第59話(最後の夜)・2
そろそろと、終いは近づいてきたようだった。
景色は色を変えて、存在を弱く儚く。
徐々に『終わり』を見せ始める……
四師衆4名。
彼らの存在が、希薄になりつつあるためにそう見えていくのであった。
決して世界が消えるのではない。
消えるのは……彼らの方だった。
「じゃ、お先に」
鶲の、バカのように明るい声が。
先陣を切って。
「バイ」
片手の2本指を立てて頭の上へとかざしながら。
……笑顔で消えた。
「無に還る」
同じく薄くなりつつある紫苑も。
後を追う。
「蛍。紫……レイ殿、皆よ……そして……」
目を細め。
数分前に小鳥が鳴いた方向へと顔を向けていた。
紫苑がこの世に生を受け、愛してきたもの。
万物、自然……存在するもの。
ありとあらゆるものに対して、感謝の意を込めていた。
「ありがとう」
……
空気に混じり。
溶けたようになくなった。
「さらば……」
今まで黙っていた天神が、初めて口を開く。
言うに声かける言葉が見当たらず。
やっと出せるに至った声だった。
蛍と紫は、お互いの顔を見合わせて。
次は、と少しだけ笑っていた。
「今まで……私のために。こんなに傷ついてくれて……ありがとう、紫」
蛍は無邪気に笑って、子供らしくはしゃいでみたりした。
紫は残された片方の腕、右腕を差し出す。
……蛍の手をとろうとしていた。
急いで蛍が紫の手をとった直後。
「はい……」
四師衆は消えた。
一人残った天神は。
空を仰ぎ呟く。
「静かな時を……」
消えゆく命に向けてのせめてもの祈りを。
安らかに、と。
捧げていた。
勇気とセナは。
焦りに焦ってもう一人の『勇気』の行方を血眼になって捜していた。
「何処よ!? 何処に行ったのよおお!」
勇気は泣き叫ぶ。
セナが必死になって仲間から集めてきただろう七神の鏡による“光の塊”を。
いとも簡単に奪われてしまったからである。
奪った『勇気』は、サッと鮮やかに消えてしまっていた。
このままでは、時間を稼ぎ勇気を今か今かと待ちわびて。
傷ついていっている仲間に申し訳が立たなかった。
ウッカリとしていた己の気の緩さ甘さを痛感している勇気。
セナはそんな勇気を励ましながらも。
視野を広げて空中と。
目下の地表を隈なく捜して目を奔走させていた。
「居た! 勇気、あそこだ!」
空中で、割と簡単に見つける事ができた。
セナはすぐさま勇気を呼ぶ。
「何処どこ!?」
「青龍の―― 正面だ! ……奴は何を考えてるんだ!?」
セナが指さした方向には、言った通りに青龍が居た。
大きく口を開けて。
……正面に浮いている『勇気』らしき人物を、飲み込もうとしていた。
光が一点に見えるのが、奪われた“光の塊”に違いないと思われる。
勇気とセナ、2人には訳がわからない。
これから何が起きようとしているのか。
セナは勇気を突然手で抱え出し、「行くぞ、早く!」と。
慌てて飛び出していた。
奪われた“光の塊”―― その行く先とは。
青龍と向き合っている『勇気』。
七神は全員海か陸に落とし、四師衆はすでに消え。
攻撃や邪魔をする者が居なくなった青龍は。
身が軽くなったと喜んでいるのだろうか。
鼓動に合わせて動きを活発に見せながらも。
飛び回りを止めて空で大人しく場を動かないでいた。
『勇気』は、あるのかないのか。
怖さなどおくびにも出さず青龍に尋ねている。
「どうして私を食べようと思わなかったの? 異世界の娘が好物なんじゃなかったっけ?」
返事を待つが、青龍は攻も防もせずに。
『勇気』を見てはいるが。
反応はしなかった。
“光の塊”を持つ『勇気』は仕方なく。
ため息混じりに自分で自分を納得させる。
「私が……そうね。所詮、勇気とは違って生身のない、実体のない者だからかしら?」
寂しげに言った。
勇気、から。
分かれてきた身である『勇気』。
いわば勇気という少女の影である。
レイに、ふざけではあったが。
痛い所を指摘されていた。
自分が勇気から離れられず意識は常に付きまとい、意地悪を――。
