第14話(幻遊の間)・2
会話をしていてもなお、人形を作る手は休めない。
「……嫌だったら、ココに居てもいいよ。残りを集めて、またこっちに戻って来るしさ。その時に協力してくれたらそれで……」
「誰が行かないって言ったよ」
カイトは そう言うと、ハー……と ため息をついた。
「ココの人形達も、そろそろ増え過ぎたなって思ってたんだ。でも捨てない。旅のついでにさ。人形を売るぜ、世界中に」
辺りを見回した。
人形達が皆、カイトを見ているような気がした。
「人形は、作った人の思いや魂が込められているんだ。俺には聞こえる。こいつらの声が」
その中の一体をとる。
両手サイズの可愛らしい男の子の人形だった。
「コレやるよ。ほら」
と、カイトは私に それを渡した。
「……私も、声が聞こえるようになるのかなぁ」
私は その人形をスカートのポケットの中に そっと入れた。
セナとマフィアは買い物。
カイトも人形作りに精を出している。
暇だったので。
私はメノウちゃんの遊び相手に なっていた。
いい天気なので近くの丘へ行って。
ゆっくり寝そべって ひなたぼっこ。
メノウちゃんは蝶を追っかけたりして走り回っている。
時折 吹く風が気持ちいい。
(一生こんな幸せな気分で いられたら……)
なんて思わせる気持ち良さ。
(今までの辛い事とかも ぜーんぶ忘れて……ゆっくり できたら)
サワサワと草木が揺れる。
風を感じる。
まるでセナの優しさのようだ、なんちって。
ついウトウトと眠りに入る。
花畑の中、私が一人、そこに居る……。
「俺はセナ・ジュライ。年は17。風神だ」
振り返ると。
少年が私を見つめて立っている。
どう見ても5・6歳くらいの男の子。
あ……知ってる。
『時の門番』で覗き見た、昔のセナの姿だ。
「セナ」
と、少年の後ろに もう一人少年が。
青い髪の、いかにも賢そうな少年だ。
この子も知っている。
レイだ。
レイ・シェアー・エイル。
年は18。
闇神だった。
2人は肩を叩き合って笑いながら走って行った。
その先に、ある少女が立っていた。
この子も知っている……。
けれど、何者かは わからない。
金髪で赤い瞳。
幼くても気品のある振る舞い……。
「レイ。セナ」
と、少女の口から そんな言葉が出た。
綺麗な澄んだ声。
だけれど、何処か寂しさの満ちた声。
「ハルカ。一緒に遊ぼう」
とセナが言う。
3人は仲良く手を繋いで去って行く。
(ハ……ル、カ?)
セナとレイと一緒に居た少女は、ハルカという。
(何……? ハルカさんって……レイやセナと どういう関係? 今、何処に居るの?)
謎の少女。
……夢は、次の声でブッツリと切れた。
「久しぶりね。救世主」
何処かで聞いた声だと思った。
ガバッと起き上がる私。
目の前には違う少女が立っていた。
「あなたは……」
「今日こそ あんたの首をとりに来たの」
意地悪っぽく笑う黒ずくめの少女……。
確か、幻遊師・蛍。
初めてマフィアと出会った時。
森で出会ったレイの手下だ。
レイの手下には四師衆とかいう奴らが居る。
鶲も蛍も それだ。
「あれをご覧なさい」
蛍は斜め右後ろを指さした。
すると。
蛍の付き人っぽい少年・紫が居て。
メノウちゃんを捕まえていたのだ。
「お、お姉ちゃん……」
メノウちゃんはガタガタ震えて私に助けを求めていた。
……今の私には。
頼りとなるセナ、マフィア、カイトの どれも、居ない。
ううん、人に頼んないで自分で何とかしなくちゃ……。
私は とにかくドキドキしている心臓を落ち着かせた。
あくまでも冷静に、蛍に話しかけた。
「その子は関係無いでしょ。離してよッ」
と。とにかく言ってみた。
「いやあよ。紫、救世主をやっちゃって!」
蛍が私を指さしたのと同時に、紫は掴んでいたメノウちゃんの手を離した。
「メノウちゃん……逃げて」
一歩一歩と近づいて来る紫を睨みながら。
チラリとメノウちゃんの方を見たが。
メノウちゃんは まるで石にでもなったかのように。
首から下が固まってしまっていた。
「逃げて!」
と私は叫んだ。
しかし。
どうもメノウちゃんの様子が おかしかった。
「お姉ちゃん! ……ダメなの、体が……動かないの。おかしいよ!」
と、苦しんでいた。
一体どうして?
