第48話(ミルカ村騒動)・2
息を呑んだ。
腰の光頭刃に手が当たる。
とんでもない事だと思った。
思えば思うほど。
ますます気持ちが焦ってきてしまう。
「……!」
話題をかわしたかったけれど。
上手い言葉も見つからない。
私は弱った顔をして黙っているしかなかった。
カイトは怖い顔を崩す事はなく。
「……ごめん」
と、謝ってくれた。
「勇気を疑ってかかるつもりじゃなかったんだが……ただ、今言った、この4人がどうにか絡んでいるんじゃないか。そう思えてくるんだ。もちろん、ただの推測だ。実際は単に偶然が偶然を呼んだ結果だったのかもしれないから」
話に区切りをつけてしまおうとしたみたい。
でも何とも言えないわだかまりが残ってしまっていた。
私の方こそ、妙な疑いをかけてしまう……。
カイト、あなたは本当に味方?
そんな事は思いたくはなかった。
今にしてみれば。
私と、一緒に旅をしている七神の皆は。
すっかり信じきってしまっているけれど。
本当に仲間なんだろうか。
「……」
……やめて。
つまらない事を考えてしまう頭。
もう何処かにいってほしい。
私は頭を振った。
カイトは「?」と変に思ったのか首を傾げている。
私は胸を張ってみた。
「信じて。――私は、私」
迷わない。
セナの言葉を借りたんだった。
信じてもらう、それしかなかった。
「ああ。悪かったな、変な事を言い出して。それと何だが……もう一つある。鏡の事なんだが――」
と、カイトが言いかけた時だった。
私が「鏡?」と聞き返す前に。
違う声が割って入ってくる。
「おいこらぁ。昼間は出歩くなんてぇ、いかん聞いとらんけえのお」
私とカイトが。
湖の前で突っ立っていた背後からだった。
見ると。
下駄履きに白いタオルを肩にかけて。
腹巻をした、麦わら帽子を被った一人のおじいさんが居た。
あまり周囲の環境や気温に。
そぐわないんじゃないかと思えた、涼しそうな格好をしている。
「あ、すみません。ちょっと散歩したくなっちゃって……」
と、私はおじいさんに言い訳をした。おじいさんは村人……だよね。
「家の中ぁ居たらお前さん方の姿が見えたもんでぇ、注意しにきたと。この村は、夜しか外へ出ちゃならんね。昼間は、危ないきに……ん?」
突然、おじいさんは何かに気がついて私の手元を覗く。
私が視線を追うと、光頭刃を珍しそうに見ている事がわかった。
「これですか?」
とても興味津々だった。
私が手にとって前に出すと。
おじいさんは「ほおー」とため息をつく。
そして。
「すまんが、よく見せてくれんかの……あいにく、目が見づらくてぇの」
「え、あ。はぁ。どうぞ」
と、私は剣を手渡す。
おじいさんは剣をジイイーッと睨むように細い目で見た後。
ひっくり返したりして確かめていた。
何なのだろう?
「ふむぅ……何とも神々しい光じゃの……もしやお主ら、天神の使いかね」
「!」
「何!」
私とカイトが大きく反応してしまった。
しかしおじいさんは動じる事はなく。
自分の気の向くままに話し出している。
「天神……懐かしいのぉ、その名を口にするのは。昔に……今では遠い昔に。旅人がこの村を訪れて、聞かしてくれた事がある……。歌のようになぁ」
歌?
「『七神が誕生した後のこと。生命は進化を遂げたり。或る所では魚が生まれ、川を泳ぎ。或る所では鳥が生まれ、空を飛びて。或る所では人間が生まれ、世界を支配す。人間は精霊とともにこの世で生きる道を選びたり。しかし人間と成ることのできなかった者、存在す。これが獣なり』 ……後は、忘れたのぉ。七神創話、じゃったか……」
危うく大声を出しそうになった私。
だだだだって!
「“七神創話伝”! すみませんっ、もう一回教えて下さい!」
私は身を乗り出して勢い任せに頼んでみた。
「ううん? 何て言ったかのう?」
おじいさんは聞こえてるんだかいないんだか。
わからない素振りを見せた。
そ、そんなあ。
覚えられなかったよお。
するとカイトが横から口を出して私の肩に手を置いた。
「大丈夫。暗記したから。帰ってメモしといて。内容は……四神獣の事かな」
サラッと凄い事を言ってのけるカイト。
い、今の暗記できたの!?
