第17話(摩利支天の塔・弐)・1
※シリアスあり、コメディー要素ありとなっていますが作品中、今後の経過により残酷な描写があるかもしれません。
同意した上で お読みください。
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(『七神創話』第17話 PC版へ)
セナの攻撃が繰り出される。
手を突き出し、回し、払い。
槍の如く俊敏な刺し蹴りで紫を攻めていく。
紫の目の前でサッと突如セナが屈みこみ。
相手の腹めがけて衝撃の かかったはずの拳をお見舞いした。
……が、難なく紫はセナの突き出した腕を軸として。
ヒョイと体ごと回転しセナの頭上を跳び越して背後に回り込んだ。
全く、お見事としか言いようがない。
セナが軽く あしらわれている。
しかし。
奇妙な事に。
無傷な紫はセナの息をも つかせぬほどの攻撃に対しては。
いっさい反撃しなかった。
セナの背後に回り込んでキレイに着地した後。
セナが振り返ってくれるまで待ってくれていた。
何でだあ!?
「何だ! 逃げるだけかよ!」
当然、セナも不思議に思う。
挑発にも全然応じる気配は なかった。
表情も変わらなければ声も出す事のない紫。
やはりバトル前にセナが鼻で笑った通り、人形のようだ。
意思が。
感情が、行動に感じられない……。
なおも続く蹴りや突きの連続攻撃のフルコースを。
サッサッサッと風をきって避けるだけだった。
……どういうつもりなんだろ、紫って。
何で攻撃しないわけえ!?
私は この、ガレキの山が壁際の至る所に ある部屋で。
隅で、2人の攻防戦を見ていた。
部屋の角隅には私達が入ってきたのとは別の入り口が等身大サイズでポッカリ開いている。
ドアも何も ついてはいない。
奥には上に続く石階段のような造りのものが見えている。
あそこに行くためには、立ちはだかっていた紫を倒せばいいんだろうけれど……。
私は視線を紫の方へ戻した。すると。
「?」
紫と目が一瞬だけカチッと合った……気がした。
気のせいだったんだろうか。
しばらくジーッとセナの攻撃をかわす紫を目で追っていたんだけれど。
どうも、紫が私の方をチラチラ気にしているようでならない。
何なんだあ!?
「紫! 指輪よ! 救世主の指輪! 奪え! 壊せ! 壊すのよ!」……
別室で。
蛍は粗末な台に置かれた大きな水晶玉を前に、叫んでいた。
狙いは そう。
……救世主の勇気の指に一つだけ光る、セナに もらった指輪。
黒っぽく見えるが、光加減で薄紫色にも光り見える、元はセナの『七神鏡』だった指輪。
セナが勇気に くれた物である。
月の見える晩だった。
鏡に ほんの ちょっとでも傷をつけたなら。
セナは つけた傷以上の痛みを感じるはずだった。
鏡自体を指輪に変えた経緯は以前 謎だが。
その一部を持った勇気の指輪を、紫は狙っていた……。
「指輪を破壊して、風神をとっとと始末して。ただの人間以下になった救世主を、殺す!」
息巻く蛍。
漆黒だが、血走る目。
そんな興奮気味の蛍を、後ろで大椅子に座り黙って見ている男、紫苑。
指輪を破壊せよと助言したのも彼だった。
「……」
事の成り行きを見守る。
攻防が続く。
セナと紫。
状況は同じ。
セナが一方的に攻め続け、柔軟に鮮やかに。
しなるように攻めをかわすだけの紫。
だが、チラチラと何故か私の方を気にしていたせいか。
少しずつセナは紫の隙を見つけてきていた。
セナの足払いに引っかかり。
前に転びそうになった紫の所へ。
セナが紫の背後から上半身をねじらせヒジ鉄攻撃。
「くたばれ!」
ヒジを振り下ろした!
ヒュンッ!
セナのヒジは、空をかく。
紫は。
すんでの所で前方へ手の平を地面につき、そのまま前へ体を転回させた。
お見事 再びだわ。
さらに、紫は転回するついでといった感じで。
大きく振り上げた足でセナのアゴを……
ガッ!
