第33話(商人の街)・3
せっかくだから、残された私達も働く事にした。
とはいっても、宿の調理場。
マフィアは料理の腕前がプロ級なので。
宿屋の主人さんや雇われのコックさんと交じって。
炒めたり煮たり揚げたり盛り付けたり。
……と、忙しく補助をする。
あまりに有能なので、すっかり任されている。
で、私はといえば。
料理の腕なんて たいした事ないわけで。
そうねえ……。
作れるものといったら せいぜい目玉焼きくらいのレベル。
……とりあえず。
才能も ないし器用でもないわけで。
皿洗い全般を任される事と なった。
ココの宿屋は結構デカいから、お客さんも大勢 居る。
朝、昼、夜の食事タイムは もう、ものすごい忙しさ。
おしゃべりなんてしてる間なんて もちろん なし。
容赦なく運ばれてくる、客が食べ終わった皿、皿、皿の数の山。
一皿5秒で磨きあげ。
5秒で注ぎ洗い。
横で皿拭きをしてくれるメノウちゃんへと渡していく。
ハイ、ホイ、ホ! というタイミングだ。
ドジな私はウッカリ手を滑らせて皿を割ってしまったー! という事も。
……シクシク。
ああ、一体一枚いくら、バイト料から引かれるのかしら。
……もう考えないでおこう。
気が張って、張りまくって。
神経も体も もうクタクタ。
仕事が終わって部屋へ戻った時。
ベッドに そのまま突っ伏した。
さん、にい、いちで夢の中へ……。
マフィアもセナ達も まだ帰って来ていない。
お先にサヨナラ……だ。ぐう。
という日が3日続いた今日。
ちょうど昼食の時間帯が過ぎ。
お客がチラホラ帰り始めた頃。
休憩をとり、お客に交じって昼食を とっていた。
お腹は もうペコペコで。
手は3日前と比べるとガサガサ。
後で家から持ってきたハンドクリームでも つけとこっかな、と思っていたら。
急に。
隣の丸テーブルに着いていた中年男2人の会話が。
耳に飛び込んできた。
「おい。また、ピロタの泉をめぐってタルナとバリ民族の紛争だとよ。小規模だったらしいが、決着は ついてねえってさ」
と、昼にも関わらず酔っ払っている騎士の格好の男が言った。
酒をあおり、顔を赤くしている。
それは もう一人の中年男も同じ。
もう一人の方は、大柄で白いヒゲを生やし。
後ろで白髪を束ねている。
これまた騎士の格好をしていた。
2人とも、どうやら冒険家なのかな。
「バリ民族っていやあ……異民族の村だろ? 中には、ワマ民族の混血も居るらしいじゃねえか。あーやだやだ。野蛮なワマ民族の血なんて流れてるから、こうも争いが起こるんだ」
受け答えた方は、そう言って おつまみを追加。
すると もう一人の方が、今度は小声で言った。
「と言うよりよ。ラシーヌ国王様が しっかりしてねえからだよなあ。こうも争いが多くちゃ、気が滅入っちまうぜ」
「おいおい。こんな所で言うなよ、んな事。誰か他に聞こえたらどうする?」
私が聞いていた。
話を整理すると。
ラシーヌ国に。
タルナとバリっていう民族が居る。
で、バリ民族の中にはワマっていう民族との混血の人も居て。
とにかく、紛争が絶えないんだ。
(民族紛争か……ニュースとかで見た事あったっけ……)
と、ぼんやり考えていた。
すると、ふいに後ろから肩を叩かれた。
ドキッとして振り向くと。
視界が真っ白になった。
というのも。
私の視界を何か白い物が塞いだからだった。
「あんた、悪いけど使い頼んでいいかい?」
白い物とは、ただの封筒。
ヒラヒラと私の目の前で持っているのは この宿の主人。
少し意地悪そうな目でギロッと こっちを睨んで。
私の返事を待つ。
「あ、はい。コレですか? 何処に?」
やっと現状が飲み込めた私は。
白い封筒を受け取った。
「ココから北東に、タルナ民族の村がある。村の南 端っこに白い一軒家が あるはずだ。風車が あるから すぐ わかるだろう。ミヤーリっていう女が住んでいるはずだ。そいつに それを届けてくれ」
