第31話(復活の女神[ハルカ])・2
「俺……先に帰ってる。どうせ診療所に泊まるんだよな?」
と、セナが立ち上がった。
私が うん、と頷くと。
「じゃ、先に寝る。これからの事、考えておいてくれ」と。
まるで捨てゼリフのように言った。
そしてスタスタと早足で店を出て行ってしまった。
「セナ……勝手に行動した私を怒っているのかな……?」
ふいに思った事を口に出した。
カイトが首を振る。
「いや、違うだろ。あの様子じゃ。別に放っといていいんじゃない?」
と ノンキに答えて。
運ばれてきた料理の唐揚げをヒョイと口の中に放り込んだ。
「ま、勇気。今度から気をつけなよ。今回 皆 無事で よかったけど。次は、こうは いかないかもしれない。自分勝手な行動は絶対に控えろよ」
厳しくカイトに注意された。
当然と いえば当然の事なのだから。
これ以上に落ち込む事は なかった。
でもセナが一体今、何を考えているんだろうと思うと。
……辛くなった。
ハルカさんの事を考えてるんじゃないかって……。
「とりあえずマフィアとメノウのトコに行くか。……いや、こっちに来てもらおう。手紙 出しゃ、5日も あれば合流できんだろ。で……問題は そっからだけど」
「もう一度、レイ様の所へ のりこむ気?」
「うーんと……でもセナが あんな調子じゃあなぁ……」
頭をポリポリと掻いて私の顔を見た。
私の意見を求めているらしい。
「確か東の……ベルト大陸って。3分の1が壊滅したって話だったわよね。私とりあえず、様子を見てきたいんだけど。気に なるしさ」
ポツポツと言った私の意見に。
皆は「んじゃ、そうしよう」と賛成した。
手紙を出して、5日後。
夕方頃。
マフィアとメノウちゃんは診療所へ到着した。
夕食を一緒に食べた後。
私が全然 元気が ないのを心配して。
私を散歩に誘ったマフィア。
いつもの優しいマフィアだった。
「セナは どうしたの? 姿が見えないようだけど」
薄暗くなりつつある街並を2人で並んで歩く。
立ち並ぶ店々は どんどん閉まっていく。
「バイトしてるらしいの。どっかの工事の……朝早くから夜遅くまでだから、全然会えないの」
「そう。ケガしてたんでしょ。安静に でも してればねえ」
「うん……」
時化た会話だな、と思った。
後が続かないから。
私、あんまり話す気力が なかった。
マフィアも、相当 沈んでいる私を見て。
黙っていたけれど やっぱり話し出した。
「バイトったって、出発まで でしょ。すぐ会えるわよ。それより私、今すごく安心してるのよ。勇気が無事で。皆も。何度も思ったわ。ああ やっぱり私も行くべきだった……って」
「うん……私のせいで迷惑かけて、ごめんなさい」
「もう いいわよ。結果よければ。それにしても すごいわよ。レイをやっつけたんでしょ? 勇気が!」
「レイは まだ生きているだろうけど……ね」
「でも すごいわよ! 一矢を報いるって、こういうのを言うのよ!」
マフィアは必死に私を元気づけようとしている。
でも、わかってても。
頭の中はセナ、セナ、セナの事ばかり。
突然のバイトも。
セナは私を避けているんじゃないかと思えるもの。
セナはハルカさんの事が好きなのかもしれない。
――その不安が、私を落ち込ませる。
セナは どうして私に何も言っては くれないの?
一体、何を考えているの?