と、下から直撃した。
舌は噛んでは いないセナ。
しかしダメージは音より予想以上に大きく。
セナは後ろに倒れた。
「セナ!」
私は叫ぶ。
駆け寄りたい衝動に かられる。
だがすぐ起き上がろうとしたセナは。
「来るな!」と叫びビシリと私を声で威圧し制した。
「痛って……」
と、少し切れて口から血が出ていた。
指で それをこすりながらフラフラと頭を片手で支えた。
「!」
そしてセナが見たものとは。
私に忍び寄る紫。
私と真っ直ぐに見つめ合った。
(セ、セナ……)
迫ってくる。
スタスタと……普通に。
私だけを見つめて。
やがて真正面、近距離で立ち止まった。
「勇気に近づくな!」
と、セナの声は遅し。
紫は私の右手を掴み上げた……あの丘での対面を思い出す。
「ひっ! ……」
声を上げる。
歯を食いしばる。
足首から、ガタガタと震えが のぼってきた。
セナが勝てない相手。
到底、私には倒す事など できは しない。
「指輪を壊す。蛍様の命令だ」
少年めいた声質の紫の言葉……。
その質が内容には合っておらず。
私には怖くて たまらなかった。
(何て冷たい手なの……ううん、冷たいと私が思い込んでいるだけ? ……怖い、怖いよ……セナぁ!)
しばらく見つめ合ったままだった。
しかし私は段々と、怖さとは違う感情が芽生え始めた。
それは、紫の漆黒の闇色の瞳を覗き込んで生まれた思い。
(人形、……なの?)
言葉が頭をよぎった時。
私は激しく彼に同情していった。
蛍の命令でしか動けない紫……。
彼は本当は、何を考え思っているのだろう。
「こ、これはセナがくれた大事なものよ! 誰が あんたなんかに!」
おかげで私は虚勢を張る事が できた。
震えが止まり、掴まれている手を振りほどこうと あがく。
しかし振りほどけない。
掴んだ手の方が強かった。
「紫! 相手は俺だ!」
と、セナが走り来て背後から殴りかかった! ……
紫はフ……ッと顔を音も なくセナに向けた。
私の手を掴んでいない方の片手で気合いのようなものを放った。
驚き、衝撃波で吹っ飛ぶセナ。
……ドガッ! ……
セナは部屋の隅まで飛ばされ壁に激しくぶつかってしまった。
パラパラ……と、天井から その振動で、細かい砂が落ちてきた。
「セナぁっ!」
私は泣きそうに また叫ぶ。
「勇……」
と、セナの返事は途絶えた。
どうやら、背中を壁に強く打ちつけて頭がクラクラしているらしい。
……立とうと壁に寄りながら頑張るが。
足も おぼつかなく。
時々頭を振っては焦点を定めようとしているさまが見られる。
ガクッ、とヒザが崩れた。
ろくに立てない。
そんな事に時間をかけている間に。
紫は私の手を指輪ごと破壊もしくは潰そうと、手を上げ構えた。
「いやぁ!」
泣きそうな声。
私は目を閉じて覚悟した。
するとその時。
ビュウウウウウッ……!
……!
……
……あたたかく。
……次に冷たい風が……。
入り混じった ぬるい風が、『私』を包み込んだ。
『私』を……。
ウウウウウウ……
「……!」
紫が後ろに下がる。
私の周囲に発生した風。
いきなり……だった。
(指輪……が……)
私には わかる。
これは私なんかの力じゃないって事。
セナのくれた指輪……。
あの時――蛍達と交えた一戦の時も。
この指輪の……。
指輪の力だ。
セナが、私を遠くからでも守ってくれている。
ほんわりと温かいような風のバリアーに。
私は包まれた。
紫がバリアーに触れようとすると。
バキッ! っと鈍いとも砕けたとも とれる音がした。
「!」
私はギョッとして目を見開く。
何と、紫の腕の先が折れている!
「ひっ……」
私から悲鳴が漏れた。
思わず目をふさぐ。
でもまた、恐る恐る紫の様子を窺うように目を開けて……。
バキッ、バキバキバキッ……メキッ……
耳障りな音が連続した。
残響音が いつまでも耳に ついていた。
見ると。
指の関節は全て曲がるはずのない方向へ曲がり……。
腕は折れて玩具みたいに滑稽だった。
「……!」
私は声が声に ならない。
そんな片腕の状態だというのに。
紫は なおも。
この私を取り巻く風の壁を突破でもしようと攻めてくる。
パキッ……
もう、やめて!
私は懇願した。
頭をブンブン振って堪えた涙を飲み込んだ。
「やめてっ! 来ないでっ!」
紫は私の言う事なんて聞かない。
全く聞かない。
人形だから?
ビリッ……バキベキベ……キ。
紫の衣服が みるみるうちにボロボロと。
風に遊ばれていった。