第18話(虐殺の街)・3
「ふうん……両神の力の併用、ねえ……。本当に できたらいいわね」
と、いつも通りに皮肉っぽく笑う蛍。
後ろに紫、横隣にメノウちゃん。
3人とも、遊戯室で遊んで来たそうだ。
遊ぶ……って言っても。
カードゲームくらいなもんだけれど。
そこで淋しそうにしている お年寄りの人とかが数人居て。
相手していてあげたみたい。
ココは さっきの船室。
メンバーが全員揃った。
でも、相変わらずマフィアとカイトは『紙を浮かばせよう』の修行中。
2人とも超真剣だから、近寄り難い。
「えっと。救世主……じゃなくて」
「え? 私? 勇気よ」
「勇気」
と、蛍が言い直して問いかけた。
「ずっと前から聞きたかったんだけど」
「何?」
「あんたには、魔力とかは ないわけ?」
……。
突然 言われ。
私は「は?」という顔で蛍を見た。
「ないけど……? 普通の人間。……でも」
サッと。
右手の中指に はめている指輪を見た。
「セナが くれた この指輪……時々、私を守ってくれているの。不思議な力で……」
そう。
私自身には、何の力も ない。
だけれど この指輪は。
いつも私を護ってくれている。
落雷や、紫の攻撃から。
辛い時は、コレを見たら元気が出た。
不思議な……大事な指輪だ……。
薄紫色で光沢が ある。
「……気持ちワル」
蛍がケッ、と うんざりした顔で悪態をついた。
何よ それ……どういう意味ィ?
「じゃあ……あの、丘一つ消すほどの力は、本当に それのせいなわけね?」
「え……う、うん」
「そうか……七神鏡も四神鏡も、同じ鏡のくせに すごいパワー」
「……」
蛍の言いたい事が今一つわからないけれど。
……でも、共感できる。それは。
この世界には、色んな鏡が ある。
七神鏡、四神鏡。
『時の門番』でも、鏡張りの部屋だったし。
そういえばさ。
私、こっちに来る前に鏡を割っちゃったっけなあ。
でもあれ。
確かに埋めたはずなのにヒョッコリって感じでポツンと置いてあったわよね。
その時は きっと調査員か誰かが置いておいたんだろうと勝手に思ったんだけれど。
でも、何か おかしいわよね。
普通、年代物の物なんて そこら辺に置いておくのかしら。
……。
……何か まるで、私が鏡に引き寄せられたみたいじゃないの。
それって、怖っ。
意味ありげー!
……でも、ちょっとワクワク。
って、ダメダメ。
この前、目の泉の白虎の救世主だった氷上って人に言われたじゃないの。
ゲーム感覚でいちゃ困るって!
第一、私は絶対 心の中に余裕が あるんだ。
だから。
目の前で人が死んでいてもきっと。
ああこれは夢だテレビだ現実じゃないって思っちゃうんだ。
……頭で わかっていても、どうにもならない。
(大丈夫よね……うん)
もし またレイの犠牲者が出たら。
……そんな事、考えないでおこう。
きっと私は私じゃなくなって、自分を責め続けてしまうから。
しばらくジッとしていたけれど。
私は再び外の甲板へ出た。
すると、蛍や紫も ついてきた。
「あーあ。タイクツ」
と、大あくびする蛍。
「あ」
通路を行く私の前に、リカルが やって来た。
「勇気。見せてやるよ」
リカルは胸元から一枚の写真を取り出した。
「何この紙きれ? 人が写っているけど」
と、蛍も覗きこんだ。
「シャシンっていうんだ。高かったけど、頼み込んで撮ってもらった。こいつ、俺の双子の妹のミク! 俺と全然 似ていないのが特徴!」
リカルが指さす写真の中には。
白黒で見えにくいけれど。
……中央にポツンと一人。
正面を向いて微笑んでいる少女の姿が あった。
リカルと似ていないって言うけれど、そうかな?
