第50話(火城へ)・2
私は即座に「ハルカさん……?」と。
勝手に口がそう言ってしまった。
セナは驚きもせず。
ゆっくりと頷き水面に映った自分の顔へ一言一言を確かめて。
伝えようと言葉を吐いていった。
「ハルカが……好きだった。今もきっと……愛してる。あいつがレイの事を好きなのは、子供ん時からとっくに知ってた。でもそれでも良かった。だから――追いかけた」
「……」
「レイと別れた後。国王の娘であるハルカの失踪を耳にした。何の旅の目的もなかった俺は、ハルカを捜しに旅に出ていた。それこそ世界中を。まさかレイの所であんな風になっているとは、夢にも思わなかったぜ」
セナの本音は私にとって苦痛となるもの。
できれば、聞きたくはない内容でもある。
でも、でもでも。
私の中は。
セナが本心を包み隠さず。
一生懸命に伝えようとしていてくれている事の方が。
たまらなく、幸せに感じた。
だから怒りなんてしない。
これが……『セナを受け入れる』って事なんじゃないか。
私は、私が感じたままに従う。
(セナが旅していた目的……私に出会うまでは、そうだったのね……)
さらにセナはトドメの一撃を私に食らわした。
「だから……お前の告白は受け入れられない。ごめんな、勇気……」
悲しかった。
でも、ダメージなんてないように感じられた。
何でだろう。
苦しさなんて何処かへと置いてきたみたいだ。
私は自然と明るく笑っていた。
「わかったよ、セナ。もうわかった」
私は突然胸を張る。
ない胸を。
何が。
「で・も・ねー! それとこれとは別に。セナ、早く戻って来なさいよ! 皆も私も心配してるんだから。いよいよこれからが本番なんだからね!」
と、鼻息荒くニンマリと口元を吊り上げて笑うと。
セナもつられてくれて調子にのった。
「ああ。必ず戻る。ハルカが何人居ようとこんな狭っちい所はおさらばだ。勝手に人質になってて戦いに参加できずに悪ィな! 勇気に皆――“火の島”で待ってるぜ!」
火の島?
私が聞き返そうと思った時。
朝日が視界の端から乱入してきた。
夢は、覚めてしまっていた。
……パジェナ村。
村人人口250人ほど。
もし勇気達がミルカ村を後にし。
ナニワの森を抜ける前に進路方向を変えていたなら。
訪れていただろう小さき村。
農作物を何処の民家でも育てていて。
牛飼いの多い村だった……が。
見る影もなく。
平和は、赤で塗りたくられた。
「これで3枚目……」
さくらの手には。
卵に似た湿った物体。
艶光りする。
割ってはいないが、中には恐らく。
「あと1枚となりましたわ……レイ様、ハルカ様……」
目の奥が光る。
妖しい光を生み出している。
さくらの髪にこびりついて離れない血は。
固まって塊となっている。
気にしていない。
後で洗えば済む事だと。
高をくくっている。
片手には見慣れなじんだ刀。
こちらにも血が……数滴、滴り落ちている。
「ふふ……あははははは……」
宵の闇が、もうすぐに。一刻一刻と迫っている。
さくらの狂気か狂喜の声が暖かく湿った風にのって。
乾いた髪とともになびき運ばれていった。
肌に付着する長い髪が煩わしいと。
グ……ゴゴ……ゴゴゴ。
地面から雄たけびが聞こえる。
足の下からだった。
それをも かゆいとさくらは思っていた。
セナは“火の島”に居る。
私は空に向かってアジャラとパパラを呼んだ。
朝が来て、今後の事を相談し終わった後で。
セナにヒントを教えてもらって。
テーブルの上に丸まっていた地図を広げたんだ。
隅から隅まで。
それらしき名前の場所がないかを。
目を皿にして探したんだった。
ポツンと孤島で、あった。
地図によると、東の方角。
……ベルト大陸よりもっと北東に。
海に浮かんだ、“火の島”だ。
私達は丸まった海老の尻尾みたいになって。
北に伸びていたベルト大陸を横断してきたけれど。
