最終話(新たなる世界)・3
「勇気。そろそろ閉めるから、のれん片付けてきて」
「はーい」
お客さんで、最後の一人が帰っていった頃。
厨房で始終忙しいお兄ちゃんに私は言われて。
玄関先へと小走った。
忙しかった今日という日も、これで終わる。
終わりが近づいてきていた。
「……」
外へと出て。
月が雲に隠れているのか暗い夜空を眺めて。
私は……何か大切な事を忘れているような感覚に包まれた。
(何だっけ……すごく大事な事だったと思うけど……)
暫く……立ったまま。
思い出せと脳に指令を出してみる。
しかしなかなか思い出せないでいた。
そんな気持ちのよくないまま。
上部に掛けてあったのれんを外そうと手を伸ばした。
すると、キラリと手元が光ったのを見て「あ」と声を上げる。
手元で光ったのは。
セナにもらった石のブレス……ああ!
「セナ! ……セナは!?」
焦ってつい大声を出してしまった。
パラパラと。
まばらに通りがかっていた人が。
見づらそうに私を見て過ぎ去っていく。
通行人に気をかけている場合じゃなかった……セナは!?
ヒナタ、ゲイン、カイト、マフィア……他の。
知っている皆には会った。
でもセナは。
まだ会ってない。
何で!?
どうして!?
肝心な人に出会ってないじゃないか……!
私は興奮して両手を握り締める。
どうして忘れてしまっていたのと、自分を責めていた。
かなりの自己嫌悪に陥ってしまって。
歯を食いしばって地面を見る……睨んで。
そして。
……落ち着いた。
「……」
穏やかさを取り戻した後。
私は、はあとため息を一つ。
少しだけ白い吐き出した息は空気に溶け込んで。
言ってたって何にもならない空しさを、肌に感じていた。
セナ!
セナ……会いたい。
私は、両手を組んで祈った。
無駄かもしれないけれど、とにかく祈った。
今すぐは無理でも、明日なら。
明後日なら。
一週間後でもいい。
皆と同じに、同じ世界で出会える事ができるなら。
こんなに素晴らしい事ってない。
だから。
セナが好きなんだ。
会わせて下さい、どうか。
会わせて……!
……
……
……冷たい風が、吹きすさぶ。
「ハックション!」
私のくしゃみは、風で消された。
「うう……寒い」
小刻みに震え出した私は……肩を落とす。
「風邪ひいちゃうよね……中に入ろ」
のれんを持って。
諦めを身に染み込ませる。
人気もなく。
遠くで犬の吠える声が聞こえている以外は、静かだった。
せっかく月が雲の陰から輝き現れてくれたとしても。
何の意味もない。
そこにあるだけだ。
ありがとう、お月様。
姿を現してくれて。
さ、店に戻らなくちゃ。
中でお兄ちゃんが待っている。
私はドアに手をかける。
お兄ちゃんの仕事を、手伝わなくっちゃ。
そう思って。
……
音がする。
騒がしい、生活音だ。
始めは小さかったけれど。
段々と音は大きくなって何かが近づいてくる音。
車じゃない、乗り物の音だ。
オートバイの音。
オートバイだ。
しかも。
一つじゃなかった。
「んん?」
ココは、所々商店があるけれど住宅が並んでいる地域だ。
そう、騒音なんて発生しない。
ましてや……。
夜に?
「うわっ」
ぼうっと見ていたらだ。
店の前を、一台のスクーターが走っていった。
若い男の人が乗っていたけれど。
ヘルメットで顔はわからなかった。
風を切って行ってしまった。
すぐ後にも。
2、3台めと続いて同じような小型のオートバイが通過していった。
中には、一台のバイクに2人乗りしているのも。
バイカーの集団だったんだ。
(危ないなぁ……向こうの大通りを通ればいいのに。こんな狭いトコ走っちゃって)
私は嫌な顔を見せないように。
店の中へと入っていこうとした。
その時だった。
「危ねええ!」
「はっ!?」
私が振り返ると。
目の前に一台のオートバイがこっちに向かって飛び込んできた。
「きゃあああああー!」
悲鳴。
私は屈み込んで、キツく目を閉じ。
うずくまったまま、耳を塞いだ。
……!
