第1話(新天地)・3
それが判明したのは、次の日。
朝、教室でクラス中の皆が。
ある人物を中心に集まっていた。
その人物とは、新島さん。
泣きながら、たった今登校してきた私を見る。
そして何も言わず、また泣き出したという。
私は「え? 何?」と言って。
そばのクラスメイトに聞いた。
クラスメイトは、まるで私を邪険にするかのように。
「自分の胸に聞いてみたら?」
と言って。
新島さんの元へと駆け寄って行ってしまったのだ。
気がつけば、私だけポツンとひとりでそこに居る。
しばらく変だなと様子を見ていたらお嬢がやって来て。
手紙を私の前に広げて見せた。
もちろん、昨日私がお嬢に頼まれて渡した手紙だった。
私は広げられたその手紙の内容を読み。
愕然として色を失った。
ひどい悪口がツラツラツラと連ねられていた。
ちょっとモテるからっていい気になんなよとか。
男の前ではイイ子ぶっているとか。
あんたの頭には十円ハゲがあるとかないとか。
いやあるはずだとか……。
「な、なな……」
言葉がまるでない。
その隙に。
お嬢が声を張り上げて私に言った。
「ひどいわね。松波さん。こんな手で人をバカにするなんて、卑怯よ」
この手紙を書いたのは私だとでも言っているような言い方をした。
書いたのは紛れもなくあんたでしょーが! と。
叫びたかった。
でも、叫ぶ前にお嬢の口攻撃が続いてしまう。
「新島さんが可哀そう。謝りなさいよ!」……
カチンときた。
「ちょっと待ってよ! これ書いたの、あなたじゃない!」
と言った途端だった。
お嬢はワッ! と泣き出した。
そして精一杯の同情を誘う目で皆に言ったんだ。
「ひ、ひどい……! 私のせいにするなんて……松波さんて、そんな人だったんだ。ご両親を亡くされて、お兄さんと一緒に頑張っているなって尊敬してたのに……失望したわ。私、あなたとは金輪際、口きかないんだからあ!」
そして大げさに。
わああと泣き出す始末。
な、何よ それー!
私は頭にきているが。
それよりも。
私達を取り囲むクラスメイト達の視線の方が気になってしまった。
皆、私の方を嫌な顔つきで見ているように思えた。
私は驚いて、大声を張り上げる。
「そんな……私じゃない! 違うってば!」
クラス対私という構図。
皆、状況からして私を悪者だと思っているみたいなんだ。
何で人って、泣く子の味方になるのかなあ。
大概は……。
……そんな事を考えている場合で、ない。
何とかしないと……。
でも、私が何を言っても空しく。
見事に私はクラスの中で孤立してしまっていた。
後で気がついた。
みーんな、お嬢の策略だったのだ。
きっとお嬢の性格からして。
新島さんがあんまりモテるもんだから。
ちょっとこらしめてやろうと思ったんだろうな。
そしてちょうど、私が鏡を割って隠すなんてのを見てしまって。
いいように利用してやろうと思ったんだわ。
そうに違いない。
ううん。
もしかしたら。
最初から私の事が気に食わなかったのかも!
もうどっちでもいい。
私は完璧にクラス中から無視され。
友達のアッコさえ私から離れていってしまった。
いつの間にか、絶望とか。
……未来もへったくれもないとか。
思うようになってしまっている。
お嬢はといえば、毎日相変わらずだし。
……ったくもー、何なのよ、アイツ。
前にお兄ちゃんが、「バカな奴に対して怒りや憎しみで返す奴もバカだな」と。
言っていた事を思い出した。
それって、この事だろうか。
この事を言っているの?
お兄ちゃん。
怒っちゃダメでバカなの?
教えてよ。
私にはわからない。
にしたって……何で私がこんな目に遭うんだろうか。
重苦しいまま、一週間が過ぎた頃。
私は過度のストレスからか。
腹痛で学校を休むまでになっていたんだ。
どうしようもなく。
夢の中で、悲しい事ばかり浮かんでくる。
こんなに沈んだのは、両親が死んで以来だと思い出す。
自分の部屋で暗い天井を見つめながら。
ポタリと涙が勝手に……流れて落ちていく涙を拭う事もしないで。
ただぼうっとしていた。
「泣いてたって、仕方ないじゃない……」
と、誰かに聞こえるかのように言った。
部屋では、私がひとりぼっちで寝ているだけだったけれど。
悲しい事があると。
他の悲しい事まで連鎖して浮かんでくるらしい。
こんな状態は、はっきりいって苦しいよ……。
……
やっと落ち着いて眠りかけた時。
下の店の方からガラスの割れる音がした。
何だろう? と。
そっと階段をおりて行く。
すると、お兄ちゃんと女の人の声がした。
「何で急にそんな事を言い出すんだ!」
「だって……! もう、耐えられないのよ! 私と妹と、どっちが大事なのよ!?」
ケンカだった。
にしても、まるで2人は恋人同士のようだった。
もしかして、お兄ちゃんと誰かが付き合っているんだろうか?
