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第1話(新天地)・2


 ドスン。


 思いきり腰を打った。


「アタタ……」


 パチッと目を開けると。


 見慣れた天井があった。


 ココは、あの暗闇じゃない。


 正真正銘、私の家の私の部屋だった。


「夢か……」


 何だ、とホッとした。


 そりゃそうよねと納得する。


 訳がわかんない空間だったもの。


 それにしても、あの夢って……。


 ようく、ハッキリとしない頭でボンヤリとさっきの夢を思い出す。


 半分以上、忘れてしまった。


 思い出せるのは。


 青龍と、最後に私を突き飛ばした……あの人。


 全てが一瞬の出来事だったけれど。


 確かその一瞬で覚えているのは。


 金髪で赤い瞳の、女の人……だったって事。


 年は私と同じか……上だと思う。


 あんな人、私は知らない。


 知り合いに外国人なんて居ないし。


「……ま、いっか」


 根が脳天気な私。


 さっきベッドから落ちた衝撃で打った腰を手でさすりながら。


 立ち上がった。


 そして部屋のカーテンをシャッ! と勢いよく開け。


 窓から注ぐ朝日を浴びる。


 実にさわやか人間じゃないかあ、と思いきや……。


「しまった!」


と叫ぶ。


 時計を見ると朝の8時10分。


 中学生は登校する時間じゃないか!


 ぼおっとしている暇はない。


 学校に行かなきゃ!


 超急ぎで制服に着替える。


 赤のセーラー、前には2つのボタンが縦に並んでいる。


 形としては少し変わったデザイン。


 でも結構可愛いと思ってんだ、自分ではね。


 ブッカブカのソックスを履き終え。


 部屋を飛び出す。


 もちろん、昨日のうちに用意したカバンも忘れずに持って。


 黒の学生カバンを抱えて、一階の方へおりた。


 店では、お兄ちゃんが開店の準備をしている。


 厨房で大きな鍋を前に腕を組んで。


 ジッと何かを考えているご様子で……。


「お、起きたのか」


 私に気がついて振り向いた。


「一回起こしに呼んだんだけど。返事がなかったし……やっぱり寝てたんだな」


と言って、どんぶりに鍋のスープを入れ、麺を加える。


 そして刻んだばかりのネギとか。


 あとチャーシューやモヤシなんかを入れた。


「へいお待ち。まあ、食べてみろ」


と、少し微笑みを浮かべてカウンターに出す。


 箸をどんぶりの上に置き。


「さあ」と促した。


 あのお……遅刻しそうなんですけどお……。


 そう思いながらも。


 手は箸を持ち、スープをすすり出した。


 しかしすぐにだ。


 私はむせる。


 ごほ、うげ。


 ……激辛!


 何だこれ。


「か、辛い……」


 私は急いでコップに水を入れて。


 喉に流し込んだ。


「そりゃそうだろ。俺が3ヶ月かけて研究し開発した、名づけて『特製! 勇ちゃんラーメン』だ! ……見た目は普通のラーメン。しかしその実体は……超激辛! 辛子たっぷりラーメンときた!」


