま言って申し訳ございませんが、今月末付けをもって退社させて戴きたいんです」


奈美は恥ずかしがる表情の中にも何か・・・少し申し訳なさそうな視線を漂わせていた。


「そうか・・・何時かはこんな日が来るだろうと思ってはいたけど~残念だな。君は仕事もできるし、今君を失うことは俺にとっちゃ大きな痛手だよぉ~」


俺はそんな彼女の仕草に微笑みながらも、思わず実感として本音を溢してしまった。

それほどまでに、彼女が俺のデスクワークの中で占めるウェートは大きかった。



島津奈美26歳、祥子より3年先輩にあたる。事務処理に関しては、俺は彼女に『おんぶに抱っこ』されてるようなもんだ。信頼もできるし、仕事上、俺にとっては無くてはならない存在にまで感じていた女性だ。そんな彼女からの退職話・・・複雑な気持ちに駆られても正直なところ不思議ではないだろう。



「すみません・・・」


奈美は俺の言葉にすかさず詫びを洩らす。

きっと彼女も自分の置かれているそんな事実と立場を認識しているんだろう。

彼女らしい気遣いが感じ取れる。


「バカ!何言ってんだ。こんなお目出度い話に謝る事なんかないさ!」


俺は自分で滑らした言葉に言い訳をするかのごとく、彼女の気持ちに返事を繕った。


「はい・・・」


俺の気持ちを察したのか栞しおらしく頷く奈美。


「でも旦那さんになる人はどうなの?共働きはだめなのかい?」


「ええ、それも話し合ったんですけど・・・彼がどうしても家にいて欲しいって・・・」


「ははっ、そうか!その気持ち何だかわかるよ」


「はっ?どうしてですか?」


俺の問いかけに不思議そうな眼差しを返す彼女・・・


「だって君みたいな美人を外に出すと不安なんだろう?」


「もう~!」


笑顔で作る膨れ面は本当に幸せに充ちているように見えた。


はははっは・・・


俺は和みの空気の中、彼女の新しい人生の門出を素直に祝ってやることが、俺に尽くしてくれた彼女に対する最後の餞はなむけのように思えた。


・・・・・・・・


「当ててやろうか?」


俺は祥子を笑顔で深く覗き込んだ。


「どうぞ!」


判る筈もないと高を括っているのか、さも平然と答える。


「島津君のことだろう?」


「あら、どうして?」


「ふん!」


「ねえねえ、どうして判るの?」


「・・・・」


「どうしてなのよ?」


祥子は意外だったのか驚きの表情を浮かべ、駄々っ子のように理由をせがんでくる。

俺はそんな祥子の表情が可笑しくて仕方がない。


「お前さぁ~俺を嘗めてないか?」


「どうして?」


「俺はさ、お前の考えていることぐらいお見通しなんだよ!」


俺は祥子に対し得意満面な笑顔を作り・・・そして、いつもの癖のように彼女のオデコを人差し指で突いてやる。


「ふ~んだ!」


祥子はペロッと舌を出しながら俺の首に細い両腕を巻きつけ、そして甘えるかのように頬をすり寄せてくる。


「おいおい、ははっは・・・」


そんな祥子が愛しくてたまらない。俺はそのまま優しく彼女を抱きすくめた。

だが俺は・・・そんな気持ちと共に彼女の深層心理の奥底にある揺れ動く想いに少し触れたような気がした。


祥子は『結婚』という言葉の響きに、魅せられてしまっているかのようだ。

女性にとってその言葉は、そんなにも魅力的に感じるものなのだろうか?

男にとっちゃ『人生の墓場』なんて言葉で例えたりもするものなのに・・・

どうやら今宵は、心癒せる心静かな時間を流せそうにもないらしい。


「私ね、結婚がしたい訳じゃないんだよ。でもね・・・」


祥子は頬をすり寄せながら天井を見つめる俺に語りかける。


「でも何だよ?」


俺はやさしく微笑みを浮かべて視線を祥子へと返した。


「奈美さんが輝いて見えるから・・・そんなにも素敵なものなのかなって!」


祥子は羨ましそうに感じたままの気持ちを言葉に変えていく。

きっと奈美を、未来の自分にオーバーラップさせたいのだろう。


「ははっ・・・」


「何で笑うの?」


俺の笑いに少し憮然とした表情で俺を見据える祥子・・・


そんな彼女も・・・また彼女らしく思えて俺は大好きだ。


「ごめん、ごめん!だけどさ・・・」


「何よ?」


「祥子もやっぱり憧れてたんだなって思ったらさ・・・」


俺はそんな言葉で濁しながら祥子を笑顔で見つめた。


「私は憧れちゃいけないの?」


祥子は膨れっ面で視線を返す。


「いや、そんなことないさ~でもさ・・・」


「でも何なの?」


「俺といつまでもさ、こんな関係続けてちゃ無理だろうが?・・・そうだろう?」


「・・・・」


彼女も実感しているのか黙ったまま俺を見つめている。


「いいのか?」


「いいもん!」


「どうして?憧れているんだろう『結婚』に?」


俺は彼女にどうしても確かめてみたいって気持ちもあった。


「違うの!」


祥子はキッパリと俺の言葉を否定をする。

そして少し刹那げな瞳を浮かべ、俺をじっと見つめている。


「違うのか?」


「『結婚』に憧れているんじゃないの!」


そう言って、何かを秘めたように静かに目を伏せる祥子・・・


「じゃあ何だ?」


「私はね・・・」


「うん・・・」


「奈美さんが、愛する男性と24時間、それも同じ時間の流れの中で生きていけることが羨ましいの・・・」


祥子は喋りながら俺に頬を幾度も幾度も寄せる。

その甘えるような彼女の瞳には薄っすらと涙が滲んでいた。

俺はそんな祥子に言葉が探せない。


「・・・・」


「私は坂城恭介と流したいの・・・」


「・・・・」


「形はどうあれ、もっと、もっと・・・」


「・・・・」


「いつまでも、いつまでも流したいんだもん・・・」


きっと彼女の本音なんだろう・・・

心の奥底にある気持ちなんだろう・・・

何か祥子の想いに胸がつまってゆく・・・

俺はただひたすらそんな彼女をやさしく包み込むしか術が無かった。


「私はもっとあなたを愛したいの・・・そして愛されたいの!」


俺の顔を上目使いで覗き込む祥子・・・


「ああ~俺だってさ・・・」


「ウェディングベルはね・・・」


「ん?・・・」


「えへっ・・・もう何回も鳴らしたんだよ!」


祥子は涙を滲ました瞳で笑顔を繕う。


「えっ?」


「そう、幾度も・・・」


「・・・・」


俺は何ひとつ言葉にすることなく、ただやさしく祥子を黙って見つめた。

そして祥子の奥底にある揺れ動く気持ちまでも包み込んでやりたい・・・そんな気持ちに駆り立てられてやまない。

きっと俺の中の傲慢さもやさしさの裏返しなんだろう。

祥子の熱いばかりの思いが心に溶け込んでゆく。


「幾度も?」


「そう・・・」


微笑の中で瞳に薄っすら浮かぶ涙がキラリと光る。


「・・・・」


「あなたと流せる時間の中で・・・」


「・・・・」






「そしてわたしだけの夢の中で・・・」


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