衝撃音が小さく聞こえた。
耳を塞いでいたから、小さく。
……い、一体何が……?
恐る恐る目を開けてみると……。
私が屈み込んでいたのとは僅か数メートル先向こうの家の垣根にて。
……突っ込んだオートバイが見えた。
「ひやっ……」
小型だったけれど。
前輪部分は垣根に突っ込み隠れて見えやしない。
それより。
人は、何処いった?
「セーフ!」
何と、乗っていたと思われる人物は。
私が釘付けになっていたオートバイとは違う、離れた所に居た。
「???」
私の方へと近づいてくる。
半球型のヘルメットを被っていたのをとった。
暗がりで見えにくかった顔は。
私の瞳に明らかになって映ってくる。
「あ……」
月の光が、感動を後押ししてくれているようだ。
照らされた影が地に伸びて。
人の姿形その存在を、確かなものにした。
端整な顔は、記憶の中とは変わらない。
ヘルメットをとった時に微かになびいた髪は、女の人かと思った。
品よく、ムダのない動きをしている。
本物だ。
夢じゃない―― 。
目は、真っ直ぐ私を見ている。
見つめられると、こっちは熱く焦げてしまう。
意志を持った視線。
彼、は。
「セナ」
間違いなかった。
「上手くかわせたみたいだな。びっくりさせてごめん」
そう言うと、はー、と。
重い息を吐いた。
「もうダメだ。あのスクーター」
目に見えて激しく残念がっている。
そんなガッカリしなくても、と私は苦笑いしていた。
「無事ならいいじゃん。バイクはまた、修理すればさ」
果たして修理で済むのかどうだかはわからないけれど。
とにかくそう言って励ましてみた。
彼は、私を横目で見ながら。
何度も何度も顔を動かして難しい顔をしている。
「何だ何だ……事故か?」
ドヤドヤと、店の中からお兄ちゃんが登場。
気がつけば、一人、また一人と。
人が家の中から顔を覗かせたり。
玄関から心配そうにサンダル履きで出てきたりしていた。
「あ〜あ……こんな狭え道走るから」
何処かのオヤジに野次られたりして。
聞いたセナ……彼は嫌だ嫌だと。
素振りを見せて、手を振っている。
「ちょっとブレーキが利かなかっただけだっつうの」
小声で不満を漏らしている。
私には聞こえてしまった。
また、苦笑い。
「さて、と……」
私は空を見上げた。
相変わらず、暗い空。
小さな星達と、雲のかかっていない月が浮かんでいる。
セナが会いに来てくれた。
私の最後の願いが叶う。
嬉しすぎる、この状況。
飛び上がって、わめいて、喜んでもいいのだろうか。
セナに飛びついてもいいんだろうか。
本当にいいんだろうか。
「あ、そういえばよお。お前。さっき」
「え?」
人だかりができていく中で。
彼に並んでいた私は顔を見上げた。
何だろう?
全然悪気のない態度な彼は、私に聞いていた。
「セナ、って。何で俺の名前が瀬名だって知ってたんだ? エスパー?」
……
私が今日見るだろう夢で。
記憶の中のセナは言う。
『また逢おうな……!』
うん。
そうだね。
この世に四神獣、蘇るとき。
また私は旅に出るよ。
光を求めて。
待っていてね。
どうか私を待っていて。
どの世界でも。
……
「また、逢おうねええー!!」
《END》
【あとがき(PC版より)】
シメという事で携帯版も一挙に更新いたしました。
1年2か月くらいでしたが、ここまでお付き合い下さった温かい読者の皆様へ……ありがとうございました。とても自信に繋がったと思います。やればできんだああ〜。よ、っと。
語り尽くせないかも、な今作については。また、そのうちぐだぐだとブログにでも書こうかと思います。誰が見るんだろうかと思いながら。
(ぐだぐだ言っているブログ→http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-136.html)
それでは、また何処かでお会いいたしましょう。よいお年を!
2008年12月31日 あゆみかん