第51話(四神鏡、揃う)・2
何処!?
特にマフィアだ。
だってマフィアは。
「マフィアあ!」
私は画面の前まで駆け出す。
さくらなんか今はどうでもよかった。
マフィアは私が崖から落ちる前。
背後から杖で攻撃されたのだ。
一突きに……。
そしてそれを実行したのは。
ああわからない。
私は自分の目で見たものがまだ受け入れられないでいる。
マフィアを襲った人物……達が。
アジャラとパパラだったなんて。
「!」
画面の端にチラリと見えた。
マフィアの、赤いチャイナの服が。
でも。
一人ではない。
蛍と紫くんも一緒に居て。
取り囲んでマフィアをサポートしているように思えた。
きっと……。
見ると、マフィアの背中から痛々しい傷跡が。
破れた服の隙間から、血の滲んだ服の奥から。
杖で刺されたんだ。
でも立って、戦っている。
「いや……!」
血は止まっているのだろうか。
手当てなんてしている余裕はなかったんじゃないだろうか。
このままでは、マフィアが。
一度私は顔を背ける。
私が何故一人、ココに居るのだと。
責めたい衝動に駆られそうになる。
何のために神の剣を持っているんだ。
せっかくの不死身の体を棒に振るようだった。
そしてピンと弾かれたように思い出す。
ココにもそこにも居ないレイではない人物の事を。
「ハルカさんは!?」
「ハルカはどうした!?」
同じ事を思ったセナと声が重なった。
「ハルカ様はレイ様に付きっきりですわ。会いたいんですの? お2方」
とさくらは冷ややかにつまらなそうな顔をした。
「ああ。レイにもだ。会って、こんなバカな事を止めさせる。あいつらにだって想像くらいつくだろう。四神鏡を揃えて青龍を呼び出したら世界はどうなると天神、もしくは神子は言っていた? 何故わからない。何故止めない。そんなにレイは天神がまだ憎いか。もう充分だろう……? 天神は充分に苦しんだ……もういいじゃないかよ!」
最後は叫びになったセナ。
セナの精一杯の訴えは。
私には痛いほどよく伝わる。
セナの言う通り、どうして……!
何が彼らをそうさせ動かしているというの。
休む間もなく戦闘が続き映りだされるスクリーンを背景にして。
『泥沼』という陳腐な劇が繰り広げられているんだと思った。
しかし終わりが見通せない。
そして。
どれだけ訴えた所で。
肝心のレイ達本人が居ないと話にならなかった。
さくらに言っても。
「私に言ってもムダですわ。私はレイ様の仰る事が全てですもの……いい事を教えて差し上げる。四神鏡はすでに今。3枚を揃えてますのよ」
さくらはとんでもない事をサラリと言ってしまった。
「!」
「何ですって!?」
「あと1枚。あとたったの……1枚なのですわ。ああ、4枚目が姿を現した瞬間。ついに……ついに、青龍が……!」
あはは、と笑いながらさくらは自らの言いように酔いしれる。
ついでのように地震が起こった。
ゴゴ……ゴゴゴ……
さらに鼻につく笑いを披露するさくら。
長く麗しい髪も何だか台なしだ。
全てが下品に見えて仕方がない。
そんな事にも自覚がなくさくらは口元に手を当てて。
オホホ……と上品そうに笑う。
「青龍ですわ。いまかいまかとお待ちのよう……そういえば、ご存知だったのかしら? ――ココですのよ、青龍の眠る地は!」
私達には信じたくない事実ばかり。
もういっそ慣れてしまえばどんなに楽か。
さくらの耳につく嘲笑がいつまでも私とセナを苦しめていく。
もうやめて、うんざりだ。
とにかくレイに。
会いたかった。
「あはは……はははははは」
戦闘では、ヒナタがゴーレムに羽交い絞めにされ。
カイトが助けに敵の背後にまわる。
カイトは技を繰り出すが。
どうやら度重なる技の連続使用で。
いつものキレがないように感じられた。
疲労は残酷だ。
ゆっくりと身体を蝕んでいく。
私達は、何とか弱い生き物なんだろうか。
どうすればいい。
どうしたらいい。
教えて……!
天神様……!
「は……」
愉快だったさくらの顔が急に引き締まった。
スウッと、吊りあがっていた頬の筋肉が大人しく引っ込む。
……?
何が起きた?
「……」
さくらは黙ってしまっていた。
代わりのように、強張った顔を下方へと下げる。
さくらの……。
さくらの、お腹から刃先が10センチほど突き出ていた。
「え……」
生の声を出せたのは私だけだった。
驚きで何も出ない。
「さく……」
再び。
でも誰も何の反応もな……い。
レイがさくらを刺している。
後ろから刀を。
邪尾刀だった。
勢いあったか、思いきりにと……。
一突き……だ。
一体いつの間に、そして。
何故……?
レイとは相棒のようによく似合っている禍々しい邪尾刀からも。
さくらの体からも。
血液は一滴も出てはいなかった。
さくらは呆然とする。
それから。
穏やかな顔になった。
それも何故。
「レイ様……」
さくらのヒザはゆっくりと沈む。
ヒザをついた後、斜めに傾けた体は静止する。
濡れたような髪は長く垂れ流して後ろに。
背中は反り気味に。
刀が刺さったままで。
後ろに居る攻撃者は、まずはと挨拶をする。
「ご苦労。さくら。お前達の功績は高く評価しよう。お疲れだ」
刀を抜く。
ズブリ……。
ただ刺してみましたの遊びのようだった。
あまりにも無慈悲な。
忘れてはならないとの確認でもある。
レイは……残酷な奴だったじゃないか。
刀を抜かれたさくらの体はグラリと前に倒れかけ。
やがて持ち直して傷跡を確かめようとした。
しかしすぐに。
今度はレイの『手』自らが。
さくらの背中からズブリと入れられた。
「ヒッ」
思わず短い悲鳴を上げた私は手で口を押さえて。
何とかこみ上げてきた吐き気を我慢した。
ぐちゃり、ぐちゃりと。
肉の中に手を入れてかき混ぜる、聞きたくもない耳障りな音が。
目を離せばいいのに。
凄まじい光景から神経が麻痺して。
拷問のように動けなくなった。
これが現実?
嘘だ。
だって血は出ていないじゃないか。
「俺は嬉しいぞさくら。起きたら……」
と、レイはさくらの体から。
艶ある白く丸い物を掴み取り出した。
それは、……卵?
まさか。
取り出されたさくらはドン、と軽く突き出される。
ほんの軽く押しただけなのに。
さくらは力を失いほぼ抜け殻だった。
長い髪が前に垂れて表情が飲み込めない。
さっき見せた穏やかな顔をしたままなのだろうか。
レイは知ってか知らずか満足に笑う。
「四神鏡が 4 枚 、揃ったのだからな」