第52話(青龍復活)・4
勇気と神子が神殿内に入って行くのを。
木の陰で見送るセナ。
2人が古びた白い建物の奥へと入って行き姿を消した後。
セナは寸分で追いかけたつもりだった。
見失うなど微塵にも思ってはいなかった。
しかしだ。
「あ、れ……?」
2人は居ない。
何処かへと消えてしまっていた。
何処を伝っていっても。
長く続きそうな廊下が十字方向にある。
廊下の壁に沿って備えつけられた燭台があり。
灯されたロウソクの明かりで見える範囲の。
何処を捜しても2人の姿はない。
捉えようのない奇妙さがセナを包む。
道があるのに、道を失った感覚に襲われていた。
自分はどっちに行けばいいのだと。
「くそっ……」
舌打ちをする。
しても何にもならない事にも腹を立てた。
こんな事をしている場合ではないと焦る。
ココから、右か左か前なのか。
道の一つを選択しなければならなかった。
「こっちか? ……」
仕方がなく、右の道を。
廊下を。
とにかく時間が惜しかった。
セナは走る。
音をできるだけ立てないようにと石造りの壁と壁の間を。
そして冷やされた空気を突き抜けて行った。
先は暗くて見えない。
果てしなく続く廊下なのではと感じるほど長く。
何処までも何処までも。
走り続けてやがて飽きが来ようとした矢先に。
廊下の突き当たりが出現した。
右にドアがある。
草花の装飾が施された茶色い木製のドア。
ドアはノブをゆっくり捻ると簡単に開いた。
セナは易々と部屋に入れた事にも違和を感じた。
神殿に来てから。
奇妙さは依然として消えずむしろ増していく。
セナはそれに耐えるのにも神経を使っていた。
開けた部屋の中は暗室だが。
ドアから差し込んでいた光のおかげで。
中の様子が窺えそうである。
「な……」
つい声を小さくも上げてしまった。
セナは立ち竦む。
しばらく考えていた。
本当は、大声を上げてもよかった。
何故ならば。
部屋の中に居たのは。
アジャラとパパラ――2人。
ただし。
両手足を頑丈そうな鉄鎖で繋がれ気を失い。
全身がダラリと人形のように壁に背をもたれさせていた。
セナの中で奇妙さはピークを迎える。
電撃を浴びたような衝撃に痺れ。
全身が麻痺し動けなくなる。
敵か味方か不明だった2人に答えを求めても。
ムダな事は承知している。
しかし聞かずにはいられなかった。
「何故、何故だ? 何故……2人はいつから」
何故を繰り返し。
焦りはセナの心臓を早鐘のように打ち出した。
危険だ。
結論が出た。
セナはバッ! っと勢いよく。
誰も居ないはずの自分の背後を振り返った。
「勇気ッッ……!」
叫びが、廊下の空中を。
矢を真似て突き抜け鋭く放たれる。
一方、勇気は。
神子に連れられて。
神子の背中しか見えない事に退屈しながら。
足音の響きがよい廊下をずっと歩いている。
あまり陽気になれる訳はないので。
勇気は重いムードが段々と嫌になってきていた。
(……ダメだ……油断しちゃ……)
いつでも腰の剣をとれるよう。
心構えは怠らなかった。
今自分の前に居る神子にだって。
隙を見せないように配慮する。
敵とも味方とも。
確かめられるまでは信用ならなかった。
(ん……?)
