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第56話(快楽と苦しみ)・1


※シリアスあり、コメディー要素ありとなっていますが作品中、今後の経過により残酷な描写があるかもしれません。

 同意した上で お読みください。


※じっくり小説らしく味わいたいパソコン派な方はコチラ↓

http://ncode.syosetu.com/n9922c/56.html

(『七神創話』第56話 PC版へ)




「いい子ね、青龍。私の言う事は何でも聞いてくれるの?」


と、青龍の大きな頭の上。


 両角の狭間に乗っていた『もう一人の勇気』は優しく微笑みかけた。


 少しの意地悪さを込めて。


 真意は分からない。


 青龍は無反応だった。


 聞いているのかいないのか。


 ……返事は期待できそうにはなかったようだ。


『もう一人の勇気』――


 勇気から生み出され形成されたもの。


 何もかも全く知らなかった勇気とは違い。


 最初から世界の事はほとんど見通していたという。


 自分は勇気の影の部分だと。


 光のある所は好まない、裏で生きる。


 勇気には悟られずに隠れて……。


 ……本当は気がついてほしかったのかもしれなかった。


 だからか、徹底して隠れていた訳ではなかった。


 夢の中を伝って転々と……。


「青龍、あなたを復活させたのが私だったって事、分かってるみたい。利口ね……」


 この『勇気』が。


 害となす青龍の体から放たれる異臭にも毒素にも耐えられて平気でいられるのには。


 青龍の施しがあったからだった。


 それはこの『勇気』全体を薄く丈夫に包んでくれている膜の張ったバリアー。


 何故、青龍が護ってくれていたのかは不明である。


 この『勇気』は、広大で黒く混沌とした下界を見下ろしながら。


 青龍に乗って。


 もうすぐ訪れるだろう朝日と、勇気達に。


 大あくびをした。


「倒せるものなら、倒してみせなさいよ……勇気」




 勇気達や天神達を乗せた空飛ぶ島は。


 青龍の居る方向へと狙いを定めてそちらへと雲の中を駆け抜けていた。


 一度は青龍から逃げてきたもので。


 逆戻りをする事になる。


 これから何が起きる、起ころうとするのか。


 勇気には皆目見当がつかなかった。


 しかし内から湧きおこる不安や恐怖といったものは。


 セナ達のおかげで今の勇気にはあまりない。


 セナ達が言ってくれた決意――青龍を倒す。


 救世主一人に全てを負わせない――それが。


 勇気は、嬉しかった。


 決意が固まる。


 さあ行こう。


 青龍と、『もう一人の私』の元へ――と。


「レイは何処に行ったんだろうな……」


 セナがぼやいた。


 勇気とセナは座り並び、スカイラールのそばでまだ眠り続けているハルカとともに居た。


 遠く森の中から肉を焼き焦がしたにおいが。


 深緑のにおいと混じって風に乗り勇気達の所へと運ばれてくる。


 マフィアや蛍達が朝食の用意をしているらしかった。


 横になってハルカが寝ている傍らには勇気とセナと。


 ハルカを挟み対してカイトやゲインが居た。


 ヒナタはマフィアの手伝いに行っている。


 天神達は操縦室へ。


 下界や青龍達の様子、動向がとても気になってしまうのだろう。


 腹わたの煮えくり返りそうになる思いを噛み締めながら。


 偵察していると思われた。


 青龍の所に辿り着くまで腹ごしらえをしておこうという提案の後。


 マフィア達が用意している間、勇気達は手持ちぶさたになり。


 セナがいきなりにも問いかけてみた。


 レイの所在を。


 レイは、青龍を復活させるための“四神鏡”の。


 最後の一つだった卵らしき物の形を割って力を解放させた後。


 爆発か衝撃に消されて何処へ行ったのか行方知れずになってしまった。


 死んでいるのか、生きているのか。


 天神にさえ分からないのだろうか。


 何ともレイの存在は宙に浮いたままの状態になっていた。


「レイが居ないと、封印もできないよね……」


 勇気がそうセナに返す。


 分かりきっていた事ではあったが、つい言ってしまった。


 封印は、七神が揃って初めて可能となる処置のはず――。


 一人でも欠けた場合、封印は不完全になってしまうのだろうか……。


 ほんの束の間でも、青龍の破壊行為を止める事ができるなら。


 それでもいいのではないか。


 勇気は空を見上げて、そんな事を思う。


『四神獣 万物を惑わし 必ずや破壊を導く 恐るべき獣なり』


 ブルブルと、勇気は首を左右に激しく振った。


