第23話(記憶の断片)・1
※シリアスあり、コメディー要素ありとなっていますが作品中、今後の経過により残酷な描写があるかもしれません。
同意した上で お読みください。
※じっくり小説らしく味わいたいパソコン派な方はコチラ↓
http://ncode.syosetu.com/n9922c/23.html
(『七神創話』第23話 PC版へ)
この世に四神獣 蘇るとき
千年に一度
救世主ここに来たれリ
光の中より出で来て
七人の精霊の力 使ひて
これを封印す
七人の精霊の力とは
転生されし七神鏡
これを集め
救世主
光へと導かれたり
満たされし四神獣は
また千年の眠りにつく
「ふ……わあああ」
大あくびをしながら制服に着替える。
そして黒のハイソックスを履いて。
カバンを持って自分の部屋を後にする。
トタトタと軽やかに階段を下りて一階へ行くと。
やはり いつも通り。
店の厨房で いい匂いをさせている我が兄。
いい匂い。
……香ばしい、ラーメンの香り!
「おはよう勇気。調子は どうだ?」
と、明るく微笑みかける兄。
手には お玉を持って。
スープの入った大鍋の端を叩いている。
「この、通り!」
私はガッツポーズをして。
兄の前のカウンターに座った。
兄は手際よく。
どんぶりにラーメンの麺と具を盛り付けて。
スープをたっぷりと かけて。
箸と共に私の前に置いた。
朝からラーメン! これが私の日課!
「あ、甘い……」
ゴホゴホと むせながら変な顔をした。
「ん? そりゃそうだろ。勇気が居ない間に研究し開発した、“特製! 勇ちゃんラーメン・パート2”だ! 見た目は普通のラーメン。しかし その実体は……」
「ん?」
私は奇妙な物を箸で つついた。
つまんで出してみると、それは……。
「まさか……チョコレート?」
箸に つままれた茶黒い固体物の向こうで。
兄がニッカリと笑った。
「あたり! 超激甘! チョコたっっぷりラーメン」
「…………ごちそうさま。私、もう行かないと」
と、箸をどんぶりの上に揃えて置きカバンを持った。
水で口の中をすすぐ。
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
と手を振った。
そう。
私は これから、学校に行くんだ。
「行ってきます!」
手を振り返し、勢いよく引き戸を開けた。
パアア……と、朝の光が眩しい。
……と、思ったらだ。
「松波勇気さんですね!?」
「これから学校ですか!?」
「一体一ヶ月も何をしていたんですか!? 教えて下さいよ!」
「久々の登校はどうですか!?」
……。
……という、言葉が ぶつかってきた。
呆気に とられて見ると。
私を取り囲むかのように。
マイクだのカメラだのを持った取材陣が押しかけて来たのだ。
さっきの朝の光だと思ったのは、カメラのフラッシュだった。
「す、すみませぇん。通して下さい……」
と、人混みかき分け、前へ進んで行く。
ワイワイガヤガヤ……。
訳の わからない所に居るようだった。
一体何で……。
それも そうか。
だって私、一ヶ月近くも行方不明だったんだもの。
その間、兄は必死に私を捜していた。
もちろん警察にも届けて。
店も休みがちで。
店の前や中に私の写真付きのポスターを作りデカデカと貼って。
“この子を見かけたら すぐに連絡を”って これまた大きく書いて。
色々と、やってくれていたみたいだ。
そこまでして本当に心配してくれていた。
それで、一週間くらい前。
私はヒョッコリ現れた……というわけで。
一ヶ月近くも行方知れずの少女が見つかった……と。
地元のメディアやマスコミが聞きつけたのか他にネタが ないのか。
大騒ぎに なっている。
「勇気さーん! 何か一言ーっ!」
「コメント下さいよーっ!」
せっかくの さわやかな朝も台なし。
私は取材陣に追いかけられる。
でも、子供の足には敵わないさ!
チャッチャと まいてしまった。
「はー……これから毎日これかなぁ……?」
まいた後。
塀に手をつき ため息一つ。
学校に行くのって、疲れるう……。
「でも、ま、そのうち飽きて どっか行っちゃうわよね」
と、元気を出して歩き出した。
発見されて今日までの約一週間。
私は病院へ通った。
なんせ、一ヶ月近くの記憶が ないもんだから。
精密検査やら心理テストやら、何でも やった。
ところが何も わからず。
私の空白の時間は謎のままになってしまった。
で、しばらく安静に していた後。
やっと日常に戻れたわけ。
日常、のはずが さっきみたいな報道陣に囲まれたりしちゃうと。
まだまだ本当の日常までには ほど遠いような気がするけれどね。
……そういえば。
私、大事な事が抜けていた。
学校に行くという事は……教室に入る事だ。
教室には、皆が居る。
皆……私を罠に はめ込んだ お嬢。
結果的に被害者に なってしまった新島さん。
私から離れて行ったアッコ。
私を無視し始めたクラスの皆……。
私は“イジメ”に遭っていた事。
何で こんな事をすっかり今まで忘れていたんだろうね?
普通、こんな事 忘れっこない。
やっぱり私ってバカなのかも。
教室の前で足が止まる。
中からはワイワイと声が騒がしく聞こえる。
今、8時30分。
ほとんどの人が もう来ている時間帯だ。
今、ココで私が このドアを開けたら、いっせいに皆こっちを見るだろう。
そうしたら……どうなるだろう?
