第60話(帰郷)・2
「マフィア……」
涙を堪えているような、締まった顔つきだった。
我慢ができなくて、飛び出してきた子供のよう。
私の手をとって言った。
「いつかまた……会いましょうね! 会うんだから……絶対よ! 忘れないでね!」
涙で潤んでいる。
私の鼻の奥も、つられてかツンとしてきていた。
途端に、内から感情が湧きおこってくる。
このまま皆ともお別れ。
実感が、やっと遅くも出てきてくれたみたいだ。
もの凄く帰る足に抵抗が生まれた。
マフィアの後ろから、ゲインが歩いてきた。
「勇気殿。達者でな……リカルにも、よく言っておく。皆に比べれば短い間だったが、ともに運命を歩く事ができてこのほど感動した事はない。皆に会えた事、天神殿をお目にかかれた事。生きて帰れる事に……感謝している」
私とは、握手をした。
ゴツゴツとした、たくましい大きな手。
体温がとても温かかった。
「俺の人生ごと変えてくれた救世主に……お礼を言わせてもらうよ。ありがとう。また会えたらいいな。そう思う……いつか、また。何処かできっと」
と、ヒナタも寂しそうにこっちを見ていた。
ヒナタ……。
マフィアに、ゲインに、ヒナタ。
次々に、出会った時の事が目に浮かんでくる。
マフィアとは、マフィアのお家である飲食店で出会ったんだ。
ミキータっていう女の子に連れられて。
店は、孤児院だったんだよね。
店を切り盛りしている立場だったのに、私を追いかけて来てくれた。
凄く料理が上手くて。
ほっぺたが落ちそうになるほど美味しくて。
……こんなお姉さんがいたらいいなって。
いつも思っていたんだ。
ゲインとは、最後に出会ったんだっけ。
いきなり「俺が最後の七神だ」って迎えてくれて。
いいのか、そんなアッサリと見つけてもって。
苦笑いしちゃったなあ。
ヒナタとは、同じ年。
けれど、辛い出来事があった。
両親を早くに、訳があって亡くしてしまって。
……辛かったよね。
私も両親は早くに亡くしているから。
まるで自分の事のようにも思ったんだ。
苦しかった。
3人とも。
名残惜しそうに私を見て涙が見え隠れしている。
困ったな。
別れの言葉が……決心がつかないよ。
そうしていると。
ゲインやヒナタの後ろから別の声が聞こえた。
「勇気……」
体を傾けて、ゲインの大きな体の後ろを覗くとだ。
セナに肩を借りて、カイトがこちらに向かって歩いてきた。
「カイト!」
思わず呼んでしまう。
青龍の毒息のせいで、回復するために一晩ずっと寝ていたんだ。
まだ青白い、血色の悪い顔なので。
今だって相当無理しているに違いない。
「ダメだよ、まだ寝てなくちゃ」
「だってこれでお別れなんだろう? ……今、ちょっと楽にはなったから、大丈夫だ。心配かけたな」
そう受け答えするカイトは、優しかった。
私の頭を撫でている。
「今まで、適当にキツイ事も言ってきたけど……」
と、私の顔を見下ろしていた。
「よく頑張ったな。偉い。向こうじゃ、待っていてくれる人が居るんだろう? 勇気」
そう言われて。
私は、自信なく。
「うん……」と曖昧になって控えてしまった。
天神様が聞いていたのか、横から口を出す。
「勇気。安心なさい。向こうに戻れば、向こうの神がリセットをかけてくれます」
「え?」
予想外の事に、私はどういう事なんだろうと。
腕を組んで考えてしまった。
「簡単に言えば、です。一度、勇気、あなたが向こうへ帰った時に。あなたに関する記憶や情報をほぼ全て消してあなたはこちらへと戻ってきましたね。ですので、あなたが帰る際にはそれを全て解きます……すると、恐らくは。あちらで時は修正され、あなたが元通りに生活できるよう。向こうの神が、手配して下さるはずです」
修正。
手配。
向こうの……私の居た世界の……神様が?
そ、そうなんですか……本当に?
じゃあ、元の世界に帰っても。
私の帰る場所は……ちゃんとあるんだな。
そいつあ、安心だ。
安心……。
「そっか……ありがとうございます」
私の事を考えてくれていたんだね。
天神様だけじゃなく、皆も、色々と。
私って究極に幸せだ。
そう思う。
カイトは気遣いながらか。
私の頭をもう一回撫でた。
「じゃ、帰らなくちゃな。向こうで、勇気の帰りを待っている」
お兄ちゃん。
心の中で、私が叫んでいた。
脳裏に姿がよぎる。
もし私が居なくなってしまったと思い出したら。
一体どんな顔をするんだろうか。
それを思ったら。
「そう……だね。早く帰らなくちゃ……」
私に焦りが。
カイトが付け加えた。
「そうだ。これをやる。前にあげたやつは、ダメにしちまったまんまだったろう」
と、ゴソゴソとズボンのポケットから。
何かを取り出して私に渡した。
それは。
「人形!」
「そうだ」
可愛らしい、三つ編みを左右に肩から前に垂れ下げた手縫いの女の子の人形だった。
ひょっとしてこれって売り物だった物?