そんな顔をしていると。
蛍が高らかに笑い出した。
「あら、あの子は大事な人質だもの。仲間を呼んで来られちゃ厄介よ。逃がすわけないわ。あはははは。おあいにくさまね。私は幻遊師。モノに魂を吹き込んだり形造ったり、人をああやって操る事が可能なの……ま、人を操るのは人間2人分が やっとってトコだけどね。でもあんたを殺すには充分よ」
そう言うと。
蛍は真剣な顔つきになり精神統一をした。
そしてニヤリと笑う。
途端、私の体も動かなくなった。
まるで金縛りにでも あったかのよう。
目や口は動かせるけれど、肝心の手足は動かない。
蛍の言ってた人間2人分の術。
……メノウちゃんと私に かかっているんだ。
「くっ……卑怯者!」
あの子は関係ないじゃない、と思った。
このままじゃ。
「紫! 早く殺して!」
術に余裕が無いのか。
いつもの皮肉ぶった顔も顔じゃなくなっている。
紫の手が私の首を掴んだ。
そして もう片方の手を構えた。
「やっちゃえ!」
「お姉ちゃん!」
後ろで蛍とメノウちゃんの声がする。
私は覚悟を決めていた。
(セナ、お兄ちゃん……皆、ごめん!)
ギュッと、目をつぶった。
思えば、何の取り柄も無かった私。
家でも学校でも邪魔者扱い されてた私。
この世界に来て。
セナやマフィア達と出会って。
自分が必要とされている事が すごく嬉しかった。
結局 私、レイの説得も青龍の復活の阻止も。
元の世界に帰る事も出来ないままココで死んじゃうんだ。
思えば13年間というホントに短い人生だった。
トホホホホ。
今、終わっちゃうんだ――。
「セナ……!」
と、本当に小さく呟いた。
紫の手が私を襲う!
……!
……
……しかし、その時だった。
いつの間にか空に暗雲が。
いや雷雲だった。
そこから、勢いよく光がココへ落ちてきた!
「!」
「きゃあ!」
「紫!」
「お姉ちゃん!」
ドンガラピシャ−ン!
ゴロゴロゴロ……。
……一瞬、何が何だか わからなくなった。
気がつくと、私も紫も倒れていた。
ただし、私は無傷で紫は重傷。
紫は焼き焦げていた……。
「む、紫! 紫!」
と、蛍の悲鳴。
私とメノウちゃんの呪縛は解かれていた。
自由に なった体から、ポトリと何かが落ちた。
よく見るとカイトが くれた男の子の人形……だった。
まるで身代わりにでも なってくれていたかのように。
真っ黒に焦げていた。
まだプスプスと。
中の詰め物が燃えているのか焦げつく臭いがした……。
あの雷は……ただの偶然?
それとも……君が雷を呼んでくれたの?
人形の顔に そっと触れた。
よく見ると、面影が何だかセナに似ている気がした。
セナが私を守ってくれたの?
すると人形が しゃべり出した。
「ユウキ、死ンジャ、ダメ。コノヨ、スクウ……」
……それだけだった。
でも、私の心を打つには充分だった。
涙がポタリと人形の顔に落ちた。
そして、カイトが言った言葉を思い出した。
『俺には聞こえる。こいつらの声が……』
私にも聞こえるように なるのかな。
そんな事を言っていた気がする。
今、確かに聞こえたね。
人形の思い……人形の言葉。
……私を守ってくれて、励ましてくれたね。
「ごめんね……」