底辺へと貶めてしまおうとするのは。
愛だから……だと。
恐らくは愛という大げさなものにまでは行かないだろう。
そんな事よりもである。
『勇気』は、勇気が好きなのだ。
それに気がついて見方が変わる。
今までで『勇気』は。
胸が張り裂けそうになってきた苦しみを解消するのは勇気への痛みだと思ってきていた。
勇気が悩めば悩むほどに自分は楽になれるのだと思っていた。
実際、そうでもあっただろう。
何故なら、もともとは一人の人間だったのだから。
しかしそう単純なものでもなく。
苦しさの原因は、他にもあったという事だった。
……自分を大事に思う事なのだ、と……。
「わかった……私、わかったのよ……勇気、あんた達のおかげで……私は……」
勇気の方も、わかった顔をしていた。
そして、『勇気』に向かって言ったのだ。
一人に戻ろう――
影である自分の存在を許し。
排除しようというのではない。
“受け”ようとしているのだった。
自分の非、逃げを認めて。
仲間達のおかげで。
勇気は強くなった。
それを今度は『勇気』が。
認める番なのだとでもいう風に。
『勇気』は、取り残されたようで悔しかった。
敗北感の方が勝ってしまっている。
勇気には、七神達が居る。
けれど自分には誰も居ない。
『勇気』が青龍に関わろうとするのは……。
「寂しいよ……」
その時だった。
寡黙の青龍が、語り出す。
くぐもった声質で。
重層に響いていた。
『我は……太古なる昔に。始め人になるために生まれてきた……』
通じる言葉と発音だった。
言葉も意味を含み。
それは人と会話をしているのと差異はない。
正直驚きだった『勇気』は。
畏縮してしまったが話を聞いているうちに。
抵抗感はなくなっていっていた。
『だが人には形成されず、このような不便な体に……人と成れた者の、なんと羨ましき事なのか。人は我を姿と見で恐れるが、我も人を恐れようぞ……』
「あなたも怖いの? ……獣なのに」
聞く『勇気』に悪気はなかった。
青龍は獣、に反応を示している。
『人に成れぬ、そのような者が4つ。四神獣なり。神獣、とは名ばかり。古代の天神の手によってではあるが、一度生まれし者は滅び以外に救いはあらず。死するも我、恐れによればこそ叶わぬものなり』
『勇気』は、青龍の言いたい事が理解できた。
要するに。
神獣も元は人である、人になるはずだった、と。
人と同じく恐れがある。
死ぬ事は恐ろしくできない、と……そして。
『我は神にも見放され、……孤独である』
聞いた『勇気』の脳裏に、“七神創話伝”の第六章がよぎった。
『 第六章―― “天神”
世界を統治し
運命を見守る神
天神といふ
始まりは孤独
そして種だった
種は精霊をつくり
生きる者全てを生んだ
しかし天神は
癒されることは無かった 』
天神もひとり。
四神獣も。
救世主の片割れも。
ひとり、ひとり、ひとり。
皆がひとり、孤独。
孤独がある。
結果どうなったか。
孤独は、闇を生む。
レイがそうであったように……。
「今さら一つには……戻れないのよ、勇気……」
と、『勇気』は“光の塊”を見て思っていた。
一度分かれてしまったものは、再生できるとは思ってはいなかった。
戻れた所で。
新しく前向きに歩き出そうとしている明るい勇気に。
損、もしくは負担があっても得になるとは到底思えない。
……目はそう言う。
「さよなら……可愛い、もう一人の私……」
“光の塊”を持ったまま、『勇気』は前進する。
向かう先は。
青龍の開けている大口だった。
暗黙の了解が双方の間にある。
そのための語りでもあった。
青龍は死にたがってはいない。
『勇気』は勇気に戻りたがっているわけではない。
残された道とは――。
「待ってえええ!」
「おい、待て! ―― おい!」
遠くから、少女と男の声。
追いかけても間に合わない、制する勇気と。
セナの叫びの声がする。
(幸せに……どうか)
『勇気』は、青龍の腹の中へと進み……後は。
伝説の通りである。