結構 似てると思うんだけれど。
リカルをもう少し女の子っぽくしたような、そんな感じ。
「可愛いね。この子がミク?」
「おう。俺の大事なモンだ。今まで肌身 離さず持ってたんだぜ」
とリカルは嬉しそうに また写真を胸の奥ポケットに しまい込んだ。
「いよいよミクに会えるんだよなぁ……あいつ、俺 見たらびっくりして、泣いちゃうかもな」
なんて言って笑っている。
さっきまでのブアイソさは何処へやら。
よっぽど、ミクって子が大好きなんだねー。
ま、双子の妹だって言うんだしね。
夕焼けが眩しい。
赤い、地平のもの全て燃やし尽くすような炎の色。
大陸へ着くのは明後日の朝、早朝予定。
しばしの休息だった。
でも、私の胸の中で。
何だか嫌な予感が していた。
何だろう。
何だか……もう二度と、セナや皆と会えないような……変な感じ。
嫌な予感は消えないまま。
私達はマイ島の北西、アカナ港に近づいていった。
もう陸が すぐそこで、到着 間近に迫った頃合い。
私や お客は皆、首を傾げて しばらく様子を窺っていた。
「……なーんか、妙に静かじゃないかえ?」
と、船首の場で お客の一人が呟いたのを聞く。
私達が不思議がっていると、もっと おかしな事に気がつく。
見えてきた港には、人が人っ子一人として見えないのだ。
野犬のような動物が一匹、居たのが見えたが……。
どんよりとした雲が空の中を流れてくる。
「ルビーカラスだ……」
冷たさを持った風が、私達を叩いて駆け去っていった。
「セナ? どうしたの。ルビー……からす?」
セナは突っ立って手すり側で。
遠くから私達を出迎えているはずの陸の上空あたりを眺めていた。
まだ少し離れているが。
黒いポツポツとした点が陸の上空を飛んでまわっているように見える。
「あっちは……街の方向だ。キースの街の」
セナの顔が見えないが、声に重みが あった。
私も陸を見つめて目を凝らす。
「ルビーカラスは、肉食の鳥だ。目がルビーのように輝いているから、そう呼ばれる……よく死体の周りに集まって……くるんだけど……」
胸騒ぎ。
言葉が、頭の中をよぎる。
そんな まさか。
まさか、そんな。
「……やべえな」
最後に、カイトが来て そう言った。
船は、港に着く。
着いただけ。
船員が何人か私達の所に やって来て、「そのままココで待機していて下さい!」と大声で怒鳴った。
危機迫る。
ピリピリした空気が伝わってきた。
バタバタバタと、船中を人が駆けずりまわる。
走っているのは船員だけだ。
お客は黙って見守るか、オロオロするばかり。
どうしていいか わからず、待つしか なかった。
「勇気。行こ」
言ったのはマフィア。
ハッとして見ると、セナもカイトも私を見ていた。
私の出方を窺っているようだった。
「そ、そうだね。私達は、行かなくちゃ」
慌てるような言い方に なってしまったけれど。
言った通りだ。
私達は特別。
救世主ご一行様なんだから!
「蛍達はココに居て。私とセナとマフィアとカイトだけ、行こう」
と私が言うと、皆 頷いて動き出した。
私の中には、不安の渦がグルグルと渦巻いて。
それは一向に治まる気配は なかった。
キースの街。
マイ島最大の街と言われる。
最大という事は、それだけ そこに住む人が多いという事。
目の前の状況が、信じられなかった。
人がハンパじゃないほど倒れている。
大人?
子供?
老人?
判別が困難だ。
石や木造りの家屋は無残に壊され。
門も木々も柱も破壊され。
……ガレキと化した物体に もたれかかったり。
すがったりしている人型の……人だ。
あれらは人だ。皆 人間だ。
所どころ煙が上がっている。
灰が空中を飛びまわっている。
肉の焦げた臭いがする。
温度が、気温が。
熱いのか冷たいのか痛いのか ぬるいのか。
視界が赤い。
いつから視界は赤と感じるようになったの。
人が、赤と黒と。
色彩が水の流るるように。
……あれが血だと、気がついても知らないふりをするしかないほど。
私は混乱した。
目が光景に釘付けになる。
訳が、わからなくなる。