 良くない考えを払拭する。


 考えすぎるなと……自分を戒めた。


「心配するなって。何とかならあ……倒せばいいんだ、倒せばさ」


と、セナはノンキそうに笑っていた。


 勇気も少し笑いながら「そうだよね!」と前を見直した。


 ハルカが寝ている前を。


 島は止まる事はなく。


 朝日の光で色の染まっていく空を走り続けた。


 到着前に朝ご飯が待っている。




「う……」


『もう一人の勇気』は苦しみ、胸のあたりを強く押さえた。


 押さえて掴んだ制服にできたシワは、無数にも及ぶ。


 むず痒い苦しさが、『勇気』を襲った。


「うう……」


 青龍の頭上で暫く身を固めうずくまって過ごした後。


 少しずつ楽になっていった。


 時々に、こうなる……『勇気』は。


 もう何度目になるのかが知れない苦しさの狂想曲にうんざりを覚えていた。


 そしてつい思うままに言ってしまう。


「ふ……勇気……いいわねあんたはそうやって皆に愛されて。護られて……」


 心の中も同様。


 言葉だけでは足りない“気持ち”は。


『勇気』の全体を支配している。


(あんたが笑うたびに、傷が一つずつ増えていくのよ……)


 誰も聞いてはくれないけれど、と。


『勇気』は言葉を吐き出す。


 やり場のない思い。


 行く所のない苦しさを。


 ……吐く。


「あんたの影なんて……なりたくなかった」


 回想をする。


 勇気の見てきたもの、聞いてきたもの。


『勇気』は全てを知っていた。



 月夜祭。


 セナに指輪をもらった時。


 摩利支天の塔。


 蛍が仲間になった時。


聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”でセナと話した時。


 元の世界から戻ってきた時。


 魔物と戦った時。


 街で買い物をした時。


 南ラシーヌ国王と話した時。


 最後の七神を見つけた時。


 セナと再会できた時。


 仲間とともに過ごして誓いを立てた時……。



 思い出す。


 勇気の笑顔。


 とても嬉しそうに。


 子供らしく笑って。


 辛い事など、その時は忘れて。


 幸せそうだった。


 なのに何故。


『勇気』には、それを苦痛にしか味わう事ができない。


 勇気が笑い喜びで満たされれば満たされるほど。


『勇気』には苦痛でしかない。


 そんなカラクリが。


“勇気”という合わせて一人の身にお互い起こっているのだ。


 ……そしてそれを知っているのも『勇気』だけ。


 勇気は知らない。


 負の部分を背負う。


『勇気』は青龍に這いつくばりながら。


 何もかもが憎らしくて体が沸騰しそうに熱を帯びていた。


(どうして……どうして私ばかりが苦しまなければならないのよ……おかしいわ)


 その代わりに。


 勇気が苦しめば苦しむほど、『勇気』は悦を得る。


 それを知っていた。


(もっと……もっと苦しめ。そしたらもっと私は……)


 楽になるのよ、と。


 声に出さずに飲み込んだ。


 やがて上半身だけを起こした『勇気』は、青龍に命令する。


「青龍。勇気達を追いかけて」


 ウオオオオ……


 金物のような響きと合わせた唸りを青龍は上げた。


 同時に、自由気ままに空を浮遊していた体はそのうちに進行方向を一方に定め。


 進んでいった。


 ユラリユラリと長い全長はくねらせ。


 動くたびに皮膚からこぼれ落ちた毒の粉は地上に降りかかる。


「いい子ね……あなただけよ。私の気持ちを理解してくれるのは……」


 青龍とともに進行方向を見つめていた。


 風切る中を、時々に目を細めながら。


 この先に勇気が居る……勇気をもっと苦しめてやればいい。


 もっと近くに居れば居るほどいいに違いない。


 きっと楽になれると。


 この苦しみから逃れる事ができると。


『勇気』は信じた……



『人間は精霊とともに この世で生きる道を選びたり


 しかし 人間と成ることのできなかった者 存在す


 これが獣なり――』



 第三章、“四神獣”の章の一部が『勇気』の脳裏に蘇った。


 獣、とは――



『人間と成ることのできなかった者』



「……私も、勇気から生まれた出来損ないなの……」


 何と、『勇気』の目から一滴ひとしずくの涙が流れ落ちていった。





 そんな、勇気と『勇気』の気持ちが交錯する中。


 島と青龍はやがて対峙する事になるだろう。


 距離は確実に縮まっていった。




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