第1話 魔法使いになったサラリーマン
「ねえ、ねえ~~神様がさ、もし『あなたがなりたいもの、何にでもならせてあげよう』って言ったらさ、何になりたい?」
「俺にか?・・・」
「決まってるじゃない!」
「そうさなあ・・・」
「何?何?・・・」
「俺は・・・」
「俺は?・・・」
『俺は魔法使いになりたい!』
・・・・・・・・
「えっ!・・・」
祥子は俺の返答に、ビックリしたように大きな声をあげた。
「ダメなのか?」
俺は意外な顔つきの彼女に微笑みかけた。
「ダメッて訳じゃないけど・・・」
彼女は開いた口が塞がらないのか戸惑っているようだ。
「じゃあ、何だ?・・・文句あるのか?」
俺はそんな表情を浮かべる祥子がたまらなく好きだ。
「だってぇ~~普通はさ・・・王様になりたいとか、サラリーマンなら社長になりたいとか、そんな答えが返ってくると思うでしょう?」
俺・坂城恭介38歳、村上祥子23歳の関係は俗にいう不倫・・・所謂いわゆる会社の上司と部下・・・どこにでも転がっている在り来たりの関係だ。
毎週水曜日の夜は一緒に過ごす。しかし、俺は朝帰りはしない。決まったように午前0時には帰宅の途につく・・・それが祥子には不満らしいが、ふたりの関係を続ける為にはそんなルールも必要だ。
「ふん、そうかよ!・・・ありきたりの答えじゃなくて、ごめんな!」
ちょっとスネた口振りで祥子をからかう。
「違うの~あまりにもあなたらしい答えだから・・・」
祥子は俺の顔を笑顔で見つめながら言葉を繕った。
「子供だって言いたいのかよ?」
「違うわ・・・」
「じゃあ、何だよ?」
「何だっていいじゃない・・・だ~いスキッ!」
彼女はそう言って、俺の首に両腕を巻きつけながら嬉しそうに抱きついてきた。
「おいおい・・・」
俺は体を預ける祥子を受け止め、その勢いのままベッドにふたり倒れこんだ。
逢瀬の場所はいつものシティホテル・・・
窓からはネオンに彩られた街並みと、そのネオンを映し返すきらめく水面が見える。
祥子と過ごす、そんなうたかたの一瞬ひとときがこよなく愛せた。
「他人と違うあなたが大好き!」
祥子は再び口にし、そして俺に幾度と無く頬擦りを繰り返す。
「・・・・・」
言葉にすることもなく、そんな彼女を愛しく抱きとめた。
「ありきたりな答えを返すような男性なら好きにならないもん・・・」
実感しているような表情で、祥子は俺を見つめている。
「おいおい・・・お前は俺を試してるのか?・・・」
「違うもん!・・・」
「何が違うもんかぁ~この小悪魔め!」
俺は祥子のオデコを人差し指で突いてやった。
「エヘッ!だってそんなつもりで訊いたんじゃないんだもん・・・」
「じゃあ、どうして突然そんなこと言い出したんだ。うん?・・・」
「言ってもいい?・・・」
そう言って小首を傾げる祥子の仕草は、まるで子供のようにあどけない。
「理由をか?・・・」
「そう・・・」
「仕方がない。聞いてやるよ!」
「あのね・・・」
祥子は恥ずかしそうに俯うつむきながら、上目使いでそっと見つめる・・・
(ほんと、可愛いなぁ~・・・)
きっと俺はこんな彼女の仕草に魅せられてしまったんだろう。
「うん、何だ?」
「怒らない?」
「何だよ・・・話も聞いてないのに、何に対して俺が怒るんだ?」
勿体をつける祥子が、何だか可笑しくてしかたなかった。
「あのね・・・神様がもし『あなたを何にでもならせてあげよう』って言ってくれたらね・・・」
「言ったら?」
「私は・・・私は、『あなたの奥さんになりたい!』ってお願いするの・・・いけない?」
言葉を口にした後、俺の顔を伺うように覗き込む祥子・・・
「・・・・・」
彼女に対して、返す言葉が見つけられない。
「いけないの?・・・思っちゃ?」
「ばぁ~か!・・・」
俺はそんな可愛らしいことを口にする祥子が愛しくてたまらなかった。
(きっと俺は、祥子を手放せないだろうな・・・)
「怒った?」
「どうして?」
「だって、その言葉は『ルール違反』なんでしょう?」
「ああ、ほんとはなぁ~・・・」
祥子は最近の若い女性らしく、物事の割り切り方が早い方だった。
ふたりの関係にしても、あっさりと捉えていたし、自分の都合と感情しかない俺の手前勝手なルールにも理解し納得していた。
そんな彼女をしても、そう謂わしめる俺っていったい何者なんだ?
「怒らないの?」
祥子は少し不安そうな顔をして俺の顔を覗き込んだままだ。
「こんな可愛い祥子を怒れるもんか・・・そうだろう?」
俺は不安気な顔の・・・彼女の長い髪を撫で上げながらやさしく言葉にした。
「じゃあ・・・思っていてもいいの?」
「思うぐらいはいいさ・・・」
彼女は俺の返答に忘れた笑顔を取り戻したかのように、急にニコニコ顔になった。
「わぁ~~い、わぁ~~い!」
「そんなことぐらいで喜ばなくちゃいけないのか?」
「だって嬉しいもん!」
「どうして?・・・」
俺は何故彼女が、そんな言葉の遊びみたいな事で喜ぶのか不思議に思えた。
「だって、だって・・・もし神様がいたら私、あなたの奥さんになれるもん!」
「バーカ!神様なんている訳ないだろう?まるで子供だな・・・」
「いいじゃない?・・・それほどあなたのことを愛してるのよ!」
祥子は俺の返事に剥きになるかのように言葉にした。
「本気?・・・」
「本気じゃいけないの?・・・」
大きな瞳を輝かせてまざまざと俺を見つめる彼女・・・
俺は祥子のオデコを再び指で軽く突いてやった。
「ははっ!祥子らしくていいや!」
「もう!いつもそうやって誤魔化すんだから・・・」
「誤魔化してなんかないさ!」
「じゃあ、あなたは私のことどう思っているの?」
彼女はどうしても俺に自分の存在価値を問い質したいらしい・・・
「どうって?・・・」
「ただの不倫相手?遊び相手?・・・あなたにとって、何なの私って?」
「何だろう?・・・」
(そんなこといちいち考えて付き合ってなかったもんなぁ~急に問われると困るよな・・・)
「愛してないの?・・・」
祥子は少し刹那げな瞳で俺を見つめた。
「愛してるさ!」
「ほんとに?」
「ああ・・・」
「じゃあ、あなたは私の何なの?・・・」
「そうさな・・・」
俺はベットに寝転がったまま天井を見つめ・・・
「何?何?・・・」
「しいて言えば・・・」
「何なの?・・・」
祥子は言葉が待ちきれないような面持ちで、前のめりに体をのりだした。
「お前を夢の中に誘える・・・」
「うん、うん・・・」
「お前だけの・・・」
「私だけの?」
『魔法使いかな!』