第22話(聖なる架け橋)・2
振り返ってみると、強い光の中心から薄っすら道のようなものが伸びてきて。
眩しいので見えにくかったけれど、目を凝らして見たそれは。
……光の“穴”へと。
次元を超えて、向こうへと続いているかに思える。
そして まるで私を誘っているかような、橋のような……あ。
「“聖なる架け橋”だよ、お姉ちゃん」
すぐ真横の方から、声が聞こえた。
子供が居た……。
「あなたは……」
その子供とは。
船の中で私に鈴を渡して去った、不思議少年。
その子だった。
「ベル売りの」
「ベル売り?」
セナが首を傾げている。
「僕? 僕はチリン。ベル売りのチリンだよ。この鈴、どう? “通信鈴”っていうんだよ。役に立ったでしょ」
そう言って私が ずっと握り締めていた鈴を指さし。
ニッと笑ったので私も つられて笑ってみた。
何だか笑ってしまった。
ただ何となく。
「自分の“会いたい”と思った人と交信しあう事が できるんだ」
チリン少年は得意そうに へへ、と鼻の下をこすった。
「そうだったの!」
私は びっくりしてセナをふと、見た。
会いたいと思った人……。
私の中で恥ずかしさのような こそばゆいような、
奇妙な感覚が走る。
私もセナも、何も言えない。
「さ。早くココを渡って行きなよ。せっかく“橋”がお姉ちゃんの通行を許可したんだ。この先は お姉ちゃんの居た世界。怖くないよ」
チリン少年が私の服の袖を引っ張って言った。
何で知っているんだろうと、ちょっと目をパチパチしていたんだけれど。
「……そうね。行こうかな」
返事をした後……ツンとまた鼻の奥が刺激されていた。
セナに微笑みを向ける。
涙が出るほどでもないけれど……でも。
足を踏み出す度胸や勇気がいった。
元の世界に帰ったら――
セナや皆に会えなくなる――
でも いつか帰ってくる。
必ず、帰ってくる。
セナとの約束を必ず果たしに――。
「バイバイ。セナ……」
サッと目を伏せ、私は思い切って光の中へと駆け出した。
笑顔のまま――。
一回も、振り返らずに。
「早く帰って来いよ! お前は一人なんかじゃない! ましてや邪魔なんかじゃ絶対ないからな! 皆が待ってるから! だから、だから――」
セナの声は私にとって、段々と小さくなっていく。
でも私の歩みは止まる事は ない。
ただひたすらに、前だけを見て。
私には走る事しか頭に ない。
ないから、だから――。
転ばないように。
決心が鈍らないように、真っ直ぐ……。
……好きだよ……セナ……。
私の中の誰かが、呟く。
とても とても小さな声だった。
「頑張ってね……救世主のお姉ちゃん……」
と、チリン少年は帽子を被り直して、去って行った。
「帰って……来いよな……」
セナは診療所の部屋に居た。
見えない壁にドンと、最後の一殴りをする。
すると徐々に橋も光も壁も消え。
普通の状態に戻っていった。
たまたま部屋の前を通りがかり。
話し声が したからと数センチ開けたドアの隙間から様子を覗いてみた人物が2名。
蛍とメノウだった。
セナがガックリと正座し うなだれている様子だけを見て。
コソコソと2人は話し合っていた。
「……セナ、重病ね」
“聖なる架け橋”は姿を消し、静けさの戻った元神殿。
勇気が落としていった鈴を拾い上げる。
勇気達が去った後……夜に紛れ、ココに訪れた者。
それは、オババだった。
「救世主は また……元の世界へと帰っていったか。これで何人目だろうねえ……元の世界へ帰った救世主は……」
拾い上げた鈴は、風に さらされオババの手の上でサラサラと砂のように崩れ散っていった。
チリ……ンと最後の音を出し役目を終えた鈴は。
やがて砂となって風化した。
「面白いのは、一回 元の世界へ帰った救世主は また必ずこっちの世界へ戻ってくる事だな。はてさて、今回も かのう……」
と、上着と下に着ているローブの裾が風で めくれそうなのを押さえ、立ち去り出した。
「救世主なんて……誰が言い出したんだろうな。四神封印の際……
死 ん で し ま う と い う の に 」
そう言い残し、空虚と化した神殿を後にした。
寒い風は、中を走り駆け回る。
夢を見た。
何処かの世界の、昔話らしかった。
『或る日 天地開闢の時 神は まず 闇を鎮めなさった』
神様が居る。
美しく誇らしく、強く透き通りそうな神様の姿だった。
そんな神が地上に巣くう勝手 気ままな闇達を。
神の その力を持って従えた。
『闇の精霊の王は 闇神となりて 闇を司る』
神は やがて。
闇の長を任命し。
その長に指揮をとらせる事にした。
その長とは闇神である。
他の闇を従え、闇の神となった。
『或る日 闇神の腹の中 神が弐に 一攫みの火を放ちなさった』
次に神は、火を作った。
そして闇神と共に生きさせようと。
試みたのだった。
『炎の精霊の王は 炎神となりて 炎を司る』
闇の中で生まれた火は、仲間の火を増やし。
他の火を従え、火の神となった。
