第5話(レイの罠)・2
見ると。
あれは村の入り口で私たちに泉の水を勧めた、おばあさんだったではないか。
私が あんぐりと口を開けると、おばあさんは。
優雅に羽織っていたマントを翻し、下に降りた。
不気味な顔で私を見た。
「あなたも……蛍とかいう子の仲間ね?」
と私が聞くと、相手は訂正した。
「『仲間』だって? まっさか。僕は僕なりにレイに協力してやっているだけさ」
え?
……“僕”……?
と、首を ひねった。
何にせよ、レイの関係者もしくは敵ってわけね。
セナは攻撃体勢。
楓ちゃんも、黙って様子を見ている。
「僕は……」
と言いかけた所で、マントをバッ! と勢いよく脱いだ。
まるでマジックのように姿が おばあさんから ある少年の姿に早変わりした。
頭以外が全身タイツで、黒ずくめ。
首にジャラジャラと首飾りをつけている。
年は私より少し年上ってとこ。
ぱっちりと開いた光の無い黒い目が怖い。
しかも たえず薄笑いを浮かべている。
「僕は業師。鶲。おもに作戦を考えたりするんだけどさ、ほとんどレイが やってるし。ま、助手って感じかな」
と紹介した後、私をジロジロと見る。
「へえ〜。これが救世主。ふーん……頼りなさそ」
と、グサリとくる事を言う。
楓ちゃんより よっぽど口が悪いんじゃないの!?
「おい。鶲とやらよ。何しに来たんだ? まさか、また勇気の命を狙いに来たのか」
と すかさずセナがツッコんだ。
鶲は さも面白そうに、こっちを見る。
「そうだって言ったら? 君は救世主を お護りする騎士かい?」
と せせら笑った。
セナも負けずに笑みを浮かべ、「そうだよ」と言った。
「ふふ。面白いね、君。でもね、僕、別に救世主を殺しに来たわけじゃないんだ、実は」
「何?」
「レイの命令でね。君らを ここに引き止めておけって言われたんだよ。で、あんなババアの格好して、この村の掟を利用したってわけ。君ら、簡単に ひっかかっちゃって。結構 面白かったよ」
と、鶲が とんでもない事を言い出した。
セナが詰め寄る。
「な……レイの奴、俺らを引き止めてどうするってんだ!? 何を……」
と言いかけた所で、セナはハッとした。
「まさか……」
「あたしの村に、何するつもり!?」
代わりに楓ちゃんが聞いた。
そうだ。
レイが私たちを引き止めておく理由。
……ひょっとしたら、村の皆に何か!?
「さーあね。なんせ僕、レイの命令で ココで君らを引き止めておけって言われただけだし」
と鶲は両手を天秤のように掲げ、首を振った。
“僕の知ったこっちゃない”素振り。
皮肉っぽく笑う その顔が何だか腹立たしい。
でも、そんな事言ってらんない。
一刻も早く、村へ帰らなきゃ。
村の安否が心配だ。
私たち3人が後ろを向いて後退を始めると。
木から木へ飛び移った鶲が私達の行く手を防ぐように目の前に降り立った。
「言っただろう? 僕の役目は時間稼ぎ。気の済むまで相手をしてもらうよ」
「邪魔だ! どけ!」
「やーだよ」
セナと鶲の言い合いは続く。
すると、鶲の目前でボンッ! と白い煙が何発か立った。
爆弾っ!?
