第60話(帰郷)・3
見覚えのある場所。
うーんとね。
そう。
……港遺跡の、横穴の中だった。
よく覚えているよ。
居場所が判明したからか。
安心できて私が歩き出そうとすると。
土や、いびつな石がゴロゴロと転がっていた暗い地面の中で。
足元に光沢の光を見つける。
でも私は拾わず、それを見ているだけだった。
何故なら。
見覚えのあった物。
私が拾うのを期待しているのか。
そこにあった物、それは。
―― 鏡だった。
丸く、額に特徴的な装飾が施されていて鏡の面を上に向けて落ちている、鏡。
懐かしいとも、奇妙なとも言える感覚が。
入り混じって思えてしまう……今。
鏡は、真っ二つに割れてはいなかった。
確か、私がウッカリ割ってしまっていたはずの鏡なのに。
拾わず、鏡面を覗き込んで観察してみてもだ。
真っ二つどころかヒビさえ入ってはいない。
……おかしいな。
もう一人の『私』が教えてくれたんだった。
鏡の名前は、“透心鏡”で。
『私』が言っていた。
人の奥底に隠された心を映し出す鏡だったんだって。
でも、鏡は2つに割れてしまう。
実はそれが全ての始まりで。
私は、2つに分かれてしまったんだ。
そこから私の旅は始まる。
始まったんだよ。
なんだけれど。
割れていないという事は……一体どういう事なんだろう?
「とにかく、家に帰ろう……」
疲れたような吐息を出して、私は歩き出した。
外の……光が溢れている方へ。
出口へと。
そこは。
私の世界。
ああ、眩しいな。
光って。
手を頭の上にかざしながら。
精一杯に目に入ってくる眩しさを遮断して。
おかえり、勇気。
きっとそう言ってくれているのかも……しれないねと思いながら。
私は、遺跡を後にした。
このまま、家に帰るもんだと思い込んでいたんだけれどね。
ところが、そうじゃなかった。
何と、友達のアッコと遭遇する。
遺跡の穴を、出た直後だった。
「勇気いいい! 何処行ってたのよお!?」
甲高い声が辺りに響いた。
「へ?」
アッコだけじゃない。
後から後から、ドヤドヤとクラスメイト達がやって来る。
中には男子も居るし、お嬢こと峰山さんだって居る。
私への苛めのキッカケを作った帳本人。
私を取り囲み、凄い騒ぎようだった。
何なんだ!?
あちこちで「よかったー」とか、「捜したのよお」とか。
そんな声が聞こえてきたりで。
「あのー……一体、どういう事?」
と、聞かずにはいられなかった。
すると。
「おお! 松波。無事だったか、捜したんだぞ!」
やって来たのは担任の先生だ。
慌てている。
はあ……? と。
私は相変わらず首を傾げっ放しで。
どうしたものか、迷っていたらだ。
先生のひと言に驚愕する。
先生は、私の顔色を見て心配そうな顔をした。
「発掘中、神隠しにでもあったのかと思って皆で捜していたんだぞ。見つかってよかった!」
発、掘、中……?
私の頭の中に謎という名の蜘蛛の巣を張ってしまったようで。
その後、先生が私を車で家に送ってくれている最中でもだ。
巣は、簡単には解けてくれそうになかった。
天神様の言葉が、思い出される。
『向こうの神が、手配して下さるはずです』
私が元の生活に戻れるように……そう言っていた。
家に帰って寝た後に、もう日は暮れて夜になっていて。
店のラーメン屋のカウンターには。
お客さんが4、5人くらいバラバラと居た。
お兄ちゃんが一人、カウンターの向こう側で忙しく働いている。
私が起きてきてのれんをくぐると。
明るい声でお兄ちゃんは笑いかけた。
「おう。起きたか、勇気。よく寝てたなあ。昼は何処ぞに消えて皆に心配かけてたんだよ、全く」
と、お玉を片手に鍋の前にいた。
大きな底の深い鍋には、湯気立ったスープが見える。
「ラーメン、食べるか?」
「え、あ、うん……そうだね」
スープから流れてくる匂いを嗅いだ途端。
お腹がクーと鳴って空腹を知らせた。
調理しながらも、手は休めていないお兄ちゃん。
眺めていたら、お兄ちゃんが不思議な事を言い出した。
「なあ、勇気。もし暇があったらでいいんだけど」
「ん? 何?」
「バイト募集、っていう。張り紙書いて貼っておいてくれないか」
ラーメンを運びながら、お兄ちゃんは言った。
麺の上に山盛りのネギやモヤシ。
チャーシューで飾られている。
ネギは増量セルフサービスでカウンターの隅っこに置いてある。
お兄ちゃんのラーメンは久し振りだった。
思わず涙とよだれが同時に出てきそうになる。
「ばいふぉ、ぽひゅう?」
ハフハフ言いながら麺を口に入れて。
『バイト募集?』って聞いていた。
そういえば、今日はお兄ちゃん一人?