『或る日 弐神の間で 神の知らぬ間に 輝く光が生まれた』
神の知らないうちに。
闇神と炎神は互いに愛し合ってしまった。
そして弐神の間に子が生まれた。
『光の精霊の王は 光神となりて 光を司る』
子は光として、仲間を増やし。
光の神となった。
『或る日 怒り狂った 神の策略で 風を吹きなさった』
光という存在を知り、腹を立てた神は。
参神もろとも吹き飛ばそうとした。
『風の精霊の王は 風神となりて 風を司る』
そうして生まれた風は、仲間を増やし、風神となって。
闇・炎・光を吹き飛ばそうとした。
『或る日 力を使ひて 神に逆らひて 大地を造りなさった』
闇神は炎神を庇おうとした。
神に逆らってでも、炎神を護ろうとし。
闇のその力で大地を造り。
飛ばされそうな炎神を受け止めようとした。
『地の精霊の王は 地神となりて 地を司る』
そうして生まれた地は、仲間を増やし。
地神となりて炎神を護った。
『或る日 力を失くした 神の涙が 水となりて流れた』
持てる力を全て使い。
疲れ果てた神は。
あまりの悲しさに一粒の涙をこぼした。
『水の精霊の王は 水神となりて 水を司る』
一粒の涙は分裂し、水が生まれた。
仲間を増やし、水神として現れた。
『或る日 見かねた姿に 神の為にとて 木を育てなさった』
力を使い果たし泣きに泣く神に、闇と炎は嘆き。
仲直りの為に木を作り出し、
神に捧げた。
神は許し、木を育てた。
『木の精霊の王は 木神となりて 木を司る』
こうして育てられた木は、仲間を増やし。
木の神となった。
……
神が闇を鎮め、
炎を作り、
光のせいで、
風を吹き、
地があったから、
水を流し、
木をもらう話。
聞いた事が ない神話。
悲しい物語。
だけど温かいストーリー。
何処か懐かしくて、切ない話。
そうだ、七神創話だ。
七神創話の…………
……
……それって、何だっけ……?
あれ……?
……?
目を開けた。
見慣れた……懐かしい天井。
時折 吹く風が涼しい。
(あ……れ? ココは……?)
ゆっくりと起き上がり、辺りを見渡した。
ボーっとして、まだ何だか意識がハッキリしない。
すると ちょうど、ガチャリとドアを開けて人が入って来た。
「ゆ……勇気!」
そう言うと彼は、持っていた鍵を落とした。
「気づいたのか! 気づいたんだな!? お兄ちゃんだぞ、わかるか!?」
急いで私の そばへ走り寄り、まだボーっとしている私の肩を掴んだ。
軽く揺さぶられ、私は段々と……意識を取り戻していった。
「お兄ちゃん? ……私……?」
言うと、真っ赤になって全身で喜んで。
しわくちゃの顔で泣きながら私の髪をグチャグチャと掻き混ぜる。
「お前が行方不明になって、警察や近所の人と一緒に捜しまわって……本当に この一ヶ月間、死ぬ思いだったんだぞ!」
「一ヶ月……?」
「ああ! で、一週間前、港遺跡で お前が倒れていたのを、そこの調査員の人が見つけて下さったんだ! パジャマ姿でボロボロで、一体この一ヶ月、何が あったんだ!?」
「遺跡……」
私の中でグルグルと。
記憶を呼び起こそうと何かが渦巻く。
私は今、自分の部屋の自分のベッドの上に居る。
ココは私の部屋だ。
それは そう。
寝ている前は……。
ええと、待って……思い出すから……。
だが しかし、抜け落ちたように思い出す事が出来ない。
何故……?
えっと確か……家を飛び出したんだよね?
そう、遺跡に行ったんだわ。
それから……?
「無理するな。今、水でも持って来るよ。ゆっくり思い出せばいいからな」
そう言って涙を拭きながら、部屋を出て行った お兄ちゃん。
私は一生懸命、思い出そうとした。
でも いくら考えても、思い出せなかった。
「何……だっけ? 何か、長い夢を見てた気がする……」
フワッ……。
ふいに、風の入って来る窓の外を見た。
飾られた風鈴が静かに鳴る。
青い空に白い雲が浮かんでいる。
(私……どんな夢を見ていたんだろう……まあいいや。そのうち思い出すわよね!)
そうやって元気を出して、思いきり伸びをした。
そうだ、明日から学校に行かなくちゃ。
……そう思いながら。
《第23話へ続く》
【あとがき(PC版より)】
何気に無茶な事を書いていた過去の私なんですが、勇気は始め一人で船を漕いで行く予定でした。よく考えてみたら、13歳の女の子が病み上がりで しかも本人 体力無いって言ってんのに それは無理だろ沈む、と。
そんなわけで船員が登場し大活躍。こうやってキャラクターは生まれるわけで。今後の登場予定は無いけど(はは……)。適当に名前をつけておいて下さい。
そんなわけで ご感想など評価なしでもアリでもお待ちしています。お気軽にどうぞです。
※本作はブログでも一部だけですが公開しております(挿絵入り)。パソコンじゃないと読みにくいかもしれませんが、よければそちらもチラリと……。
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