第52話(青龍復活)・2
一体何を!?
スカイラールの背を後方へと伝っていく。
両横から受ける風圧と戦いながら。
確実に追いかけてくる青龍へと向かって行った。
「何をするの、チリンくん!」
私が叫んでも風のせいか聞こえていなさそうだった。
私達は事の成り行きを見守るだけで身動きが全くできない。
「ハアアアア……」
チリンくんの小さな体に似つかわしくないほど。
しわがれて溜まった声を出した。
「食らえっ!」
気合いのようなものを込めていたのだろうか。
視界が私からではハッキリしていないのが悔しいけれど。
溜めた気合いを青龍に向けてぶっ放したらしい。
放った一撃は。
閃光と一緒に青龍へ襲いかかった。
ドオオオオンッ……!
光神の光が見られたら。
これとソックリなんじゃないだろうかと思った。
一点から伸びる無数の光の筋が。
世界の隅々へと鋭く射抜く強烈さで走り抜けていく。
爆音と、爆撃、爆風。
目は眩しさと風当たりで痛くて。
とても開けてはいられない。
少し時が経って辺りは治まったかと。
思われた頃合に見えた光景は。
思わぬ反撃を食らい数十メートルは後退していった青龍と。
手前には力を持って疲れたように。
片ヒザを立てしゃがんでいるチリンくんの姿があった。
「だ、大丈夫? しっかり……」
私が慌てて駆け寄ろうとジタバタと手足を動かしながら這う。
「へへ……ちょっとバテた……」
追いついた時にチリンくんは息を整えながら弱々しく声を漏らした。
チリンくんの体を支えたら。
チリンくんは私の手をとる。
何かを伝えようとして。
何だろう?
「お姉ちゃん、本当に……倒さな……きゃいけないの……は……」
言葉を待っていた。
すると。
「うう!」
突然に胸のあたりを押さえて苦しみ出したチリンくんは。
――体が薄くなり始めた。
「!」
そして消える。
私の手元になった。
チリンくんはもう居ない。
何処にも。
空気を掴み私は叫んだ。
「チリンくーーーん!」
……。
空に大きく響いた後はそれも消える。
残されたのは中途半端な道しるべだった。
チリンくんは最後まで。
何かを伝えたかったのだ。
だけれど。
気持ち悪さしか残らない。
「一体何者なんだ奴も……」
セナが呟く。
私達に示された道は本当に正しいのだろうか。
思えば私達……いや『私』は。
私という人間は、見えない何かに――。
導かれてきただけなのかもしれない。
信じたものは何だったのだろう。
チリンくんのおかげで青龍を突き放せた私達一行は。
チリンくんが示していた“光の輪”の中へと飛び込む事に。
ずっと。
目下に広がる海原の上をスカイラールに乗って。
方向任せて飛んでいた。
何処から何処までが。
言われている“魔窟の海”という所なんだろう。
もうすでに踏み込んでいただろうけれど。
「なるほど、“光の輪”か……」
カイトが感心した声を出した。
私達はその情景を見る。
光の輪……輪が。
海面から空へと浮かんでいる。
とても大きな『輪』。
輪と海面の間には、光でできたカーテンだ。
包まれてまるで中のものを。
護っているかのように輝いている。
黄色かと思えば緑に。
緑かと思えば意外な赤に。
定まった色調を持たず。
揺れ動いている光の壁。
とても美しく。
果たしてこれは通り抜ける事が可能なのかを考えていた。
しかし考えていてもスカイラールは気にする事もなく。
一秒と待たずに。
未知なる懐へと自身は飛び込んでいった。
即ち、背に乗った私達も同じくして。
「……!」
全員、カーテンをくぐった瞬間には息を止め。
身を縮こませ固まっていた。
何も起こらなかった?
