第56話(快楽と苦しみ)・2
天神は考える。
青龍の封印を。
問題は一つ。
レイ……闇神。
七神の一人が欠けている事だ。
封印は、不完全でも成るものなのか。
天神には分からなかった。
試してみた事は無論ない。
しかし、もしできるなら。
やってみる価値はあるのでは、と。
天神は決心し、勇気達が集まるキャンプ地へと赴いた。
「封印を……ですか?」
茶碗を持ちながら。
勇気は天神が座する手前をボンヤリと見つめた。
森の入口付近で。
マフィアが作った鍋の中の雑炊を茶碗に移して食べている。
獅子の子供に似た小動物をヒナタが捕まえてきたので。
さばいた肉を焚き火で焼く。
後は味を付けて、それぞれは焚き火を囲んでお腹を満たしていた。
持ちかけられた『封印』という法。
勇気達は忘れていた訳ではないが。
レイが居ない以上、考えには入れていなかった。
「こちらの動きが気がつかれているのかどうだかは不明だが、青龍のあちら側は我々の方へ近づいて来ているらしい。このままだといつか衝突する事にはなるが。青龍を倒すと言った……その熱意は買おう。だが、やはりどう考えても無理だ。無謀すぎるとしか言いようがないのだ……四神獣を倒すなどと」
と、天神は頭を抱えていた。
白く長い、艶で光る絹のような髪は。
これ以上に白くはならない。
しかし顔は青ざめている。
「お主達の力では、奴は倒せん。それが分かりきっているからこそ、代々救世主を呼び、生け贄として捧げてきたというもの。奴を倒すなどと……甘く考えるな!」
最後、語尾を強めて言った。
はち切れんばかりといった風に。
……途端に辺りはシンと静まり。
パチパチと火の粉は上がっている。
セナの、怒りを込めた重厚な声が響く。
「……勇気はまだ13歳なんだぞ……まだまだ生きられるじゃねーか。どうして……」
箸を茶碗の上に置き、睨んでいた。
「何が救世主だよ。そんなの、こっちの世界の都合だろう……?」
本当は叫びたいだろう、セナの叫びのような気が全員にしていた。
だが黙ったままで、箸を進めている。
勇気も、セナと同様に空となった茶碗を下に置き。
箸を上へと置いて揃えた。
勇気は、ありがとう、と心の中で呟き。
セナの思いを断ち切った。
「もういいよ、セナ。私、やるだけはやってみるから。封印も、倒すのも」
勇気は、持ち前の元気よさで皆の前にさらす。
……天神も皆も、それに救われていった。
「方法を教えて下さい、天神様。私……青龍を封印してみますから」
焚き火の火は、赤々と消える事なく燃えている。
食事ももう終わろうとしている。
全員が……固唾を呑んで押し黙っていた。
日は昇った。
さあこれからという時が来る。
勇気達を乗せた浮かぶ島の正面から。
青龍はその姿を現す。
記憶にも新しい龍の、滑らかな曲線を描くその体躯。
蛇のようにぬるりと長く、見るに湿り気を帯び。
よじらせて暴れていそうで。
……日に反射して青くウロコは光る。
先についた頭は大きく。
伸びた髭は枝垂れ風にあおられ横へと流され。
ギョロリとした眼の奥は。
色がついてはいるが遠目にはわからないでいた。
頭にはざくり、ざくりと突き刺さったような角が2本。
……体毛は荒々しく。
もじゃりと白っぽく生えて後ろへと流れている。
頬を切り裂かれたかに見える大口から。
牙や白黒のいびつな歯が見え隠れしていた。
呼吸の隙に黄色い息を吐く事があるようだ。
浴びると猛毒だろう、臭そうな息。
……顔の正面から攻める事など、不可能に思えた。
「私が七神、あなた達をサポートしましょう……飛べるようにします。そして、全身に防護の膜を張りましょう……それで精一杯。健闘を祈ります――それぐらいしか、できないが……」
と、天神は申し訳なさそうに言った。
勇気達はとんでもない。
充分ですと全員が一致し、大きく頷いている。
「天神様をお護りします。それと、操縦と。こちらにそれらはお任せ下さい――ご無事で」
天神の影でアジャラとパパラは言った。
武器を持つ。
セナ、カイト、紫、ヒナタの腰には短剣を持つ。
ゲインは長剣、マフィアはムチを持っていた。
そして持つ全ての武器は。
最高峰と言われている鉱物“オリハルコン”製だった。
竜をも斬れると評判を受けてはいるが。
……目で確かめた事のある者はココには居ない。
各自、武器を持つが主体はそれではない。
魔法、肉弾戦など。
それぞれの得意とする分野で活躍するつもりである。
セナやカイトは魔法を、マフィアは魔法と武器のムチを。
ヒナタやゲインは体を張った格闘戦で。
紫は武器の長剣と格闘で。
それらを頭に置いていた。
戦い向きではない蛍は天神の元で待機し。
いざという時のために備えるという形をとる事にした。
残るは勇気。
手には“光頭刃”を構え、青龍ではなく。
……体毛に隠れ潜んでいる『敵』に向かって目を鋭く光らせていた。
準備はでき上がっている。
戦闘が始まろうとして時が迫ってくる……
勇気達は並んで広がり。
しっかりと落ち着いていた。
天神はすでに勇気達の護衛に取りかかっている。
……防護された服の上から。
シュウシュウと煙が細白く立ちのぼり、身を護る。
軽くジャンプすれば飛べるのだろうと予想されるほど。
身の体重を軽く感じていた。
(いよいよ始まるのね……緊張しちゃうな……)
勇気は列の真ん中から、一歩出た。
島の岬になった崖で、神剣“光頭刃”を突き出す。
ちょうど太陽の光が当たりキラリと輝いた。
神の剣。
神に選ばれし者が持つにふさわしいであろう、究極の剣。
人は斬れないと言うが……?
(青龍もあの『私』も、斬れるような気がする)
妙な確信が勇気にあった。
どうせすぐに証明されるべき事だろうと思い意気揚々だった。
不思議と、怖くなくなっていく。
……緊張は、ほどかれる。
勇気は叫んだ。
「『もう一人の私』……聞こえてる!? 私よ、勇気よ! あなたの片割れ。私達は青龍を倒しに来たの……倒せなくても。封印してみせる……!」
大音量は、めいっぱい空に響いていった。
勇気はもう一度繰り返す。
「倒す……封印する!」
それはとても気持ちのよいものだった。
思わず、『勇気』が顔をしかめてしまうほどの爽快感。
胸のあたりがチクチクと、棘刺す痛みに襲われた。
歯を食いしばり、歯ぎしりもした。
「倒す……封印するですって……?」
嫌な汗がたぎる。
激情した感情を抑えていきたかった。
握り締めた手はワナワナと震え。
『勇気』は我慢の限界を感じていった。
「許さない……させないわ……倒されるのも封印されるのも。そんな事を……」
できる訳がないと高をくくって。
鼻で笑った。
「させるもんですか!」
『勇気』は立ち上がって堂々としてみせた。
さあやってみろと挑戦的に胸を張って正面へ。
青龍は吠えた。
「グガアアア……ッ!」
幾人かは、武器のある腰に手を当てた。
セナやカイト、マフィアは魔法のために精神を集中の域へと達しさせる。
足を片方。
一歩だけ下がりやや後ろに体重をかけた。
来い!
……もしくは、来る!
勇気は。
まず、と。
我先にと島の土を―― 蹴った。
《第57話へ続く》
【あとがき(PC版より)】
あと5話(ボソ)。
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