最終話(新たなる世界)・2
ハルカさんは制服姿で。
レイは白衣にアルミケースを片手にぶらさげていた。
髪の色は黒いが、ハルカさんは栗茶に見える。
それはそうと……何だ何だあ?
白い普通車に乗り込もうと、レイは運転席側で。
横に付き添うハルカさんに話しかけていた。
「明日、3時に検診だ。また迎えにくるから、無理はするな。わかったか」
厳しい表情のレイは、言い聞かせていた。
ハルカさんは「……はい」と静かに頷いている。
2人の脇を通りすぎた後。
日向がボソッと私にだけ聞こえるように言った。
「春香先輩、この前部活中に倒れちゃったんだって。医者がつくなんて、よっぽど悪いのかなあ体」
日向のおかげでわかったけれどね。
レイは医者で(何歳になってんだろう)。
ハルカさんは……春香という、私達の先輩。
そんで体が弱いって?
ふううん。
部活とは、何部なんだろうか。
その優雅さで茶道か華道が似合いそうな気がした。
意外と将棋部だったりしたら、私は笑う。
こんな世界。
「あ、ちょっとお参りしてこ。今度、弟がサッカーの試合でさ。拝んできちゃお」
帰路を歩いていたら。
いきなり日向はそう言って。
道すがら見えてきていた神社の境内にと走り出す。
結構バタバタと慌ただしい性格なのか。
人ともぶつかりそうになりながら。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ……」
日向に頭を下げられている女の人。
杖を持ち歩いていたようで。
落としかけたのを私が先に拾ってあげた。
「ありがとう」
微笑んだ優しい顔。
お礼を言いながら、行く道を再び歩き出した。
……様子から盲目らしい、女の人。
トキだ。
“時の門番”の。
懐かしい。
私は遠ざかっていく背中を目で追っていた。
……その後で気がついたんだけれど……。
境内に入る前。
鳥居のそばで竹のホウキを使い落ち葉やゴミを集めているのは……。
さくらだ。
巫女だった。
整った顔立ちは、崩れそうにない。
拝み終わった日向と合流して道を歩くと。
一人のお坊さんが立っていた。
立ったまま、動かず目を閉じている。
瞑想中なのかな?
お坊。
そうです。
紫苑だった。
……
向こうの世界の住人で。
もう会えないと思っていた人達が次々と現れていく。
慣れるって怖いかも。
たとえ家に帰ってからテレビをつけた時に。
アジャラとパパラがデュエットで。
歌手デビューしていたのを目の当たりにしたとしても。
「へえー」……そんな軽い驚き程度で済んでいた。
デビューして一週目でオリコンチャート初登場一位。
デビュー曲は『TENJIN☆SUMMER』。
牛耳ポップビートが牛耳萌え素と上手くコラボし。
若者プラス牛耳オタク魂に火をつけた。
グッズ展開上でも牛耳は市場を牛耳っている。
流行語大賞候補は『モウ! スーン♪』で決まりだと。
世間では言われているようだ。
どうでもいい。
どうなってんだろうか。
この世界……へえー。
「勇気ー。ちょっと店に来ーい」
学校から帰ってきて着替えた後。
部屋に居た私を一階からお兄ちゃんが呼んでいた。
「はいはーい。今行くー」
と、私はせっかくつけたテレビの電源を消して。
呼ばれている方へと階段を駆けおりていった。
そうそう、昨日。
働き手が足りないからって店を手伝えって言われてたっけな。
それを思い出していた。
私がのれんをくぐって店に出ると。
待ち受けていたのはお兄ちゃんだけではなかった。
「初めまして。菜木麻理亜です」
長い髪を後ろに束ねた、背が高めの女の人。
スレンダー美女が居たのだ。
「マ……」
私の口が、『ま』の形で止まってしまっている。
無理もない。
「どうした勇気、知り合いか?」
何にも知らないお兄ちゃんは、ハテと変な顔をしていた。
「い、いやあ、何でも」
手を振りながら笑って誤魔化す私。
お兄ちゃんは気にせず。
麻理亜さんの紹介を始めた。
「バイト募集の張り紙見て、来てくれたんだよ。明日からさっそく働いてもらうから、勇気もわからない事とか聞いたり教えてあげたりしてくれ」
私は緊張しながら、まず自己紹介を簡単に。
「勇気です。よろしくお願いします」
愛想気持ちよく麻理亜さんは答えてくれた。
「よろしくお願いしますね、勇気さん」
本当のお姉さんができたみたいだった。
とても心臓がドキドキして。
「じゃ、今日はこれで。明日からよろしく」
挨拶を済ませ、お兄ちゃんに出口まで送られて。
麻理亜さんは帰っていった。
マフィア。
私は、心の中で見送る背中にそう呼びかけていた。
「じゃあ勇気。今日は、店、手伝ってくれな」
お兄ちゃんが言って仕事に戻っていく。
後に残された私は頷いて。
部屋へエプロンを取りに戻っていった。
(嬉しい……! マフィアが、バイトに来てくれるだなんて!)