神子の進む先。
突き当たって正面に。
ドアがあった。
飾り気のない、木でこしらえただけの。
粗末なドアだった。
神子がドアを開ける。
部屋だとは思われる。
明かりが点き出していた。
壁面の燭台に立てられていたロウソクに。
勝手に火が点っていく。
ドアの方から奥へとひとりでにポツポツと。
部屋は最初は暗かったのだが。
少しずつ視界が開けていった。
そうやって足元から天井まで見渡せたのだが。
かなり広い部屋だったらしく。
奥まった所は闇の吹き溜まりになっていて見えてはいなかった。
神子が入り、後ろから勇気。
ドアは自動で閉まってしまい。
神子は気にせず奥へと向かった。
勇気も無論、神子の後について。
顔を上げ真っ直ぐ前を見た。
奥では、何かが輝いていた。
青い。
目を凝らしてみても、青いそれ。
近づくと正体は明らかになっていった。
クリスタル……氷の結晶。
勇気の背丈ほどの大きさが、目の前に現れていった。
「な……」
徐々に驚きは増していく。
何から言えばいいのかを迷っていた。
勇気はこれと同じ物を思い浮かべていた。
ハルカ――レイの闇の魔法で閉じ込められていたクリスタル。
その塊自らが発光し青く。
中の者は腐る事はなく時は存在するが。
生身は保存され――中の者は。
人が入っていた。
長く、床に悠々と到達している白い髪。
アゴの尖った細い顔。
まつ毛の、直線に近くシャープに伸びたそれは。
閉じられた両の目の代わりに目立って。
薄いけれどキリリと引き締まり紫に見えた口唇。
鼻はスッと筋が通って美しく高く。
意志の強さをと眉は描いたように形作られ。
広く聞き取れやすそうな大きな耳を持つ。
軽装に施された戦闘服仕立てともみれる中華式の服装。
醸し出す気品とは相性がよいだろう。
勇気は、下手に触ると火傷をしてしまうと思い込んだ。
それほど、鬼気迫る圧迫感で支配されていたのだった。
もしやこの方が。
勇気は震える声を出すのが精一杯だった。
「こ、この方……が?」
名前を口にするのに抵抗か恐れがあった。
天神。
しかし勇気は疑問に思う。
何故――
「どうしてこんなお姿に……?」
と、言いかけた時だった。
ドンと、背中を押されて前につんのめった。
「わっ」
2歩3歩……と。
危うく転びそうになってどうにかとどまる。
慌てて振り返ると。
居たのは神子だった。
いつの間にか勇気の隣から後ろへ。
勇気はクリスタルに夢中で気がつかなかった。
「み、神子さま……?」
その時に。
神子の表情は一変した。
口が二マリと歪み吊り上って。
声を隙間から漏らして面白く笑い出した。
誰もが気持ち悪くなるほどの。
「うふふふふ」
ドアが完全に閉まり閉鎖と化した部屋の隅々にまで行き通る音で。
神子はずっと笑い続けていた。
「くくく。ははははは。驚いてる驚いてる。いいよお、その顔。待ってましたあ」
何がそんなに楽しいのかが。
勇気にはわからなかった。
理解はできないが、不快にはなる。
そもそも勇気には。
わかる事の方が少なかったのだが。
神子は全くといっていいほど違うキャラクターを演じ。
潤んでいた目尻を手でなぞった。
「まだわかんないのお。ノンキっていうかあ、超鈍感」
勇気の胸中を巡る――
違う。
神子じゃない。
威厳さも、真剣さも。
これまでに見てきた悲愴も、何もかもが。
一瞬で消されてしまっていた。
「あなたは誰なの――」
睨んで、相手を見据えた勇気。
腰の剣にも手を近づける。
緊迫し喉を鳴らす余裕を与えない時間は過ぎる。
顔と姿形が神子のままで別人だった相手は。
観念ではなく仕方がなさそうにため息をついた。
神子はのんびりと変身していった。
加工されたスローモーション。
脳に穏やかな刺激を与え。
あくびが出そうなほどゆったりとした時間で。
神子が。
空間を捻じ曲げたように姿を変えた後。
勇気は声を失った。
《第53話へ続く》
【あとがき(PC版より)】
1話が長い……汗。ああごめんなさい。
やっとこさ携帯版が追いつきましたね。ふー。携帯版はPC版より1話遅れで水曜に更新いたします。
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