……凄い。
「それより、ご老人。ちょっと聞きたいんだが……この村は、どうして昼間は外出禁止なんですか?」
カイトが尋ねた。
うん、私も気になっていた事だ。
わかるだろうか。
やがておじいさんは。
ふうむ、と頷いて私達を見回す。
そして言った。
「何もおかしい事はない……言われんかったかいのう? この村では、人、は。出歩いてはいかんと……」
何やら雲行きが怪しくなってくる。
んん?
「勇気!」
「え?」
私はカイトに腕を引っ張られた。
ステンと、後ろに転んでしまう。
「あたたた……」
すぐに起き上がって。
何が起こったんだろうと理解に努めた。
でもすぐにわかる。
何と、おじいさんが。
私の光頭刃を持ったまま。
振り下ろしていたのだ。
ええ!?
もしカイトが手を引っ張ってくれなかったら。
私はアッサリと斬られていた。
間違いなく。
「な……」
私がノンキに口をポカンと開けていると。
カイトが怒鳴った。
「立て! 勇気!」
私は格好悪くもジタバタとしながら何とか立ち上がって、逃げた。
でも光頭刃はとられたままだ。
どうしよう!?
おじいさんは剣を構えて私達を笑った。
「ひゃははははは……惜しいのぉ、惜しいのお……。若いモンの血が見れるかと思ったのにのぉ……」
と、眼球を飛び出そうなほど。
目は開いて歯はむき出しにした。
いい!?
「マフィア達が危ない……」
カイトがボソリと小さく言った。
私の背中に冷たい汗が。
そうだ、こうしちゃいられない。
私は意を決して、前へ出た。
「!」
驚いたのはカイトだった。
護られるべき立場の私が自ら進み出たからだろう。
「その剣、返して!」
と、私はおじいさんに飛びかかる。
何と真正面からだった。
実は何も考えていない。
「馬鹿か小娘……無防備で」
おじいさんは私のお腹に斬りつけた。
ザシュ。
「勇気ッ!」
カイトが叫ぶ。
攻撃を食らった私。
お腹から血を流して一歩退いたが。
後ろに倒れる事はなく踏ん張れた。
自分でも無茶だなあと思ったけれど……でも。
私には『確信』があったんだ。
「返せ!」
私はすぐに再び。
おじいさんの剣を持つ手に掴みかかった。
「な、何をおおおっ!」
おじいさんと私は剣の取り合いで揉みくちゃになる。
「返せ!」
私が尚も同じ事を繰り返し叫ぶ。
そして。
ビュワッ。
私から突風が飛び出した。
「ひやあ!」
おじいさんが思わぬ風にひるんだ隙に。
私は剣を奪い取る。
とても上手くいった。
「“小波”!」
カイトが呪文を唱えた。
すると、そばの湖から波がザワザワと立ち。
水の塊が飛んできておじいさんにぶつけられていく。
「ぎゃああああ!」
おじいさんは全てを体で受けて。
少し離れた所へと飛んだ。
倒れたまま動かなくなった。
倒した?
「勇気! ……ケガが!」
カイトがすぐに駆け寄って来てくれて。
私のお腹の傷を見ようとしてくれた。
でも。
「……」
愕然としたように見えた。
傷がない。
確かに大きなダメージを受けたはずなのに……と。
「……どういう事なんだ。いや……」
いったんは私から離れ。
少し頭を悩ませていたカイト。
私は申し訳ないなあなんて思いながら見ていた。
「ご覧の通り……私って不死身。少々の無鉄砲さも許して、カイト」
と、私はペロッと舌を出してみた。
しかしカイトは厳しい目や口を崩さなかった。
おまけに。
「ますます信用できんわい!」
と喝を入れてきた。
それもそうだと私は苦笑いする。
だってさ。
もう自分で認めなくちゃいけないって思うもの。
私は救世主。
皆とは違う。
人間だけど、ご覧の通りだ。
邪尾刀で刺されようが光頭刃で刺されようが。
私はたちどころに傷を治してしまう。
いや、いっそ受けないのか。
弾き返してしまうようだ。
私の中に四神鏡とは違う。
何かがあるとでも言いたげだ。
一体何が。
カイトが言いかけた事が浮かぶ。
鏡。
……まさか……。
「急ぐぞ、マフィア達が心配だ」
カイトが追い立てた。