夢じゃないよね? と私の足が浮き足立つ。
滑って転んでしまったらどうすんだろうね。
ふふ。
すっごくこれからが楽しみになった。
マフィアが本当のお姉さんだったらって。
今まで何度思ってきた事だろうか。
バイトになっただけで、姉妹になった訳じゃないけれど。
とにかく距離が近くて、すっごく嬉しかった。
ああ、楽しみ。
明日!
エプロンを探して。
タンスを開けたり机の上に色々とのっかっている物をゴソゴソとまさぐっていた。
昨日の今日だったから。
物の片付けがまだできていなかったりするんだけれど。
そんな中。
ヒラリ、と。
机の上から紙が数枚、続けて落ちてしまった。
「おっと」
私は拾う……何の紙だったっけと見て気がついた。
“七神創話伝”
第一章 “序章”
この世に四神獣 蘇るとき
千年に一度 救世主ここに来たれり
光の中より出で来て……
……
旅の途中、メモってきた伝説。
―― 今では、もう。
懐かしい思い出になってしまうんだろうかな。
私を成長させてくれた、変な言い方かもしれないけれど。
小っぽけな大冒険。
望みのままに。
望みじゃない世界だった。
ううん。
……私が望めば。
きっと新しい世界が、自分の手で造り出せる。
落ちたメモを拾い上げて。
書かれていた文を一つ一つ……大事そうに目で追っていた。
すると。
「ん……?」
奇妙な事に気がついた。
文が、足されている。
「え?」
一瞬だけ、寒気すら感じた。
書いた覚えのない文字が。
最後に付け足されていたからだった。
いつの間に……そして誰が?
「どうして……」
私は、読めるはずのない文字を見る。
日本語でもない、英語でも中国語でもない。
見た事もない字で書かれている。
私には読めないはずだった。
しかし。
「わかる……」
何故だか、私はその書かれた文字や文章が読めたし。
理解ができた。
どうして?
とにかく、読んでみた。
書かれていたのは“七神創話伝”、第七の……章。
初めて聞いた、まるで。
付け足されたかのような内容でもあった。
『 第七章 “新たなる世界”
帰還した救世主 元の世界へと戻る
だがそこは新世界 救世主のもとに
新たなる世界が 広がるだろう 』
「天神様……?」
涙が出そうだった。
天神様でも、こちらの世界の神様でも。
どちらでもいい。
ありがとう、会わせてくれて。
私の寂しさを紛らわせてくれて。
皆、ひとりだね。
神様も。
けれどひとりじゃないんだね。
皆が居る。
何だかんだで。
おかげで、私は生け贄にもならず。
こうして今も生きているんだ。
生きているからこそ付け足された“第七章”……。
私は、メモを胸に抱き締めた。
「勇気ー! 支度はまだかあ〜」
感動に浸っていると。
遠くからお兄ちゃんの声が元気に聞こえてきた。
「はああい、今行くー!」
私はエプロンをやっと見つけて。
持って部屋を出ていった。
店では、夕方を過ぎると。
仕事合い間のおじさんや、常連さんでカウンターがいっぱいになり騒がしかった。
私は物を運んだり片付けたり注文を取ったり奇跡的に落としかけた皿を割らずに済んだりと。
忙しく、働いていた。
今まで、あまり手伝わなくていいから勉強してろと。
お兄ちゃんに言われてきたけれども。
こうやって手伝える事ができる年齢にもなったんだろうか。
成長したなって、認めてもらえたみたいで。
少し嬉しかった。




