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第4話 隣で笑うおまえを見ていたい


「ねえ?聞いてくれる?」


「何を?・・・」


「私ね・・・」


「うん?」


「今日ね・・・」


「何だ?」


「えへっ!怒っちゃ嫌よ!」


「ふん!やけに勿体をつけるじゃないか?」


「だって、あなたを困らせたいもん・・・いけない?」


「いい加減にしろよ!」




「告白されちゃった!」


・・・・・・・・


「・・・・」


「気になる?」


祥子は俺の気持ちを確かめたいのか、妬かせたいのか・・・少し右に首を傾けながら、俺の顔を深く覗き込んできた。


「別に・・・」


「ほんとに?」


「ああ・・・」


俺は平然と装う言葉とは裏腹に、心が揺さぶられたような気分になった。


「ほんとかな?」


顔色を伺うように視線を逸らすことなくじっと見つめる祥子・・・


「な、何だよ~お前は俺に妬かせたいのか?」


「そう!」


「おまえな・・・」


まるで子供のような悪戯っぽい笑顔を浮かべ、俺を見つめる祥子のその顔は何時になく輝いて見えた。



村上むらかみ祥子しょうこ23歳、今まで彼がいないのが不思議なぐらいだ。

社内でも『誰が彼女を射止めるか』って独身男性の間じゃ、もっぱら注目の的になっている。それぐらい評判の美人で性格も可愛い・・・云い寄る男だって、星の数ぐらいいるだろ。

そんな彼女が俺の傍らに寄り添う方が、どう考えたって不自然に思える。


坂城さかき恭介きょうすけ38歳、人生に厚みができても、まだまだ雑念に迷える四十路よそじ前・・・


「気になる?ねえ、ねえ・・・」


祥子は俺の反応を確かめるかのように再び口にする。


「バカ・・・」


「妬いてるんだ?」


「おまえ・・・俺をおちょくってるのか?」


俺はいつもの癖で、祥子のオデコを人差し指で突いてやった。

祥子は少しほっぺを膨らましすねて見せる。


「だって、妬いてほしいもん・・・」


「ふん・・・」


「私は、あなたを困らせてみたいんだもん・・・」


まるで我儘な子供のように駄々をこねる祥子。


「・・・・」


言葉を返すのも忘れるぐらい彼女の可愛い駄々に、俺は思わずほくそ笑んでしまった。


会社では何の変哲も無い上司と部下。格別仲が良い素振りを見せるわけでもなく、白々しくも淡々と業務をこなしていく、まるで役者のような男と女・・・

しかし水曜日の夜だけは、そんな演技から開放される。

ふたりにとって、愛を確認できる・・・そして心癒せる時間を流せる。


・・・・・・・・


「誰だか聞きたくないの?」


祥子はどうしても妬かしたいのか悪戯っ子のように、俺の顔を覗き込む。


「いいよ~そんなの・・・」


「どうして?」


「そんなの誰だっていいよぉ~」


俺は気になった。

気にはなったが、聞いたところでどうすることもできない。

俺の手前勝手な独りよがりで彼女を束縛することはできない。


「どうして、ねえどうして?」


「おまえさ~趣味悪いぞ!」


「だって、気にして欲しいんだもん!」


祥子はそう言って、甘えるかのように胸に顔を埋うずめる。


「ばぁ~か・・・」


そんな彼女の髪をなでながら・・・

(こんな祥子の可愛い仕草と駄々が、きっとたまらなく好きなんだ・・・愛しくてたまらないんだ・・・気持ちが揺さぶられるほど、祥子が既に俺の心の大部分を占めているんだろう。)