 兄は張り切っていた。


 目を生き生きと、とても輝かせている。


 な、なるほど……確かに見た目は赤くも黒くもない。


 普通のラーメンだ。


 こりゃまあ、確かにびっくりだわ。


 ふむふむ。


 ……じゃ、なくて。


「ごちそうさま。私、もう行かないと」


 スープを残し、カバンを手にした。


 いつもはもっとお兄ちゃん特製ラーメンを。


 ゆっくりご賞味してから学校へ行くんだけれどね。


 とても今はそんな時間的余裕はないわけで。


「そうか。ま、気をつけてな」


と、お兄ちゃんは言って仕事に戻って行った。


 さっきもチラッと言ったけれど。


 私は、7歳の時に事故で両親をいっぺんに亡くしている。


 その時の兄はまだ17歳。


 高校2年生で、優等生だった。


 でも事故の後、まだ小学一年生である私を養うために。


 ……また、家の家業を継ぐために。


 まず高校を辞めて。


 ラーメン修行をしながら独自で家を守る事になったんだった。


 私を養いながら、たったひとりでね。


 私も高校に行かず、お兄ちゃんと一緒に働くよ、と言った事があるんだ。


 でもお兄ちゃんは、それをかたくなに拒んでしまった……。


「何言ってる。俺の分まで、お前は学校に行け。俺はひとりで充分だ」


 そんな風に言って。


 私を仕事場に入れてくれた事はほとんどない。


 経済上では今ようやく安定してきたらしくって。


 余裕が出来たのか。


 バイトの女の人がひとり入ってきたみたいで。


 黙々とラーメンを作るお兄ちゃんと。


 出来上がったラーメンを運んだり。


 お客さんから注文をとったりするそのバイトの人……。


 その光景を見て。


 私はつまらないな、と感じたんだった。


 仕事に戻り私の方を見なくなった兄を見て。


 そんな事を思い返しながら。


 私は横引きのガラス戸を開けて。


「行ってきまーす」と言って走り出した。


 昔はよくゲームの相手とかをしてくれていたのに。


 ラーメンに夢中になってからは、とっても素っ気なくなってしまった。


 でも私は仕方ないさと。


 割り切っているんだ、一応は。


 そんでいいや別に、ってね……。


 色々と考えながら走って行くと。


 道すがら近所のおばちゃんが居てニッコリ笑って。


 挨拶をしてくれたのが目に入った。


「勇気ちゃん。今日はちょっと遅いわねえ。そうだコレ、持っておいきなさいな」


 おばちゃんがそう言って私に渡してくれたのは。


 みかん一個だった。


 ちょうど今買ってきたばかりらしい。


「この前の町内のゴミ拾いで参加してくれたお礼よ。たいしたものじゃないけど、とっといてね」


「そんなぁ……すみません」


「いいのよ。勇気ちゃんは、いつも頑張っているから……」


 そうなんだ。


 私はあちこちで色んな人の世話を焼いている。


 時々しんどくなる事も、しばしばあったりする。


 昨日だって。


 放課後に友達が掃除当番を代わってくれと。


 頼まれたしね。


 断らなかったんだ。


 ま、特に昨日は用事もなかったから。


 いいんだけれど。


 もし嫌だったなら、断ればいいじゃん……と思うだろうけれど。


 私には、基本的にそれが出来ない。


 甘いんだよねって、つくづく思う。


 全く……。


 私が手を振ってその場を去った後。


 おばちゃんは呟いていた。


「あの子は頑張り屋さんだね。ウチの子にも見習わせたいもんだわ……」


 ……


 ええと。


 紹介がかなり遅れました。


 私、松波勇気。


 中学一年生。


 髪はショートカットで。


 少し伸びてボサボサです……ははは。


 元気いっぱい。


 どっちかって言うと優等生(?)で。


 放送部ではお昼のお姉さんを演じているんだ。


 歌も好きで、よく歌う。


 私の通っている港中学校は。


 県内ではサッカー部と弓道部が強いってんで地元では有名。


 羨ましい。


 いいよねぇ、放送部なんていっつも努力賞だよ。


 そんな愚痴もたまにこぼしながら。


 まあいいじゃん、っとね。


 ふふふ。


 学校に関して他に自慢できるものは何もない。


 平凡な校舎に。


 平凡な授業があるだけ……あ。


 そういえば。


 今に気がついたけれど。


 自慢できるものがあったじゃないか。


 とりあえず。


 それは、課外授業。


 普通の学校なら。


 家庭科とか社会とかいった教科の『授業』の中で校外に出たりするでしょ。


 ……ちょっと違うんだよね、ウチは。


『課外授業』という教科関係なしの授業だ。


 週に一度、校外に出て色んな事をするのが主。


 川へ行ったり、花の観察をしたり……。


 そうそう前、パン工場の中を見学しに行ったっけな。


 パンの出来ていく過程が見れて。


 とても面白かった。


 お腹がすいちゃってすいちゃってもう。


 たまんなかったよ。


 とにかく、外へ出て何かをするんだ。


 大抵は先生が行き先を決めるけれど。


 生徒の意見から行き先を決める事もある……とは言っても。


 いきなり○ィズニーシーに行こう! とか。


 そんなこたぁ言わない。


 例えば、雪が降り積もった日は雪合戦をしようとか。


 暑いし外へ行くのが面倒だから図書館で休もうとか。


 その程度なわけね。


 うん。


 もちろん生徒は皆この授業が大好きなんだ。


 だって誰一人として休まないもんねー。


 そしてその授業のある日は週末。


 今日は月明けの週末だ。


 給食を食べた後に、この『課外授業』があるってわけ。



「この前、港市に遺跡が発見されたのは知っているな?」


 今回になって。


 教室の教壇にて先生が話を切り出した。


 この事を聞いた時。


 クラスの誰もが予想したと思う。


 そしてその通りに、先生は言葉を続けていった。


「今日は、そこへ行って発掘の手伝いをしようと思う。まだ発掘されきっていないから、ひょっとしたらひょっこり何かお宝が見つかるかもしれないぞ……もし珍しい物だったら、歴史に名を残せるチャンスだ! ようし、全員! 校庭に自転車で集合! 徒歩の奴は、付き添いの校長先生の車に乗るんだぞ!」