バイトの……ええと、小谷とかいう人は休みなんだろうか?
私は気になっていた。
「やめちゃってさ。急で、人手がほしいんだよ。勇気、明日から手伝えな」
「へ……」
私は変な声を出す。
だってだって。
小谷さんがやめちゃった?
彼女じゃないの?
どういう事?
まさか。
「お兄ちゃん……小谷さんにフラレたの?」
私はズビシとストレートに聞いてしまった。
言った後に後悔してももう遅い。
シマッタ、と焦って身を縮こませていたのだけれど。
ザク、という包丁の音の後。
お兄ちゃんは、ネギを切っている手を止めて。
眉をひそめながら私を見た。
「はあ? 何言ってんだ? 小谷さんとは別にそういう仲じゃないぞ。お兄ちゃんはな、い・そ・が・し・い・の! 彼女つくってる暇なんかあるかっ」
怒ってしまっている。
「???」
小谷さんが、お兄ちゃんの彼女じゃない?
何で?
私は、訳がわからなくなった。
段々と、今自分が置かれている状況が明らかになってきた。
私は、元の世界に帰ってきたものの。
思っていたより、時が遡ってしまっているんだという事がわかってくる。
今日は課外授業、港遺跡へ発掘に行った日になっている。
私は本来なら港遺跡の発掘中。
鏡を割ってしまってどうしようと悩んだ挙句に隠してしまって……。
小谷さんも、バイトをやめてなんかなかったはずだ。
おかしい。
私が知っている実際と違う。
……もしやこれが、神様の修正?
私は、いじめにこれから遭うのだろうか……?
日が開いて、平日の朝。
私は休みあけの学校に登校し、廊下を歩いていた。
そうすると。
峰山さん……お嬢とすれ違いそうになった。
「先週は、どちらに行ってたのかしらね? 皆に散々迷惑かけて」
私は無視して過ぎ去ろうとしたのに。
お嬢の方から話しかけてきたのだった。
何て答えたらいいのかがわからず。
黙ってお嬢を見ていたけれど。
お嬢は好きに言いたい事を言いまくっていた。
「あなたが居ないからって、先生も大変だったんだから。私だって、昼から出掛ける用事があったのよ? クラスの皆を巻き込んで。どうセキニンとるつもりなの? ねえ?」
腰に手を当てて、私に詰め寄ってくる。
何でそんな事を言うのだろうか。
確かに、迷惑はかけちゃったかもしれないけどさ。
(そんな言い方ってないんじゃない!?)
私はカチンときて。
何か言い返そうかと思い始めた所だった。
すぐそばから。
「ちょっと! そんな言い方、ないんじゃない!?」
廊下中に聞こえる声が返ってきた。
何処からだと見ると、教室からじゃないか。
私の居るクラスの、誰か……?
見て驚く。
何と、私とお嬢の間に割って入ってきたのは。
(えええ?)
制服姿。
港中学校の生徒である事は間違いはない。
女の子で、ショートカット。
ボーイッシュな感じがするのは。
日に少し肌が焼けているからかも。
「あら光月さん。あなただって、用事があったって言ってたじゃない?」
と、お嬢は立ちはだかった。
光月さん、と呼ばれた女の子。
流暢に言い返す。
「クラスメイトの一大事に、用事なんて後回しでしょ! 見つかってよかったじゃないの。なーんでそんな意地が悪い言い方するんだか。呆れちゃう! 最っ低!」
そこまで言ってやった。
お嬢、キーと歯を見せながらかなり怒っている模様で。
私はといえば、ただ傍観している。
やがてお嬢は負けだと認めたのか。
潔く去ってしまったのだった。
「酷かったわね、峰山さんって。大丈夫? 松波さん」
「え、は、う、うん。大丈夫大丈夫……ははは」
私は笑いながら誤魔化した。
うろたえをあまり見せないように。
「ありがと……えと、光月さん?」
そしてお礼を言った。
私は、味方になって庇ってくれた嬉しさでいっぱいだった。
これでもう、いじめにも遭う事はないんじゃないだろうかって思う。
それは安心するけれど……。
でも、だ。
おかしな事態が目に見えて明らかになってくる。
光月さん―― は、私に可愛い笑顔でこう言った。
「あら、光月さんだなんて。日向……ヒナタ、でいいよ。そう呼んでね。じゃ!」
《第61話[最終話]へ続く》
【あとがき(PC版より)】
次回、最終話です。年末ちょっきり終わりという。連載開始日が2007年11月6日。一年一か月ですか。やりましたな(笑)。でも次はどうしよう。悩む所です。
今見直すと、直したい誤字脱字などがたくさんありますので(悲)、ちょっとずつ暇あれば直していくつもりでおります。きっと多すぎる……@
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ではでは、ありがとうございました。