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第2話 想い出は出逢いに帰そう・・・


「潮風が気持ちいいなぁ~」


「そうね・・・」


「お前とこうしてふたりで歩くのって何年ぶりだ?」


「何年振りかしら・・・」


「ははっ・・・気が遠くなるほど昔のことみたいだなぁ~」


「そうかも知れないわね・・・」


「・・・・」


「出逢った頃はお互い若かったわよね」


「そうだな・・・」


「あなたもわたしも・・・そしてあの頃は・・・」


「うん?・・・」






「愛で溢れてたわ・・・」



・・・・・・・・



坂城さかき課長、ここにサインお願いできますか?」


「ここでいいのか?」


「はい!」


『今日は水曜日だぞ!いつもの場所で待ってるから早く来てね~! あなたの祥子より』


俺は薄ら笑いを浮かべながら、書類に挿まれたメモ用紙に目を通した。

祥子は黙ったまま笑顔で俺を見つめている。


「これでいいか?」


「はい、ありがとうございます!」


俺は白々しくも彼女の差し出す書類にサインをしメモ用紙共々渡した。

祥子は何事も無かったように平然を装い自分の席へと戻って行く。

俺はそんな彼女の後姿を見つめながら、女性の凄まじき役者根性を見たような気になり、とても可笑しかった。


水曜日の夜は特別なことが無い限りルールのように彼女の為に空けてある。

ほんの一瞬ひとときの逢瀬でも、俺にとっては祥子と過ごす時間は砂漠の中のオアシスのように感じられた。

今宵もきっと心癒せる時を流せるのだろう。


「ねえねえ~会社のみんな、私たちのこと誰も知らないのよ!」


「バカ!当たり前だろ~」


「どうして?・・・」


「俺の立場も考えろよ!」


俺は突然の話題に少し狼狽した。


「やっぱり、体裁もあるんだ?」


「当然だ!」


「ふ~ん・・・バレると困るんだろうなぁ~?」


祥子は俺を困らせたいのか、気持ちの真意を問い質したいのか意地悪く呟いた。


「あのな~頼むから、そんなこと間違っても口にするなよ!」


彼女の顔を引きひきつり笑いで俺は覗き込んだ。


「判ってるわよぉ・・・」


「ほんとか?」


「だってバレるともう逢ってくれないんでしょう?」


小首を傾げる祥子の刹那せつない瞳が少し潤んでいる。

俺は癖のように彼女のオデコを人差し指で突いてやった。


「ばぁ~~か!」


「私は・・・あなたと逢いたいもん!」


そう言って俺に甘えるようにじゃれつく祥子が、たまらなく愛しく思えた。

きっと祥子は俺を掛替えのないもののように思っているのだろう。

俺にとっても、祥子はもう手放せない大切なものになっている。

でも・・・


『何時からだろう?こんなふうに、外へ外へと逃げ道を作りだしたのは・・・』


妻・響子と気持ちがすれ違いになりだしたのは・・・

俺は・・・俺の胸の中で幸せそうに瞳を閉じる祥子の顔を見つめながら、ふと響子との醒め切った関係が頭をぎった。


(俺は響子をもう愛してないのか?・・・いや、愛せないのか?)


(響子はどう思っているんだろう?)


(俺たちの関係を繋いでいるのは、子供だけなのか?)


(出逢った頃は、『歳をとっても手をつないで歩ける夫婦になろうな!』なんて言い合えるほど、心から愛し合えていたのに・・・)


(仕事を理由に、家庭を顧かえりみなかったツケなのか?)


(何時からすれ違ってしまったんだ?ほんとうに・・・)




「どうしたの?」


「うん?・・・」


「何を考えてるの?」


「何も・・・」


「さっきの話を怒っているの?」


祥子は不安な気持ちを瞳に浮かべて、寝転がったまま天井を見つめる俺に問いかけた。


「さっき?」


「そう!ふたりの関係バラしちゃおうかなって思ったこと・・・」


「ふん!気にしてたのか?」


俺は少し可笑しくなって鼻で笑ってしまった。


「だって、急に難しい顔するんだもん・・・」


「そうか、ごめんなぁ~!」


「違うの?」


「ああ・・・」


「ほんと?」


念を押すかのようにまざまざと俺の横顔を覗き込む祥子・・・


「ああ・・・こんなに可愛い祥子を怒れないだろう?」


俺は腕枕に寝そべる彼女を力強く引き寄せた。


「わぁ~よかった!『ルール違反だ!お前とはもう会わない!』なんて云われたらどうしようって・・・ちょっぴり不安だったの」


祥子はそう言って、満面に笑みを浮かべて俺の胸に顔を埋うずめてきた。


「バカだな~」


俺は彼女の髪を幾度となく撫で上げながら愛しさを募らせた。

(きっと俺と響子の関係は、祥子との間で交わせるこういう素直さを失ってしまったからだろう・・・)