 先生が言い終わらないうちに。


 すでにクラスの皆は席を立って。


 廊下へ出ようとして騒ぎ出していた。


 ……


 自転車で、10分位行った所だった。


 あと100メートル位行ったら海が見えるかもって所。


 自転車を各自で決められた場所に停めて。


 先生が収集をかけた所へ皆、集まった。


 それから、発掘に詳しいという人が何処からともなく現れて。


 発掘するにあたっての注意を淡々と語り出したじゃないか。


 ただ掘ればいいってもんではない。


 下に埋まっている物を壊さないように確かめながら掘るんだとか。


 あちこちドタバタ走りまわるなおんどりゃあとか。


 根気と忍耐が大事で勝者だとか……。


 どうでもいいけれど、話が長すぎる。


 眠くなってきていた。


 さあ掘るぞと意気込んでいた私達だったのに。


 段々と疲れてきた。


 そしてやっと、30分位の話の後。


 各自バラバラになって発掘を始める事になった。


「話が長すぎるのよね。あと一時間位しかないよ。……あーあ、せっかく来たのになぁ〜」


と、私の仲の良い友達。


 アッコがぼやいていた。


「ねー。私、寝ちゃいそうだったよ」


 返事を返すと。


 アッコがスコップを取りに行ってくれて。


 私に渡してくれた。


 そして。


「どこ掘る?」


「うーん……そうだなぁ……」


と、辺りを見渡した。


 もう掘り始めている人がたくさん居る。


 早く決めて、掘り始めなくっちゃ。


 時間が勿体なくて焦っちゃうよ。


「もうちょっと、あっちへ行ってみようかな」


と私は自分の勘を信じて、海の方角へと進み出した。


 ぽっかりと穴が空いている遺跡より。


 少し離れた所へと向かって行った。


「ねえー。そんなに離れたって何にもないんじゃないのー?」


「うーん……でも、こっちのような気がするからさあ〜」


 呼んでいるアッコの意見に逆らい。


 ずんずん皆が居る遺跡から離れた所へ行った私だった。


 足は止まらず、ずんずんずん。


「もう……勇気ったら。私、この辺を掘ってるからね」


 アッコはその場に座り込み。


 セッセと掘り出したみたいだった。


 私は、なあんにも気にせず。


 ただこっちにある気がすると思いながら。


 そちらへと進んで行っていた。


 そしてだいぶ離れた所で。


 ピンと頭で何かが閃いた感覚に見舞われる。


「ココかなぁ……」


と、その場にうずくまって地面を見た。


 何の変哲もないただの土だった。


 土は土で、ただの地面だ。うん。


「まあいいや。掘ってみよ!」


 私はザックザクと堀り出した。


 傍目では何かにとり憑かれたように見えるだろう、無我夢中で。


 そうして何十分か経った後。


 少しバテてきた時だったんだ。


 キンという変な音がしたので。


 覗いてみたら……。


「何だ、コレ……?」


『それ』を取り出した。


 形ある掘り当てた物を取り出し懸命に土を払う。


 ……何百年?


 も土の中にあったからか。


 サビてるし、土も湿っぽくて。


 払っても払ってもくっついていて。


 なかなか取れないよ。


 板かな、と思ったけれど。


 形は丸いし片側だけキラキラしているようだった。


 あ、これってひょっとして。


「鏡だ……」


 うん。これは鏡だ。


 だって、よく見ると自分の顔が映っているもんね。


 ひっくり返したり触って冷たさを確認しながら。


 ……私はニヤリと笑ってしまった。


 だって、私はたった少しの時間でこんな珍しい物……を。


 掘りあてたんだもの。


 きっと皆、驚くに違いなあい!


 そうよ!


 うん!