……にしては威力に乏しい。
そうしたら、セナが またも私を抱え上げ楓ちゃんと共に ダダダと村へ向かって走り出した。
恥ずかしい……けれど、グズな私だし、仕方ない。
「何なにっ!? 何が起こったのっ!?」
とセナに聞くと、
「あたしが隠し持っていた こけらおどしの煙玉を2・3発放っただけ。あいつ強いよ、かなり。相手にしてる暇も無いでしょ。逃げるが勝ち、ってね」
代わりに楓ちゃんが説明してくれた。
セナが息苦しそうだったからだろう。
無理もない……楓ちゃんのスピードについていっているんだもの。
苦しいはずだ。
しかも さっきと同様、私みたいな お荷物が、ねえ……。
はあ……。
私って、情けないや。
セナの優しさに甘えるだけ甘えて、何もできない役立たずなんだもの。
自分で自分の身を守る事もできないなんて。
どうしよう……悲しく、なってきた。
そんなこんなで、やっと山を出た。
どうやら鶲は追って来ない。
山を出た所で私を下ろす。
セナは しばらく呼吸を整えているが、疲れきった顔だった。
ごめん……セナ。山道を往復、全速で走ったんだもんね……。
一方、楓ちゃんの方は涼しい顔。
息一つ乱れていなかった。
んー、すごいよね。
体、鍛えてあるって感じがするよ。
一分くらい休憩した後、また再び村へ向かって走り出した。
村は すぐそこ。
あっという間に着いた……が。
信じられない光景を目にする事になる。
人・人・人……が、地面に横たわっていた。
血だらけで。
一刀でブスリと やられた者、
一太刀で切り刻まれた者、
まだ微かに動いている者……
まるでこれは 何処かで観た映画のワンシーンではないか。
いや、しかし。
そんな血の海の中……。
一人だけ、立っている者がいた。
真っ黒な闇の中で満月の光を浴びて、浮かびあがった その顔は。
……この前見た、あの大木の顔と そっくりであった。
ただ、あの顔に細縁の丸い眼鏡をかけただけだ。
恐らく、彼は……。
「レイ……!」
と、セナが呼んだ。
そう、セナの旧友、レイだ。
そのレイがゆっくりとこちらを向き、ジッと見ている。
セナと同じ年か年上か。
髪の色は青っぽい気が。
白のロングコート。
肩に赤いマフラー。
よく見ると、細縁の丸眼鏡の両端から銀の鎖が。
鎖の先は、耳のピアスに繋がっている。
長身の彼の手には、一刀の刀が握られていた。
赤い液体がポタリ、ポタリと刃先から滴り落ちている。
紛れも無く、血だ。
その手の刀で、村人たちを斬ったに違いない。
しかも、たった一人でね。
「レイ……どうして……お前、そんな奴じゃなかった。どうして、こんな事を……」
呆けている私と楓ちゃんをそのままにして。
セナはレイに哀れみのような怒りのような、悲しい声を出した。
彼も どうしていいか困惑しているらしい。
この光景に実感が沸かなかった。
3人とも。
「オヤジ! みんなァ!」
楓ちゃんが やっとの事で叫び出した。
そして段々と感情が沸き起こってきたのか。
震えた声を絞り出してレイを睨んだ。
「よくも あたしの村を……!」
と……怒りに身を任せて、楓ちゃんは空をきった。
レイに飛びかかろうとした。
わずか その間、一秒も無い。
瞬速の技だったのに。
レイは さらにその上を行く速さで前から来る攻撃を かわした。
楓ちゃんが よろめいた隙を狙って。
レイは持っていた刀を振り下ろす! ……
刀は、楓ちゃんの背中を斬った。
見事な さばき……斬れ味。
一本の『線』が刻まれる。
楓ちゃんの背中の斬り筋から、血が勢いよく噴き出した。
私は悲鳴をあげた。
「いやあぁぁぁああっ!」
何もできず、ただ目の前の光景を見て声を上げるだけ。
ゆっくりと、倒れた楓ちゃん。
すぐに駆け寄れと思った……けれど。
足がガクガクと震えて思うように動いてくれないのだ。
レイが、チラリと私を見た。途端、ビクンッ! と金縛りにあった。
足のガクガクは止まったけれど。
何て冷たい目――――!
その目に、吸い込まれそう。
すると いきなり、ガシッ! っと私の足をつかんだ人物がいた。
ゾクっと身の毛が立って、心臓も跳ね上がる。
足元を見ると、村長だった。
ココまで這ってきたのか頭と背中から血を流し、横たわっていた。
私に何か伝えたいのか、冷たい手で私の足首を震えながら つかんでいた。
村長はカクカクした口で こう叫ぶ。
「この…… 疫 病 神 め が ッ ッ ! 」 … …
と。
怒りと苦しみと……悲しみと。
顔が、訴えていた。
ただ私は……言葉が胸に突き刺さっただけだった。
《第6話へ続く》
【あとがき(PC版より)】
「鶲」という漢字なのですが、普通に字変換してくれません……だから嫌いだ(笑)。
※ブログでも一部公開しております(挿絵入り)。
パソコンじゃないと読みにくいかもしれませんが、
よければこちらも……。
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-37.html
お手数ですが、コピペして お進み下さい。
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ありがとうございました。