相手の人は……と。
そっと陰から見ると。
その女の人はバイトで来ている女の人だった。
両肩の前に垂らした茶色い髪で。
耳には水色のピアスをしている。
普通の、大人の女性といった感じがした。
「どうせ妹だって言うんでしょ。妹が何だってんのよ! あんな厄介な子、居なくなってしまえば……!」
その時、パシッと叩く音がした。
そして数秒後「もういいわよ!」と言って。
女の人は店先から出て走り去って行った。
後に残されたお兄ちゃんは。
下に散らばったガラスを片づけ始める……。
その顔は……とても暗く寂しそうで。
悲しそうだった。
(私のせいでケンカを……? そんな……)
私は階段の手すりに掴まるようにして。
うずくまった。
どうしてこうなってしまうの?
お腹が痛い。
……ううん、それ以上に心が痛い。
(私のせいで……お兄ちゃんは幸せに、なれない……)
それを考えると。
いったんは止まっていた涙が急にどっと溢れ出してきた。
私、一体何で生まれてきたんだろう?
どうして お兄ちゃんを不幸にするんだろう……?
連鎖は続いた。
次の瞬間。
私はパジャマのまま裏口から走って外へ飛び出していった。
居場所がない。
もう何処にも。
学校にも行きたくない。
家にも居たくない。
痛い……。
痛くって、何だか自分を切り刻みそうになる。
この行き場のない思いは。
一体何処へ行けばいいんだろう……?
雨が降っている。
パジャマはビショビショだ。
でもなお私は走り続けた。
近所を抜けて、商店街を通り抜けて。
交差点を何度も曲がり、気がつけばそこは。
かつての遺跡の前だった。
一体いつの間に?
……何処をどう来たのかは忘れたけれど。
めいっぱい走ったのは確かだった。
ハアハアと息をつき。
ゆっくりとロープの張られた遺跡の中へと入る。
雨のために中止したのかもしれない。
発掘に関わってそうな人は、誰も居なかった。
それを見て、とても安心する。
「あ……」
歩いて行くと目の前に。
ポッカリ空いた横穴を見つけた。
大人ひとりは、軽く入れるだろう。
前に来た時はなかったと思うんだけれどな。
いや、あったんだろうか。
覚えていない。
「ちょうどいいや。雨宿り……」
と横穴に入った。
グッチョリ濡れているのに。
今さら雨宿りって……とも思いつつ。
中で座り込んだ。
ヒンヤリとしていて、凄く寒くなる。
このままじゃ、凍死してしまうんじゃないか。
ちょっとまずいなと思った。
周囲を見回してみる。
何かないか……ライターとかあったら。
まあ最高なんだけど。
でも燃やす物がないか。
うーん。
すると、奥で何かが光った。
ソロソロと近寄ってみると。
足元に落ちていたのは鏡だった。
何処かで見たなと思いきや。
この前私が割った鏡だと思う。
額縁の装飾の特徴を覚えていたから。
確信している。
何でココに……と首を傾げたけれど。
たぶんあの後に調査の人か誰かが見つけたんだろうと。
勝手に解釈をしておいた。
真っぷたつに真ん中が割れた鏡。
それを胸に握り締め……俯き加減で、呟いた。
「戻せるなら、戻したい……」
この割れた鏡のように。
私の心も割れてしまった……私は、そんな風に考えた。
何て悲しい呟きだろう。
私は今、ひとりぼっちだ。
何故だろう。
もし戻せるなら。
過去に戻って何もかもやり直したい……。
そう思った直後だった。
突然、地響きが起こり。
地面が揺れる。
「地震!?」
ゴゴゴゴゴ……凄い轟音だった。
私は小さくうずくまり。
必死で自分の身を護るようにして固くなった。
一瞬、フワッと浮き上がった感覚がして。
ドスン! と落ちたような体の感触や、衝撃を感じた。
私はココで死ぬのかなんて考えていた。
そして、物凄い音はやがてピタリと止む。
……静かになった。
「治まった……良かった……」
恐る恐る目を開けると。
さっきまでそこにあった出口が消えてしまっていた。
私はえっ!? えっ!? と。
壁となった出口を触る。
最初、この横穴の上の岩が崩れてきて。
出口が塞がれたと思ったのに。
どうやら違うらしい。
私の居た場所……その下は実は空洞になっていて。
突然足場が崩れて。
下の空洞の中へと落ちてしまったらしいのだ。
つまり、巨大な落とし穴へハマッてしまったという事。
「うっそ……ココから、どうやって出るわけえ!?」
ポッカリ空いているはるか上を見つめ、落胆した。
とても今の自分じゃ這い上がって登れそうではないじゃないか!