俺は、自分に再認識させるかのように心の中で呟いた。


どうやら今宵は、うたかたの一瞬ひとときに酔えそうもないらしい。

祥子の・・・突然の、そして悪戯いたずらっぽいなげかけに振り回されてしまいそうだ。

俺は自分の立場を省みずに彼女の心を縛りつけることはできない。

でも少し傲慢かも知れないが、俺は自分から祥子を手放すことなど考えられないだろう。

それは、心のオアシスとして・・・

そして、何よりも大切なものとして・・・

きっともう、素直に誰の手にも渡せない・・・

そんな気持ちで、心は一杯に埋め尽くされていた。



「祥子さ・・・ひとつだけ聞いてもいいか?」


甘えるように体を寄せる祥子に、俺はふいに問いかけた。


「何?・・・」


「おまえさ・・・」


「何、何?・・・」


祥子は俺の口から放たれる言葉を興味津々で待っているようだ。


「俺とさ・・・こんな関係いつまで続けるわけ?」


「えっ!」


想定外の問い掛けに彼女は少し驚きの表情を浮かべた。


「・・・・」


「う~ん、考えたこと無かったもん。そんなこと!」


彼女の本音だろう。

実は俺だってそんなこと、今の今まで考えたことが無かった。


「でもさぁ~いつまでも続けるわけにはいかないだろう?」


「どうして?」


不思議そうな眼差しをなげかける祥子・・・

「だって、このままじゃ、おまえ幸せになれないぞ!」


「どうしてなの?」


彼女は急にこんなことを言い出した俺に不満そうだ。


「どうしてって言われても困るけどさ・・・」


「私は、充分幸せ感じてるんだよ!」


「・・・・」


俺は彼女の言葉に何も言い返せない。


「大好きなあなたのいつも傍にいられるし、それに愛してくれてるでしょ?」


「ああ~とっても愛してるさ。でもなぁ~どう考えたっ・・・ウグッ?!」


祥子は突然、俺の唇へと重ねてきた。

きっと、それ以上の言葉は必要無かったのだろう。


『愛してる』その言葉が確認できれば、それでもうよかったのだろう。

俺はそんな彼女が愛しく思えそのまま力強く抱きしめた。


男と女の関係に多くの言葉は要らないんだろう。

時の流れがすべてを飲み込んでいくのかも知れない。

今宵は何故かそんな気分に浸れた。


・・・・・・・・


「私ね・・・その男性ひとに言ったの!」


「何てさ?」


「あのね・・・」


「うん?」


「『大好きな男性がいるんです』って!」


「ふんっ」


「『私のことを大切にしてくれるその男性についていきたい』って・・・エヘッ!」


祥子は照れくさいのか笑みを浮かべながらそっと俺に顔を近づけた。


「・・・・」


俺は言葉にすることもなく、そんな彼女をただ黙って見つめた。


「心から思っているもん・・・」


「・・・・」


「ずっと、ずっと愛し続けるもん・・・」


「・・・・」


少し瞳を潤ませ、祥子は俺に頬擦りを幾度となく繰り返す。

彼女の偽らざる気持ちなんだろう。

俺はそんな祥子が心の底から愛しくて仕方なかった。


“きっと彼女を守ってやれるのは俺しかいないんだ・・・”


“こんなに可愛い祥子を泣かしちゃいけない・・・”


傲慢な独りよがりのような思いだけが渦巻いて止まない。

でも俺のそんな思いも・・・

きっと、やさしさへの裏返しなのかも知れない。




「祥子・・・」


「えっ?・・・」


「俺は幸せ者だな~」


それは紛れも無い心の奥底から思える実感だった。


「・・・・」


「おまえにさ、こんなに思ってもらえてさ・・・」


「だって、ほんとの気持ちだもん!」


祥子は俺の横顔をじっと見つめたまま口にした。


「でもなぁ~」


「なあに?・・・」


「誰にも知られちゃいけない恋なんだぞ・・・それでもいいのか?」


俺は祥子の顔をやさしく見つめ返しながら気持ちを再確認させるかのように訊ねた。


「いいもん!」


「我慢できるのか?」


「我慢できるもん!」


「ほんとか?」


「だって、そんな恋だとわかってて・・・辛いだろうなってわかってて、坂城恭介を好きになったんだもん!」


祥子は眩しいまでの笑みを浮かべ、俺の額へと自分の額を重ねた。


「・・・・」


それ以上祥子に言葉が探せないまま、俺は微笑んで・・・そしてただ彼女の瞳を見つめ続けた。




「私はね・・・」


「うん?」


「誰にも知られちゃいけない、云えない恋でも・・・」


祥子は額を重ねたまま、気持ちを言葉に変えていく。


「・・・・」


「あなたとふたりだけの時間を流せることが嬉しいの・・・」


「ああ~それは俺だって同じさ・・・」


「あなたの傍にずっといられることを願っているの・・・だめ?」


少し刹那げな潤んだ瞳をながかける祥子・・・俺はそんな彼女のオデコを再び突いてやる。


「バカ・・・どうしてだめなことがあるんだよ?」


「じゃあ、ずっと傍にいてもいいの?」


「いいさ!」


「本当に?」


「ああ・・・」


「ワァーイ!」


(はばか)ることなく、子供のように無邪気に喜ぶ祥子が眩しい。


「俺もさ~どうしても誰にも渡せない、譲れないものがあるんだぜ!」


俺はそう言って、祥子を力強く抱きしめた。

彼女は本当に嬉しそうに頬を寄せる。


「なあに?・・・」


「俺はさ・・・たとえそれが人に知られちゃいけない恋でも・・・」


「うん・・・」


「ずっと、ずっとふたりの時間が続く限り・・・」


「うん・・・」


「いつまでも・・・」


「いつまでも?」


「おまえをさ・・・」


「うん・・・」


祥子は俺から放たれるその言葉を確信しているのだろう・・・

とてもやさしい瞳を浮かべ、幸せを体中で感じているようだった。


「いつまでもおまえを・・・」







「俺の隣で笑うおまえをずっと見ていたいんだ!」


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