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第54話(逃亡、そして)・2


 もう一人の『勇気』。


 勇気には有難い事か、誰もその事には気がついてはいない。



 もしや青龍を手なずけた……?



 勇気はその考えに行き当たり、冷たい汗をかく。


 それを悟られないようにと黙っていたのだった。


「追いかけては来ないようね……何でかしら……気味の悪い」


 マフィアの言葉を勇気は聞かなかった事にした。


 勇気にのしかかる暗い感情は。


 消える気配は無論なく。


 むしろ気遣っていないと爆発を起こしてしまいかねない。


 ……勇気は突っ立ったまま、耐え(しの)んでいた。




 やがて青龍が彼方に。


 ほぼ見えない距離になった時に。


 スカイラールは震動が止み。


 大人しくなった島の地へと降り立ち。


 勇気達皆を自分の背から降ろした。


 安定した地面を懐かしく思いながらも。


 皆はやっと落ち着けたと軽く笑いながら口々に言い合っていた。


 天神、ハルカも地面の上へ。


 少し雑草が生え散らばった上へと寝かせて様子を見ていた。


 先に起きたのは天神だった。


 そっとまぶたを開け、何かを考えているのか。


 すぐには何のアクションも起こさなかった。


 少し虚ろではあったが、正気はある。


 上半身を起こして。


 正面の方向に居たセナやカイトに気がつき真っ直ぐに見ていた。


「私を解放してくれたのは風神……あなたですね。感謝します……ありがとう。本当にありがとう……」


 線の細そうな声質と。


 繊細さを表したような微笑みで。


 セナとカイトは『これが天神?』と。


 顔を見合わせていたが。


 気を取り直して聞いてみた。


「俺が風神だという事はもう知っておいでですか。カイトも、……救世主も」


と、思いつくままに言ってみていた。


 セナに限らず、こうして天神と対面するのが皆は初めてとなる。


 緊張と、質問攻めにしたい気持ちと不満だらけをさらしたい欲求があるものの。


 なかなかどれも言い切り出せず尻込みしている一同だった。


 セナが代表するように一歩前へ出て。


 天神の背丈に合わせて屈み込み話し出した。


 それは、また一つの核心をつく答えとなる。



「……あんたは、チリンか?」



 場の皆は全員、ハッとする。


 天神への集中や関心が最高潮に高まった瞬間でもあった。


 セナの鋭い指摘はもうひと押しを見せた。


「わかったんだ……あの子供が。何もかもを見透かした感じが……あんたしか考えられない。俺らに無条件で手を貸してくれる奴なんてさ……違うか……?」


 自信はないように思われたが。


 沈黙を破り、重そうなまぶたの下の瞳の先は下に落として。


 細い声の音は塊のように吐き出した。


「そうだ……」


 天神は語る。


 これまでの事を。


 すでに陽は落ち、これから夕闇の果てへとなりずる時。


 島は一方へと突き進み。


 発生している風だけは肌に感じていた。


 森や木々も静かに高くから見下ろして。


 天神は……語る。


「私はあの女に閉じ込められ、何日もかけて、かろうじてやっと搾り出せた考や力を使い……チリンという、子供を生み出しました。分身と言った方が理解しやすいかもしれません。そうして救世主や七神。あなた達を回りくどくも、助太刀致しておりました」


「やっぱり……か」


 セナの落ち着きとは反対に。


 カイトが言い放った。


「どうしてチリンにクリスタルを破壊させなかったんだ? 俺達に素性を明かしたっていい。真実を隠して。おかげで、俺達はとんだ回り道を……!」


 天神の口はキッ、と固く横一線に結ばれた。


「恐ろしい」


 目に小さな信念を浮かばせて。


「あの女は」


 ――カイトを見上げた。


「あの女は恐ろしく頭がよいのだ」


 神経を走らせる。



 ――あの『 女 』?