……嘘でしょう?
こんなに深い穴に私が落ちたの?
……そんな感覚ではなかったように感じたのに。
……ううん、気のせいかもしれないけれど。
でもそんな事より現実、もしかして一生ココからは出られないんじゃ。
……という長々と不安が、後押しして徐々に徐々にと押し寄せてきていた。
「誰か……誰かあー!」
叫ぶ。
誰も居ないとは思う。
でも、誰かが通りがかるかもしれないとも思ったから。
叫んでみる。
しかし、やはり声が空しくこだまするだけ……だった。
「まずい……どうしよう? 寒いし、暗いし……」
と、半分、泣きかけの状態の時だった。
壁自体が、鏡になっている事に気がついたんだ。
いや、ココだけではない。
よく見ると、縦に長い全身映る鏡が並んで何枚か壁にはり付いていたんだ。
上から見て円状にはり付けてある。
つまり、私を取り囲むようにあったってわけ。
「凄い……鏡ばっかりだなぁー……」
暗がりで気がつかなかった。
よく光沢を見ると、色がついているように見えた。
赤、黒、緑、黄、青、紫、茶。
……七色に分かれている。
七色の鏡がはり付けてあるようだった。
……そうよね。
泣くだけエネルギーの無駄だし。
どうせ、お兄ちゃんが私を捜してくれるだろうし。
ココは落ち着いて、鏡を観察しようっと。
そうしよう。
あはは、これが根っからの脳天気!
うん、何だか元気出てきた。
元気もっと出そう。
うんうん。
そうやって気持ち直った私。
改めて鏡を見まして。
七色の鏡の前で私の目を一番に惹いたのは。
何故か紫色の鏡だった。
薄紫色で、何処か神秘に満ちている。
綺麗だなー、なんてウットリしてしまった。
ウットリしっとり、またウットリ。
飽きない。
つい、手で触れてみた。
そうしたらだった。
スポッと(!)。
体がその鏡を通り抜けてしまった!
……
最初、感触はなかった、というのに。
私の体は、何かに弾かれたように。
……パンッ! と。
通り抜けた後に衝撃を受けて、地面に倒れた。
そして、少しの痛みが全身に伝わった。
「痛ぁ……」
どうやら、また何処かに落ちたようだった。
右ヒジを押さえて、目を開ける。
「……」
森だ。
そう思って。
すぐにガバッと起き上がった。
見回すと、ココはさっき居た穴の中なんかではない。
木があっちもこっちもにボウボウに生えた、森の中で倒れていた。
「ココは一体……?」
と、立ち上がろうとすると。
突然何か生温かいものがピチャリと飛んできて頬についた。
えっ? と、。
はるか前方を見ると。
巨大な動物? ……が。
ズズン……! と。
砂埃を立てて倒れた所だった。
さっぱり要領を得ず。
その光景をただひたすらに眺めていると。
ひとりの人間の男らしき人物が。
こちらへと近づいてきていた。
私はジーッと目を細めて、恐らくは彼――を。
観察する。
相手も私を見ているようだった。
暗がりに目が慣れていった。
髪が割と長く。
サラリとストレートな毛質で、色がたぶん薄紫色だった。
何処か色気のあるような容貌。
女顔らしい、まつ毛が長めで整っている顔立ち。
上下とも黒い格好で、白い上着。
足が長く、これまた細い理想体型で。
かっこいい。
キラリと光る、耳のピアス。
右腕の箇所箇所に2つ。
左腕にも2つ……か3つ。
銀の装飾の腕輪を しているみたい。
指輪を……指に何個も着けている?
黒っぽく見えるけれど。
そこまではよく見えない。
何だ、ビジュアル系のライブにでも行くのかという格好の。
その若い男。
私の顔を見て。
「お前は何者だ」
済んだ声を発した。
しかし私には、何がなんだか。
……いつかの夢の続きでも。
見ているのかと、思った。
《第2話へ続く》
【あとがき】
アクセス数を見ながら常々思っておりました。
「1話が長い。携帯だと読了が苦痛」だと。
さてどうしたものかと思考錯誤でチッチッチ、チーン♪
結果、このように。どうなんでしょうね? はて。
(※PC版第1話あとがきより以下↓)
昔に書いて途中で放置され眠っていたのを堀り起こしてきた作品です。なので、現代と違う部分などを直しながら書き進めています。
土曜日って前、月2休だったんだなぁ……(時バレ)。
ご感想など、いつでもお待ちしています。
※ブログでも公開しております(挿絵入りです)。
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-29.html
ブログでは第1話だけお試し版で全文を掲載していますが、2話以降からは本文一部のみ挿絵入りで掲載しています。お暇つぶしに気軽にどうぞ。
それでは、第2話へ。お邪魔いたしました(礼)。