と目を開けて確認するまで、続く。
「どうやら無事みたいだな……全くよう、心臓が幾つあっても足んねえぞ」
カイトの嘆きには。
皆も同感しているに違いなかった。
安心する隙や暇がない。
光の輪を通り抜けると、別世界だった。
温度が違う。
とても暖かく迎えてくれる。
一羽の小さな鳥が横切って。
鳥は、休まる憩いの場を探して羽ばたき飛んでいくんだ。
島があった。
孤立しているその島は。
地となった上に木を育み緑をのせている。
一羽だけではない島達は。
島を中心に弧や円を大きく描きながら。
遊びか餌を求めて飛んでいる。
島は浮かんでいた。
海水に沈んではいない。
浮遊しているのだ。
だから、『孤立』していると直感で言ってしまった。
「あれが……天神様の居る……」
マフィアだけでなく。
全員が心を掴まれていた。
一度捕えられたら離れられず。
私達はこうしている時にも。
目前へと近づいてくる島の存在に圧倒されてしまったままだった。
なんて寂しいんだろう。
そう感じる。
見ているだけなのにと。
誰もがそう思っているんじゃないかという妙な確信が沸いていた。
鳥という生物や木という植物が共存しているというのに。
何故か島だけが、ただ一つのような気がして。
孤独感。
……それはただの儚き想像というやつなんだろうか。
「キイィィイ……」
スカイラールは私達を気遣うように島へ降り立ってくれた。
着いた所は。
草木のない少し空き地となった場。
空からは何処を見渡し探しても。
開けた場所を見つけられそうになかったけれど。
はやる気持ちを抑えながらも。
スカイラールは我慢強く。
懸命に探してくれて。
おかげで私達は地に足を無事着く事ができた。
ココまで案内してくれたスカイラールと。
消えて行方知れずの謎の少年チリンくんに……感謝した。
「さてと……」
一番先に降りたカイトが。
腰に手を当てて肩を回し体をほぐしていた。
続いてセナ、ゲイン、私やヒナタもと。
マフィアは安静にという事で。
紫くんに補助されながら。
蛍は先に降りて様子を見守りながら。
「ありがとう。紫くん、蛍……スカイラールも」
「ピイ」
と、甲高い返事をしたスカイラール。
マフィアが体をナデナデと撫でると。
とても嬉しそうな表情をマフィアに見せていた。
降り立ってお礼を言ってマフィアは。
準備運動や辺りを偵察し始めた私達とは違って。
一人鬱蒼と茂った森の方へと歩く。
木に触れて。
対話を試みようとしていた。
しかし上手く会話する事ができなかったのか。
諦めてマフィアは私達と合流した。
辺りの様子を観察し終わった後。
私達は集まってこれからに悩む。
今に至るまでずっと慎重だったカイトは。
真剣に私達に言い聞かせた。
「油断はするな。何が待ち受けているのかさっぱり予想がつかない。誰を信じていいのかも。天神も……仲間さえも」
カイトだけじゃない。
私もだった。
仲間を疑いたくはないという気持ちと。
ひょっとしたら……という気持ちと。
いつ何処でどうなって。
ひっくり返るかわからないんだ。
カイトみたいに慎重であるべきだ。
私はそう思う。
だからだ。
私はキッと顔を強張らせ、
皆に提案を持ちかけた。
「皆、“七神鏡”は持ってる? ――出して」
セナは指輪を着けた手の甲を。
マフィアは、服の奥に垂れ提げていたペンダントを。
カイト、ヒナタ、ゲインは手荷物の中から。
それぞれが前に差し出し見せてくれた。
私も。
右手の中指にはめていた、セナからもらった指輪を見せる。
皆、鏡の大きさや形状はまちまちだったけれど。
生命のような輝きは甲乙なく純粋に見えた。
紫、緑、青、黄、茶。
色具合が反射の角度によって変わる。
こうやって。
一ヶ所に集めてみた機会は初めてだったはずなんだけれど。
妙に懐かしいと思った。
ああそうか……。
遺跡で見た、鏡張りの部屋。
あれのせいね……。
「私は……」
右手を私は突き出した。
「私の力と……皆の力を、信じている」