 思って私はさっそく先生の所へ持って行こうとした。


 立って方向を変える。


 すると、突然。


 全身に電流が走った……。


「きゃあ!」


 私は悲鳴を上げて、鏡を落とす!


 ……鏡は、地面に落ちて見事にパリンと音を立てて。


 割れてしまったのだ!

  

「……げげ!」


 今、自分がした事に対して真っ青になった。


 鏡は割れて2つになってしまっている。


 ……その2つの破片を見つめながら。


 破片の入っていた額縁の方を持つ手が。


 ワナワナと……震えている。


「ど、どうしよう……」


 ひょっとしたら。


 これってまずいんでないの……?


 もしかして何百年前の大事な産物かもしれないのに。


 割ってしまった……。


 事の重大さに焦る。


 歴史に名を残すどころか。


 恥を残すのでは……。


 ……とにかくだった。


 その時はパニくってしまって。


 素直に先生に申し出ればいいのに。


 私は土にもう一度それを埋め直し。


 なかった事にすると決めた。


 はあ、鏡?


 何の事、としらを切る姿勢だった。


 もう決めた。


 大丈夫……バレないバレない、と。


 自分に何度も言い聞かせた。


 呪文のように。


 いつまでも。


 大丈夫大丈夫……。


 ――直後。


 先生が集合の笛を鳴らしたのが。


 遠くから聞こえてきた。



 ……


 週明けの国語の時間は、作文の発表だ。


 先週の課外授業での感想を宿題で書いてきて。


 読んで発表する。


 作文といっても原稿用紙一枚程度だし。


 そんなに辛くは、ない。


 適当に書いちゃう。


「……で、……だったから、……でした」


 しかし誰かが発表しているのを私は全く聞かず。


 ……耳の中を素通りし。


『鏡割っちゃったよ事件』を教室の窓外を見ながら思い出し。


 ふけっていた。


 どうしよ〜……私。


 とんでもない事しちゃったなぁ……。


 何ですぐ先生に言いに行かなかったんだろう、と。


 後で後悔した。


 そしてそれは数日経った今でも消えない。


 良心がうずいているんだ。


「はあぁ……」


 ため息は、一日中ずっと消える事はなかった……はあ。




 放課後。


 教室で。


 帰ろうと用意していたら。


 その容姿から『お嬢』と呼ばれている、峰山さんが。


 私に話しかけてきた。


 お嬢はこう言う。


「私、見ちゃったのよね」


と。


「え?」


 私は間の抜けた声を発してしまった。


 言いながら私は、ドキン! と。


 心臓が飛び跳ねるのを感じていた。


 でも顔には出さず。


 あくまでも冷静にお嬢……もとい、峰山さんを見る。


「何の事?」


「またまた。とぼけちゃって。あんた、遺跡で鏡を割っちゃったでしょ。私、トイレ行った帰りにたまたま見ちゃったんだから」

 

 背筋が凍った。


 げ。


 嘘でしょ……まさか見られていたなんて。


 ドキドキが激しくなって、苦しくなってくる。


 まずい。


「黙っててあげるからさ。ひとつお願い聞いてくれる?」


 お嬢が何故か甘えた声で私に優しい声をかけてきた。


 んんん?


「お願い?」


「そうそう。これをさ、新島さんに渡してほしいんだよね」


 一通の手紙を私に渡した。


 白い、表には何も書いていない封筒を。


「それだけで……いいわけ?」

「そうよ」


 何だか、わかんない。


 ……まあいっか?


 とりあえず……これを新島さんに渡せばいいわけね。


 ふん、お安いごようじゃない。


 これで口を封じられるんならさ。


 単にそう思った。


 新島さんていうのは素直で大人しくて。


 クラスじゃとっても可愛い女の子なんだ。


 だから結構、男子の間でもモテている。


 目がパッチリしていていいだの。


 髪が長くて腰まであってキレイだの。


 容姿の面では女子からでもベタ褒めだ。


 羨ましい、その可愛らしさ。


 それはそんで別にねたみはしないけれどさ。


 いいなあーって。


 ただそんだけ。


 私はその足で。


 すぐにその封筒を彼女に渡しに行った。


 でも彼女に渡す前に。


 中身を確認しておけば良かったのよねえって後で思う。


 安請け合いしちゃってさ。


 バカよねえ、ほんとに。


 そうすれば。


 封筒の中には新島さんを中傷するような内容の手紙が入ってたんだって事に。


 もっと早く気がつけたっていうのに……。




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