「これを……くれるの? カイト」
カイトはうん、と首を縦に振った。
「嬉しい……ありがとう! 絶対大事にするよ」
私は両手で握り締めて。
とても喜んでいた。
「もっと時間があればなぁ。門出祝いの席でも特別な贈り物でも何でも。用意できたのによう……」
最後に、カイトは意地悪っぽく。
あ〜あ、と腕を振り回しながら諦めていた。
天神様もタジタジだった。
何も言い返せないみたいで。
他の皆も苦笑いで誤魔化している。
私も、タハハととぼけるしかない。
「あ! そっか……」
突然私はある事を思い出して。
手荷物の中から、『ある物』を取り出した。
『ある物』とはね。
「セナがくれたこれ、向こうに行っても着けておくね!」
そう元気にかざした……透明の小さな石が連なった、ブレスレット。
マフィアも似たようなのを持っていたと思うんだけれど。
セナが私達に買ってくれた物だった。
「あー、それな。そういえば、あったっけ。忘れてたけど」
と、セナはポンと手を打つ。
「戦っている最中とか、落としたらと思って外してたりしてたけどね。ずっと着けておくから!」
今までは。
セナにもらった“七神鏡”の一部でもあった指輪を着けていたんだけれど。
もうそれはなくなってしまって手元が寂しくなってしまったんだ。
ちょうどいい。
これからずっと、肌身離さず着けておこうっと!
セナは「そっか。サンキュ」と嬉しそうに笑っていた。
「勇気! 私のも、あげるわ。どうかもらってって」
「え?」
マフィアが、手荷物から探してきてハイ、と私に渡してくれた物。
それはマフィアもセナにもらっていた、緑の石が連なっているブレス。
私のとは石違いの物だった。
けれど?
「い、いいの? マフィア、セナ……」
受け取った私は、困りながらもマフィアとセナの両方の顔を見た。
2人とも、ニコニコしちゃって全然いいみたいな顔をしている。
「わかった……うん、大事にするね!」
そんな風に。
私が残された時間を過ごしている―― その時だった。
ゴゴゴゴゴ、と。
地面が揺れ始めた。
「うわあ!」
びっくりして、身が固まってしまう。
まさかまた青龍が現れたとか!?
―― 危険を感じたけれど、やがて治まった。
ホッとひと息ついて。
辺りの様子へ関心を寄せたら、だ。
大きく輪に光り輝く物体が現れる。
パ……。
私達から少し離れて。
天神様のかざす手の先に。
光は神々しく出現したのだった。
「橋だ……」
あれが、とカイトは珍しそうに食い入っていた。
皆もそうだった。
注目を浴びた光の中から、橋が形造られできていく。
伸びた先は、光のトンネルの中へと続き。
眩しくて見えていない。
“聖なる架け橋”。
2度目の通行だ。
先には、私の居た世界が待っている。
私の通行を許可してくれたから、現れてくれたんだろう……。
「では……」
天神様が、私を促していた。
さあ、行きなさい。
痛くはありません。
何も問題ありません。
用意は、万端ですから……何もかもを許すような優しさで。
光は待っていた。
「はい」
確かな返事をする私。
足も、ゆっくりとだけれど。
光に導かれるように進んで行った。
止まらないで。
振り返らない。
決心が鈍るからさ。
……。
私は、誰の顔も見なかった。
「勇気! バイバイ!」
「元気でな! 負けるなよ! 何があっても!」
「達者で! 勇気殿!」
「またなー!」
……。
声が、私を後押ししてくれていた。
私は、光に吸いこまれていって影が薄くなってきていた。
「勇気……!」
最後に聞いたのは……セナだった。
「また逢おうな……!」
思えば、セナとは。
光の中から現れ、光の中へと消えていくんだ。
私は。
いきなり森に現れて、疑う事なく迷子同然の私を温かく受け入れてくれて。
伝説の救世主じゃないか、って教えてくれたのもセナだった。
そうだ。
よく考えたら。
私が冒険をする事になったのも。
こんなに、成長させてくれたのも。
セナが、終わりまで見放さず導いてくれたからだ。
(セナ……)
危うく、決心が鈍りそうだったけれども。
我慢して堪える。
セナは、優しかった。
時々厳しくて、でも優しかった。
もう会えない。
でも。
私は一回だけ、皆の居る方へ向いた。
皆の動きが止まったのが見受けられたけれど。
私は急いで言い放った。
「また逢おうねええー!!」
最大級の笑顔で、手を振ってみせた。
涙は流さず。
これが最後の私と、皆に覚えてもらえるようにと。
そして……。
私は、今度は前を向いて走り出していた。
遅れを取り戻そうと、一生懸命に走った。
息が切れても構わないほどに。
行き着く先は。
……
……
……
闇?
意識は一度、飛んでいてしまって。
目が覚めたら、暗闇の中だったんだ。
ついでに、触っている下は冷たい。
直に座り込んでいたんだけれど。
どうやら地面は、岩や石みたいで……。
「ココは何処……」
……光から変わって暗い世界の中へ。
ポーンと放り込まれたような怖さを感じた。
魔物が、すぐそばで間合いをはかり。
狙われているんじゃないだろうか、私。
そんな事を思う。
とにかく怖いし、寒いや。
「あれ、出口じゃ……」
暗さに慣れてくると、光を見つけた。
というより、元々はあったけれど。
やっとそこにある事に気がつけたみたいだった。
そこまでわかって、やっとココが何処なのかがハッキリわかった。