そう言って別の白い紙を渡す。
紙には家までの地図が描かれていた。
「今から行けば夕方には帰って来れる。すぐ行って来てくれ、特別 手当てを つけといてやるから」
タルナ民族の村は本当に すぐだった。
方向音痴には前科が あった私は。
内心「また迷っちゃったら……」と心配していたが。
なんと村までは一本道で。
しかも親切に案内看板が。
道標なんて一本道で必要あるんだろうかと思ったけれど。
途中、人も行き交ってたし。
念のため聞いてみたけれど。
その人は ちゃんと親切に「あってますよ」と答えてくれた。
やっぱり人が多いからだろうか。
こんなに案内板とか徹底しているのは。
そう思った。
で、徒歩で約2時間後。
噂にも聞いた、タルナ民族の村へ到着した。
石垣の塀に囲まれた、村。
港とは空気や雰囲気が全然 違う。
穏やかでは あるけれど何処か物寂しさを感じた。
石垣を超えてみると。
まず一人の男が私に近づいて来た。
「変わった格好だな。村に何の用だ?」
まだ20代半ばと いった感じの男。
手に槍を持ち、茶色い布製の鎧。兵か騎士か。
「あの……コレを届けに」
と、私がスカートのポケットから出した白い封筒を見せると。
男は すぐに それを ぶんどった。
「ちょっ……」と私が言う前にビリビリと封を開け。
中身を確認する。
10秒ほど経った後。
男は中身を封筒の中に戻し私に返した。
「ミヤーリは あそこの風車がある家だ。用が済んだら、すぐ村を出ろよ」
言うだけ言って。
去ってしまった。
「一体 何なの あの人……」
と口を尖らせた後。
教えられた家へ向かう。
白く造られた風車はノンビリと回る。
近づくと、麦畑が見えてきた。
寂しげな風が吹く。
周囲には誰も居ない。
数羽の小鳥が、可愛らしく飛ぶだけ。
白い煉瓦造りの家で、茶色い屋根。
煙突からは、煙が立っている。
木で できた扉をトントンと叩く。
すると中から、パンの香りと共に一人の女性が出てきた。
銀杏のような黄色で。
長く後ろから肩に下げて編んだ三つ編みの髪。
前髪は横に分け。
くっきり細い眉が凛々しく たつ。
まだ若い。
白いブラウスに青のロングスカート。
そして少し淡いブルーの瞳に映る私の顔。
「どなた?」
「あ、あの。私、リール港町の宿屋の主人から手紙を届けに来たんですけど……」
ためらいがちに……手紙を渡した。
一度 封を開けてしまっている手紙。
中身は見てはいないけれど。
見たと思って怒られたらどうしようかと思っていた。
しかし この人は何も言わず、「ああ。シルボさんね」と。
手紙を受け取って家の中へ私を招き入れてくれた。
「入り口で兵に捕まったりしなかったかしら? シルボさんったら それが嫌で、いつも違う人を使いに よこすの」
言いながら。
温かいミルクをコップに入れて私に渡してくれた。
こじんまりとしたテーブルの前の小さなイスに座り。
ゆっくりとミルクを口に入れていく。
ほどよい温かさが身に染みて。
心が和んできた。
「あの人って……何なんですか? いきなり尋問されて手紙も あっという間に とられちゃって……」
だいぶ落ち着いてきたので。
聞いてみる事にした。
「そうね……あ、先に自己紹介、いいかしら。私はミヤーリといいまして、ココで一人で住んでいます。麦畑が あったでしょう? 風車で麦をひいて粉にして、その粉を届けているのがシルボさんの所。あと、幾つかの店にも届けています。この手紙は粉の注文書です」
へえ〜。
私は そうかと納得して ずっと話を聞いていた。
ミヤーリさんは そこで話を切った後。
キッチンの方へと行き。
鉄板を両手に戻ってきた。
鉄板の上には、焼きたてのパンが何個か並んでいた。
ふっくらと温かく。
美味しそうな匂いが部屋中に広がっていく。
皿を用意して、上に2個ほど丸いのと四角いのと。
各種類のパンをのせて私の前に差し出した。
もちろん、私は大喜びで頂く!