前みたいに無視されるのかな。
それとも指さされて笑われたりするのかな?
それか……。
集団で私を責め立てて攻撃するんだろうか。
もっと最悪なら、暴力 振るわれたりして。
怖い……。
ドアを開ける事が、こんなに怖いだなんて。
ガラッと勢いよく開けて「おはよう!」って言えば済む事。
なのに、なのに……。
……だめだ。
足が震えてきた。
手も冷たいし、顔も蒼白なんだろうな。
今、呼吸しているんだっけ?
それすら わからない状態だ。
どうしよう……怖いよ……。
嫌な汗が浮かんでいる。
手で拭っても浮き出てくる。
ああ、こんな所に いつまで居たって仕方ないのに。
誰か……。
誰か、助けて!
……
……
フワッ
……?
廊下の開けられた窓から。
青空をすくうような暖かい一吹きの風が、私に向かって吹き抜けた。
その風は……とっても優しくて……。
「……」
私は包み込まれた感覚がした。
「あ……」
奇妙だった。
普通の、いつも肌で感じていた春風なのに。
どうして こんなに今日は敏感なんだろうか。
こんなに、風を暖かいと感じるなんて。
こんなに、透き通った気持ちに なるだなんて。
深呼吸、一つ。
不思議だ……。
まるで、さっきの風が私の悩みや不安を全部かき消してくれたようだ。
こんなに落ち着いて、冷静に なれるなんて。
私は、いっせーの、せ! という心の掛け声と共に。
ガラッとドアを開けた。
そして同時に、予鈴のチャイムが鳴り響いた。
教室中 全員が いっせいに、こっちに注目していた。
それこそ無言の対話でも しているかのように。
しばらくお互いが黙り合って見つめている。
しかし私には目を逸らしたりするような迷いなんて なかった。
予鈴のチャイムが鳴り終わったと同時に誰かが「松波だ」と漏らした。
そして堰をきったかのように。
皆がワッ! と騒いだ。
私は びっくりして転びそうになる。
もう無視でも暴力でも何でも なかった。
皆が私の元に駆け寄り。
「勇気ィ」
「何処行ってたのよぉ!」
「心配してたんだから!」
と口々に言い合った。
私がポカンとしていると。
いきなり私の頭をグチャグチャと掻き混ぜたのは。
……アッコだった。
そして笑い泣きながら「おかえりなさい」と言った。
クシャクシャになった髪を直す事さえ忘れるほどボケっとしていた私。
すると前に いつもと変わらないド派手な容姿の、お嬢が立ちはだかった。
気のせいか、皆が静まる。
そして、私と お嬢は睨み合うように見つめ合った。
いや。
睨まれたような気がしたから睨み返すように見た、といったトコだ。
その様子を見た少女……が。
私と お嬢の間に入り込んで来た。
その少女とは……何と、あの か弱い新島さん。
素直で、おとなしいはずの女の子。
あの、イジメの原因ともなった手紙を読んでシクシクと泣いていた子。
その子が今、お嬢を強く責め立てるかのように立ち。
真っ直ぐに睨み返している。
「峰山さん。松波さんに言う事があるでしょ」
彼女の口は そう はっきりと言った。
私はと いえば、まだポカンとしているばかり。
「……ごめんなさい」
お嬢は、今にも泣きそうな顔をして小さく言った。
でも しばらく間を置いて「ごめんなさい!」と深く頭を下げて。
感情を込めた声でハッキリと強く言った。
私の思考回路が ようやく正常に戻って来たようで、髪を整えた。
「……一体、私の居ない間に何が あったの?」
と そう聞くと、新島さんが ゆっくりと説明してくれた。
「松波さんが行方不明だって知って、私はアッコちゃんと松波さんの家に行ったの。そして そこで松波さんの家庭の事情を知って。私達2人、考えたの。松波さんが あんな手紙を本当に書くのかどうか……」
実際の所、私が書いたわけじゃない。
私が書いた事に“された”だけ。
お嬢の策略だ。
「だって、おかしいわよね。普通あんな手紙を堂々と手渡しなんかするものなんだろうか……下駄箱でもソッと入れておけばいいじゃない。ねえ?」
視線を振られた先のアッコは、コクンと頷いた。
私の方へ向き直して、新島さんは話を続ける。
「で、不思議に思って、皆で話し合って。誰かが、『松波さんがあの時、峰山さんがコレ書いたんでしょって言ってた』って言い出して。結局、峰山さんに問いただして峰山さんが書いた事が判明したの。筆跡も似ていたし……それで。私達、先生に今まで あった事を全部話して、反省会を開いたの。いまだ行方知らずの松波さんについて、私達が やってしまった事について……作文だって書く事に なって」
何と、新島さんの目の端に涙が溜まっていた。
「ごめんなさい。私、悪い事をして。すごく辛かったでしょ? ごめんね……」
そして、泣き出した……。
それから皆も。
次々と「ごめんね」「ごめん、勇気」と言い出した。
……。
私も、たまらなくなって涙が出てきていた。
何だか、今まで堪えてきたものが急にワッと。
胸の内から水が溢れてくるみたいに押し寄せてきた。
もう、泣くしかない。
すると また。
今度は教室の窓から、暖かさを持った風が吹いた。
“良かったな。勇気”
……?
風の声が、聞こえた気がした。