 天神の口から時折飛び出る『女』という言葉に。


 皆には話が見えにくかった。


 それもそうだった。


『女』を見て知っているのは勇気と、セナだけだったからである。


 だがセナはまだ正体については疑問符が残っている。


 セナはコッソリと勇気を盗み見ていた。


 勇気が先ほどから黙っているままなのにも不審感を抱いていた。


「あの女は私の及ばない支配力を持っている……何だってできるのか。底知れない力。広範囲に至る視野。空間など簡単に捻じ曲げる。何処からでもやって来る。下手にこちらが動けばすぐに見つかる、私はいつでも殺される……息をもつけぬほどの恐怖だ。私の死は、この世界の滅び……私は死ぬ事など、許されていないというのに」


 途端に、ぜーぜーと呼吸が乱れた。


 天神の背中をセナがさすりに入る。


 苦しげな天神の息は絶え絶えで。


 目はひんむきそうなほど開いていった。


「あの女が……襲うのだ。この私を……」


 何度でも恐怖は繰り返された。


「魔性か……あの女……闇神も毒され続け……狂う」


 カクカクと下アゴが動いている。


「その『女』っていうのは、誰の事なんだ」


 じらされて我慢できず。


 カイトが苛立ちながら天神に詰め寄った。


「それは――」


 次の言葉が出かかった時だった。




「――もおッ、や め てえええッッ!」




 声を荒げたのは――。


「勇気……」


 盛り上げた両肩をブルブルと震わせて全力で制する勇気の。


 小さな体が立つ。


 決死に見えた表情は、赤かった。


 何をそんなにと、一同は思う――だが。


 セナだけは、違っていた。


「どうした……」


 勇気の名を呼び、状態を確かめようとした。


 寸歩、近づいて。


「来ないでえッ……!」


 涙混じりの声は。


 悲愴さをいっそう際立たせていた。


「何……」


 やがて勇気は耐え切れなく。


 走り逃げ出した。


「勇気!」


「勇気いい!」


 マフィア、カイト達も同時に叫ぶが。


 勇気は森の中へと駆けて行ってしまった。


 誰も追いかけず。


 ただ茫然として森の中闇を見つめていた。


「おい――」


 セナが、天神の何と胸ぐらを掴む。


「一体どういう事なんだ。説明しろよ!」


 慌てたマフィアがセナを押さえにいった。


「待って! ……どういう事なんですか」


 天神は震えている。


 苦しまぎれな声色は、こう言った。


「あの『女』とは……救世主なのだ」





 もうみんなバレた。


 私がいつか抱いた醜い心。


 世界なんて滅べばいい。


 滅茶苦茶になったっていい。


 私は知るもんか。


 私を苛めた奴らも。


 私を追い出そうとする人も――皆みんな。


 消えちゃえばいいんだ。


 そうだ――消えちゃええ!



 ……



 あの時の勇気。


 腹痛を訴えるほど神経をすり減らしていた毎日。


 日常。


 勇気には、一人で打破する事ができなかった。


 親は居ない。


 兄に迷惑をかけたくない。


 相談する友達も味方も居ない。


 誰も何もしてくれない。


 絶望。


 いい考えが浮かばない。


 明日は終わりとさえ思う。


 思い込んでしまう。


 眠れない。


 誰か、助けて欲しい。


 見つけて欲しい。


 勇気は走る。


 雨の中を遺跡へ向かって。


 鏡と出会う。


 価値のありそうな鏡。


 手に持てる方は割ってしまい。


 部屋になって張られていた方はくぐり抜けて。


 勇気は――


 一つの『世界』を手に入れた。


 自分の思い通りにできる世界。


 素晴らしい世界。


 勇気は気がつかなかった。


 そんな、夢のような世界に来たなどと。


 気がつかなかった勇気は旅に出た。


 それは、とても重く切なく。


 純粋な旅――。


 途中に苦しくとも。


 励まされ、助けられ、護られて。


 ココまで来た。



 勇気は見つけていく。


 自分というものを。



 そして今まさに審判は下されようと潜み近づく。



 勇気は、崖っぷちに立たされる――




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