うたかたの一瞬ひとときは、俺に思いもよらぬ心の迷いを与えた。

でもそれは、いつまでも放って置く訳にもいかない事柄に思える。

何時か、何処かで答えをださなきゃ・・・そんな思いで心は埋め尽くされていった。


坂城さかき恭介きょうすけ38歳・村上むらかみ祥子しょうこ23歳・・・そして妻・坂城響子さかききょうこ36歳

結婚10年目に迎える人生の分岐点なのかも知れない。


・・・・・・・・


「響子、少し散歩でもしないか?」


「急にどうしたの?」


響子は俺の突然の言葉に困惑している。


「俺がこんなこと言うと変か?」


少し照れくさくて、俺は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「とっても・・・」


実感している返事だった。


「そうか・・・」


「でも久し振りね!あなたからそんな言葉聞いたの・・・」


響子は含み笑いを浮かべ、何かに浸っているかのように静かに目を伏せた。


「・・・・」


俺は返す言葉も見つけられず黙ったままただ響子を見つめた。


自宅から10分も歩けば、砂浜が広がる。

まだ夏と呼ぶには早いが、一面にはもう夏を思わせる匂いが漂っているよう感じられた。

日曜日は流石にベンチも砂浜もそしてコンクリートの遊歩道も、肩を寄せ合う若いカップルで所狭しと埋め尽くされている。

俺と響子は、歩きながらそんな眩しいまでの光景に少し目を細め微笑んだ。


「俺たちにもさぁ~ああいう時代があったんだ!」


俺は響子へと振り返り、昔を懐かしんだ。


「そうねえ・・・」


海風に髪をたなびかせながら彼女も同じように思っているのだろう。

遠くを見つめるような眼差しで波間を眺めている。


俺は何も響子との関係を上辺だけ修正したいと思っているわけじゃない。すれ違いの雰囲気を創りだした『俺そのもの』を・・・傲慢かもしれないが、彼女の脳裏から解放ときはなしてやりたいと思っていた。

きっと俺は祥子に気持ちを奪われながらも、そんな気持ちにさいなまれるということは、響子をやっぱり心のどこかで愛し続けているのだろう。


俺は何も云わず響子を笑顔で見つめ、左腕をそっと曲げてやった。


「何?何よ~?」


響子は俺の仕草に照れ笑いを浮かべながらも嬉しそうに寄り添ってきた。


「・・・・・」


「・・・・・」


海風が潮の香りをのせ爽やかに吹き抜けていく・・・


俺たちは気持ちを言葉にすることもなくただ歩いた。


時が遡っていくような・・・

そしてタイムスリップしたかのような錯覚に陥るほど・・・

気持ちは出逢った頃のふたりに戻っていた。


・・・・・・・・


「愛が溢れてたって?」


「そう!」


「そうだったな・・・」


「・・・・」


響子は言葉にはしないが、本当に嬉しそうに見えた。

俺はそんな寄り添う響子を、出逢った頃の新鮮な気持ちで包んでやりたいと思った。

きっと俺の中の傲慢さも優しさの照れ隠しなんだろう。


「ねえねえ~~憶えている?」


「何を?・・・」


「忘れたの?・・・」


「だから何を?」


「初めてのデートの時のことよ?」


「忘れたよ。そんな遠い昔のことはさぁ~」


俺は素っ気なく返事をかえしたが、忘れたわけじゃなかった。


「私は憶えているわぁ~」


「どんなことだよ?」


「丁度この砂浜よ」


響子は急に立ち止まり、そしてしゃがんで砂浜に指で何かを書き始めた。


「ここ?・・・」


「そう!この砂浜に相合傘書いたの憶えてない?」


相合傘の中には・・・


“恭介・響子”


小さな傘の中で寄り添っているふたりのように思えた。


「そんなことあったかなあ~?」


俺は憶えていた。憶えていたけど口にすることが無性に照れくさかった。

多分響子はそんな俺の表情を読み取っているのだろう。


優しい目をして・・・


「今日、どうしてあなたが一緒に歩こうって誘ってくれたか・・・薄々感じとれてたの~」


「・・・・」


俺は響子に対して返す言葉を探せない。


響子はしゃがんだまま、砂を手に採り、そして指の隙間から零した。

俺は幾度となく繰り返す彼女のその行為を傍らでやさしく見守った。

きっとそこには出逢った頃のふたりがいたんだろう。

ひとあし早い夏を感じさせる風が、懐かしい想いと忘れかけてた思いを運んで来てくれた・・・そんな気がする。


「あなたはその時云ってくれたわ~」


「何を・・・」


「ふたりがね・・・」


「うん?」


「気まずくなって、気持ちが確かめられなくなったら・・・」


「・・・・」


俺は彼女が口にしたい言葉が判っていた。


「もう一度ふたりで・・・」


響子はそう言って、微笑みを浮かべながら静かに目を伏せた。


「・・・・・」








『想い出を出逢いに帰そうって・・・』



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