また戻って行かなければならない事になる。
「アジャラー! パパラー! 来てえー!」
砂浜で。
海に叫んでいた私。
遠く沖合では。
海面から頭だけを見せている岩の向こうで漁業を営んでいる船が。
ゆっくりと進行していった。
のどかな風景ではあったんだけれど。
すぐに飛んで来ますとアジャラは言っていた。
本当に来るんだろうかと疑りを入れていたら。
「はいはーい」
「なんや〜」
と。
「!?」
振り返れば2人が現れていた。
私はズッコケて砂の地面の上に腰砕ける。
「……」
ミニスカートの腰に手を当ててパパラは。
私の顔を覗き見る格好になった。
「そない驚く事ないやん。瞬間移動くらいわけないで。慣れてしまい」
「限界はありますけど。パパラも居ますし、多人数でもできますよ」
と、2人はニコニコ顔だった。
は、はあ。
瞬間移動ですか、便利ですね……。
「で……」
パパラが私の横に並んで様子を見守っている、マフィア達全員を。
一人ずつ目で追った。
最後尾に居た、ゲインに目が向いて止まる。
「見つかったんか、最後の七神」
パパラの表情が硬くなった。
私は手や服に付いた砂を払いながら立ち上がって。
コクンと頷く。
そうか、とパパラはアジャラへと視線を送った。
アジャラも頷きで返した。
「では、いよいよとなりますね。ハルカとレイの居場所なんですが」
それを聞いて私は先に、「“火の島”です」と。
口を出した。
でも2人とも、すでにそれは承知していたみたいだった。
「ええ。自分の質に合った場所を見つけたみたいですね。希こうな場所です。今現在は、島全体が炎に囲まれています」
炎に!?
「生物は滅多に近寄らないでしょう……ハルカ達はどうやら島の中心に。空からはわかりませんでしたので、地下に潜っているかもしれませんね」
「アジャラとやら。そこは火山地帯なのか。地下は蒸し風呂になってやしないか。そんな所に奴らが居るのか?」
と、横槍をカイトが入れる。
パパラが補足した。
「火山島ではないねん。そこに生える植物や岩石、鉱石の影響あってか、目の錯覚で島全体が赤く見えるし異常に気温が高いっちゅう。前はなかったはずの炎に取り囲まれてるっちゅうのは、ハルカが持ち出してきた炎のせいなんとちゃうかて、思う……それにハルカの周りには四師衆がついているんや。奴らは術を使う。レイと擬似した闇の魔法……温度を通さない空間を造る事くらいできるんとちゃうかな」
そう推測した。
ふうむ。
「実際に見てみないと何とも言えないけど……」
マフィアも考えて。
私は「それじゃ」と手立てを考える事にした。
アジャラの言う通り。
ハルカ達が地下に潜伏しているとすると。
島までは。
アジャラ達の瞬間移動で行けるとして。
それからだ。
地下がどのような形状になっているかもわからないし。
恐らくはこちらの動向なんて相手には筒抜けなんだろう。
それって悔しい。
どうぞ罠にお嵌まり下さいとでも言われているようでだ。
レイとの一戦を思い出す。
生きて帰れたのがラッキーだった。
もうあんな目には遭いたくないし。
無茶もしたくない。
邪尾刀で刺されたり……。
「刀……剣。光頭刃なら、邪尾刀に立ち向かえる」
私は不死身だった。
それは立証されている。
軽いダメージを光頭刃で受けた事はあったが。
あれもとっくに治ってしまった。
たぶんだけれど。
重いダメージほど治りが早いってんじゃないだろうか。
とにかく私は両方ともに最強だった。
「邪尾刀を持っている人物の相手は私ね。不死身だからって調子にのって、私は剣で戦えるわ。任せて」
ドンと自分の胸を叩く。
「でも」とマフィアは心配そうだった。
「大丈夫よ、マフィア! 私は嬉しいの。いつも護られてばかりだった自分でも戦えるんだもん! ね!」
願っていた事だ。
マフィアは少し渋々だけれど。
大人しくなってため息をついていた。