第31話(復活の女神[ハルカ])・3
作戦会議が終わり。
廊下を歩き出す鶲と さくらと紫苑。
「レイが王に なるんなら、ハルカは さしずめ女王か……いや、女神って方がピッタリかもね」
と、一人で話している鶲。
大あくびをしながら。
かったるそうに歩いていた。
「でも……あんな事、私、考えつきませんでしたわ。レイ様は気がついておいでだったのかしら……?」
下の冷たい薄青の床に映る自分の顔を見ながら。
さくらが聞くと、
「さあね。レイの事だから考えては いたかもね。でも…… あ い つ の今の体力で、できると思う?」
鶲は つまらなそうに首を軽く回した。
「……そうね。そういう事かしら」
「たぶんね。レイは甘いから」
そんな2人の会話を。
後ろで黙って聞いている紫苑の方へ振り向き、
「この作戦は僕より おたくの方が適任じゃないの?」
と鶲が眠そうに言うと。
紫苑は視線を下に落とす。
相変わらず寡黙に。
出発を明日に控え。
私は荷物を再チェック。
ひとしきり確認し終えた後。
さあ寝ようかなと布団に入ろうとした時。
部屋の外の廊下に続く階段の方で。
誰かが上がって来る足音が聞こえた。
私は直感で わかった……セナだ。
バイトから帰って来たんだ。
こんな夜遅くまで。
……朝早くから今まで。
そういえばココ数日。
まともに顔をあわせていない。
避けられているのか。
たまたまなのか。
……わからないけれど。
会いたい。
顔が見たい……。
そう思ってドアの方へ。
そしてドアのノブを掴もうとして、ためらう。
トントン……と、近づいて来る足音。
でも何故だか。
手も足も それ以上前に出す事が できない。
ドアが……開けられない。
しばらく その場に立ち尽くす。
足音は やがて近づき。
ドア一枚の向こうの廊下を歩き去る。
行ってしまう……行ってしまうのに!
胸が苦しくて張り裂けそうだった。
「うっ……」
涙が こみ上げた。
後ろでマフィアと蛍が寝てるのなんて。
おかまいなしで。
私は一人、小さく泣いた。
……たった、たった一枚のドアなのに。
こんなに距離を遠いと感じるなんて。
セナに会うのを怖いと思うなんて。
避けていたのは、私の方なの?
いつまで こんな状態、続くっていうの……?
辛い気持ちが溢れ出してきて後押し していた。
その時だ。
「勇気?」
と……小さな声がした。
えっ? として声の した方を見る。
声はドアの外から。
「勇気、そこに居るんだろ? 出て来い」
声の主は確かにセナの声だ。
ドアを挟んで向こうに居る。
そして私を呼んでいる。
びっくりして一瞬。
固まってしまったけれど。
やがてドアを開けて。
目の前に立ちはだかる人物を見た。
赤いトレーナーにジーンズのような生地のズボン。
だけど あちこち泥や砂で汚れている。
そりゃそうだ。
バイトから帰ってきたばかりなんだから。
「お風呂、入らないの? 好きな時 使いなさいってハウス先生が言ってたし、入ってきたら?」
と、心なしか目線を逸らして言うと、セナは「そうだな」と言って頷いた。
「とりあえず聞いておこうと思って。出発、明日だってな?」
セナが そう言って私の顔を見る。
私は少し首を傾げて「そうだけど?」と聞くと、
「出発、昼に なんねえか?」
と聞き返してきた。
「へ……いいけど、何で?」
「バイト。本当は今日まで だったんだけど、明日も朝だけ来てくれないかって頼まれてさ。まあ いいかと思って。あそこ、すごく給料が いいからなぁ……明日 行けば、時給プラスαだぜ? オイシイと思わね?」
私は はあ? という顔をして。
深あーく ため息をついた。
「そうね。確かにオイシイ話だけど……セナ、張り切ってるね。何か、楽しそ」
「まーな。何か、久しぶりにノンビリしたからさ。だいぶ落ち着いてきた」
「そう。よかったねー。動きまくってるけど、ケガは大丈夫?」
「おう。全然 平気。でもまあ、しんどい事は しんどいけどな。バイト先の人達、優しいけど仕事には厳しくて。俺は何度 夜に枕を濡らした事か……くうぅ」
大げさに目頭を押さえた。
「お、何だ その顔は」
私が“へっ”という顔をしたのを見て。
私の ほっぺたを つまみ上げた。
「いたひぃ……」
と、“痛い”を主張する。
「変な顔。親方に見せたい」
クックックッと含み笑いを漏らす。
私はセナの手を はねのけ。
しかめっ面をしながら思い切り足を踏んづけて やった。
「痛ってええ!」と言いながらピョンピョン跳ねている。
「明日もバイト行くんなら、早く寝なよ! じゃあね!」
と、バタン!
夜中だが構わずドアを激しく閉めた。
全く……と。
閉めたドアに もたれて一息つくと。
ドアの向こうで まだセナの気配が していた。
トン。
軽く、ドアに手でも当てたような音がした。
セナが まだ、そこに居る。
「ごめん……」
そう聞こえた。
気配が消える。
(『ごめん』……?)
私がドアを開け隙間から外を見てみたが。
もう誰も居なかった。
誰も居なくなった廊下が そこに ある。
(前に口論しちゃった時の事かな……? 謝らなきゃいけないのは私の方なのに。“さよなら”なんて言っちゃったし……)
隙間風が何処からか通り抜けた。
私は音も なくドアを閉めた。
次の日の昼。
ハウス先生とミゼー先生と。
私達は同じ場所で待機していた。
旅に必要と思われる物は全部 揃えたし。
昼食も とった。
ところが、いつまで経っても。
セナが帰って来ないのだった。
(様子、見てこようかな……)
部屋の窓から外を見ていた。
ずっと ぼおっと、流れゆく人波を見下ろしていた。
すると。
見覚えのある背格好の人物が――セナだ。
「あ、やっと帰って来た!」
と声を上げると。
皆 私の方を振り返った。
「ったくもう。待ちくたびれたわよ」
マフィアが そう言って私の横から身を乗り出す。
「ん……?」
奇妙な事に気が ついたのは、私も同じ。
なんとセナの横には女の人が!
泥とホコリまみれの2人は。
街中で目立っている。
女の人というのは、髪型はショートヘアで。
細い体だけれど筋肉が しっかりと ついていそうな体つきだ。
眉も、キリッとしていて意志が強そう。
肌が日焼けしていて色黒だ。
そしてセナと並んで立って。
楽しそうにしているではないか。
やがて手を振って別れた。
セナは その足で診療所に入って行った。
(な、何か まずいもの、見ちゃった……?)
私はドキドキと胸が高鳴る。
それにムカムカ モヤモヤと。
嫌な感じに襲われた。
何あれ!?
散々 人を待たせておいて。
……あんな楽しそうに。
ああ、完全なる嫉妬じゃあ!
と、私がヤキモキしている間に。
セナがドアを開けて入って来た。
「遅くなってわりー。さー、出発しようぜ」
と、笑顔で話しかけてきた。
「体、大丈夫? 出発、明日にしても いいのよ? 無理して疲れ溜めたら……」
マフィアが心配そうに一応そう言ったが。
セナは手を振った。
「平気だ。すぐ行こう 今 行こうレッツゴー!」
……かなりのハイテンション。
本当に大丈夫なんだろうか?
私達がテンションに ついていけないでいると。
セナが いきなり私の顔を見てニコッと笑い出す。
そして私の方へ歩み寄って来て何かを取り出し見せた。