匂いのおかげで。
お腹は正直にグウグウと答えてくれていた。
「ありがとうございます! 頂きますっ」
ぱくっ。
パンの温かさが口にも いっぱいに広がって……。
「おいしーい!」
と、思わず声に出してしまった。
ミヤーリさんは、満足そうに私の顔を見ている。
私ってば……。
パン食べてないで。
自己紹介しなくちゃ、と思い出した。
「私は松波 勇気です。ちょっと訳ありで、世界中を連れと旅をしていまして。宿で皿洗いのバイトをしていたんです」
「まあ……旅を? それは大変ですわね。辛くなったりしませんか? 女の方なのに……」
「はは。まあ。ですけど、楽しい事も いっぱいなんですよ」
「素晴らしいですわね。世界中の色んな物を見て……うらやましいです。私も、この村から抜け出せたら……」
視線を下へと落とした。
私の前に座っているミヤーリさんの前には。
湯気のたつミルクの入ったコップが置いてある。
私達の間に沈黙が訪れたと思ったけれど。
ミヤーリさんは意を決したように長く語りだしていった。……
「見たでしょう?
入り口の所で、兵を。
村の入り口は全て、高台から監視されているんです。
まだ この辺りの監視は厳重ではないのですけれど。
ご存知でしょうか?
タルナ民族とバリ民族と、戦闘態勢の最中だという事を。
今、この村の男達は皆、兵で徴収されました。
きっと今頃、北に居るんでしょうね。
私の父は兵で昔、戦争中に。母は病気で倒れてしまって、今年に亡くなりました。
一人残された私は父の麦畑を守っているんです。
私達タルナ民族は花や植物を育てるのが得意な、穏やかな民族なんです。
ですけど、何十年か前からか北のバリ民族が攻め込んできて。
私達が大切に育てあげた植物は皆、燃やされました……それ以来ずっと、睨み合い。
私達 女子供は ただ家や身を守る事で精一杯」
ミヤーリさんは……小窓から遠くに広がる麦畑を。
悲しそうな表情で見つめた。
「この麦畑も いつか、燃やされて なくなってしまうかもしれない」
私を見た。
でも、ニコッと笑いかけた。
「一体、何のために私達の生活は奪われるのでしょうね……」
私に言葉は浮かんでは来なかった。
ミヤーリさんを見つめるばかりで、何も。
「すみません。こんな話……お客様が久しぶりでしたから つい」
と、頭を下げた。
私は慌てて手を伸ばした。
「いえ。そんな! 頭なんて下げないで下さい……こちらこそ、焼きたてのパンを ごちそうになっちゃって。ありがとうございます。それに、タルナ民族の事も よく わかりましたし。戦争の事も……私、どうしても実感が湧かなくて。でも、ミヤーリさんの気持ちは ようく伝わってきましたから!」
両の手を握りしめて、熱弁をふるった。
ミヤーリさんの目の端に、キラッと光るものが。
「勇気さん……」
その時だ。
玄関のドアがノックされる音がして。
話は中断された。
ミヤーリさんはパタパタと駆け、そちらへ。
私は奥まった部屋で。
少し身をひそめがちに息さえ気遣った。
チラと玄関の方を隠れ見える範囲で様子を窺っていると……。
突然の訪問者は。
さっき村の入り口で会った兵の男だった――
《第34話へ続く》
【あとがき】
セナよバイトするな冒険しろと言われたらどないしましょ 汗。
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