本音が。
いつか聞かせてくれたように。
セナの本音が知りたい。
「七神も一人 見つかった事だし。あと2人。きっと すぐに見つかるわよ」
「うん……」
頼りなく笑う私。
するとマフィアが。
いきなりバーン! と。
私の背中を叩いた。
「しっかり しなさいって! せっかく助かった命、大事にしなきゃあ!」
とニコニコ笑う。
「うん……! そうね!」
私も つい つられて元気を取り戻した。
これから旅の再開。
気分転換に いいかも しれない。
新たなスタートが切り開かれるんだもの。
……でも、きっと……もっと もっと。
今より厳しい旅に なるのだろうけれど。
「あ、そうそう。実はね、ホラ!」
マフィアが ずっと手に持っていた、白い封筒を私に見せた。
「マザー宛に手紙 書いたのよ! 勇気達が留守の間にね。今から出そうと思って。いいアイディアでしょ?」
と言ってニッコリ微笑んだ。
私もニコッと笑って。
「そうだね! それっていいかも!」と頷く。
マフィアの おかげで元気 出た私。
夕日が赤々と私達を照らし。
黒い影が長く真っ直ぐ伸びていた。
夕日の赤を見つめる時。
胸の苦しさも あった。
炎の赤。
……触れてもいないのに、熱い。
さくらが食事の用意を持ってハルカの元へ行った。
何の飾り気も なく寒々とした部屋に。
ポツンと置かれた白いベッドの上。
そこに、レイが寝ている。
明かりは燭台一つだけで。
ベッドの そばでハルカとレイの顔を照らしている。
ハルカは静かにレイの寝顔を見つめ。
レイの片手を上から重ねて握り。
祈るようにベッドの そばに座り込んでいた。
その光景を見て さくらは少し話しかけるのを戸惑ったが。
持っていた お盆を床に。
そっと置いて落ち着いて話しかけた。
「レイ様の お加減は……?」
ハルカは振り向きもせず答える。
「だいぶいい。背中の傷も すっかり治っている。さすが……四師衆だ。レイが造っただけ、あるな」
「そうですか……」
さくらは内心、チクリと胸が痛んだ。
自分はレイの使い、下の者。
従者であって、それ以上は ないという事を。
今改めて認識したような気分に なったからだった。
レイはハルカを愛している。
それは、そばで。
ずっとレイの事を見てきているから知っている。
そして、ハルカもレイを愛している。
……ただ ひたすらに、愛している。
この2人の間に、入り込む余地など ない。
それは わかっている。
わかっているから……痛むのだ。
「皆をココに集めてくれるか」
そんな さくらの心情を気にする事も なく。
ハルカは さくらに そう命令した。
「わかりました。ハルカ様」
そして、ただ黙って。
命令を受け取る さくら。
さくらが下がった後。
ハルカはレイの手を そっと頭に当てた。
「レイ……あなたが目覚めた時。それまでに、必ず四神鏡を集めてみせるわ。それまで……ゆっくり休んでね……お休みなさい」
手の甲に口づけた。
数分後。
さくらが鶲と紫苑を連れて再び部屋へ来た。
「紫苑と いったか。レイの治癒に ついては礼を言う。だが……奴らを逃がした事に ついて、どう思っているのだ?」
と、ハルカが紫苑に まず詰め寄った。
奴らとは、もちろん勇気達の事で ある。
「救世主を殺しては ならない」
「何だと?」
「その理由は……レイ殿に直接お聞きになるがいい」
紫苑は目を伏せたまま。
抑揚の ない声で そう言った。
「……まあ、いい。それより、レイが目覚める前に、レイが集めていた四神鏡とやらを集めたいのだが。協力を願う」
と、さくらと鶲の方を向いて言う。
「わかりました」
「ま、はなから そのつもりだけどね」
2人とも同意する。
紫苑は口を固く閉ざし。
一人 沈黙の空気を作りだして。
寡黙なままで手を合わせていた。
「一人 一つの村か街を襲ってもらう。片っ端から調べるんだ!」
そう張り切って声を荒げるハルカに。
鶲が両手を天秤のように上げ広げ釘を刺した。
「でも邪尾刀は一本しか ないんだよ? 他の奴らは一人 一人調べてけって? 嫌だね、面倒臭い。刀一本で世界中の人間が斬れると思ってんの?」
さあ どうするんだと言わんばかりに。
ハルカを凝視する。
しかしハルカは少し考えた後ニヤリと こっちを見た。
「確かに、骨の折れる作業だが……一つ、方法が ある」
まるで悪戯っ子のように。
笑った。