第46話(自暴自棄)・1
※シリアスあり、コメディー要素ありとなっていますが作品中、今後の経過により残酷な描写があるかもしれません。
同意した上で お読みください。
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(『七神創話』第46話 PC版へ)
「救世主を、殺す!」
物騒な言葉を吐くのは。
さくらだった。
鶲の隣に立っていた木の枝の上から。
いきなり歩き出すが落ちる事はなく。
そのまま空中に浮かぶ事ができ。
ピタリと歩みを止めて勇気達一行を見下ろしていた。
そこから少し離れた木の陰で。
気を失い倒れている勇気と。
そばで勇気を見守るメノウと蛍。
勇気達を庇うために取り囲んで。
戦闘態勢をとるマフィア、カイト、ヒナタ、紫。
冷たい風が吹きすさぶ。
それが いっそう緊迫感をあおるようだった。
やがてチラホラと。
空から雪の粉が舞いだした。
「蛍とメノウちゃんは勇気を護っていてね。お願いよ」
マフィアは後ろの蛍達には振り向かず。
言葉だけでそう言った。
「さくら。救世主の方を頼むよ。僕は他の雑魚を引き受けるからさ」
鶲はペロリと口唇を舐めながら。
目下を吟味するように見渡した。
殺される。
全員に。
体全体や足先まで凍てつくような緊張が走っている。
「行くよ!」
最初、先陣をきって飛び出していったのは鶲だった。
高みからマフィアに向かって。
真っ直ぐ向かってきた。
(勇気。しっかりしなさいよ! 私達が居るからね!)
マフィアは思いきり。
持っていたムチで迫り来る敵。
鶲に襲いかかっていった。
その頃。
底冷えの酷い部屋から。
場所を移されたセナ。
歩いてどうぞと移動したわけではない。
紫苑の術で、いきなり。
『移動させられ』たのだ。
暗室だった。
周囲は暗く、隅四方、壁すらも見えない。
何処だココは……と数歩だけ進んでみると。
ガン! っと何かに ぶつかってしまった。
一体 何に ぶつかったんだ? と見ても何も、と。
……周囲に慎重に注意を行き届かせていると。
どうやら透明の『壁』が自分の前に存在している事にセナは気がついた。
セナは この空間全体を把握し、悟る。
ココは、この場所は。
四角い透明のガラスケースの中に。
自分が居るのだと。
まさか一瞬で こんな所に? とセナは壁に触れる。
この壁の素材がガラスかどうかは不明だが。
壁を伝っていっても途切れている気配はなく。
ドアも窓もなく。
要するに逃げられない出て行けない、という事だった。
暗く、遠くが見えない見通しの悪さの中。
セナは天井まで どうやらフタをされた四角い透明のガラスケースの中に。
閉じ込められているのである。
(手の出しようがない……か。奴らの手の内だしな)
セナは諦めて。
元居た地点へと戻り床にあぐらをかいて座った。
ヒジをヒザの上につきながら。
退屈しのぎか目を閉じたり首をまわしたりしながら。
考え事を始めていった。
そうしていると。
コッ……コッ……と。
ヒールのような足音が段々と近づいてやって来る。
間違いなくハルカだと、セナは確信していた。
セナは動じず。
相手が声を発するまでジッと黙って待っていた。
「どうだ? 気分は?」
やがてセナの正面から声が聞こえた。
相変わらず暗かったが。
ボンヤリとハルカの姿が浮かぶように現れていた。
「最悪」
セナが答える。
「このケース内の温度は一定のはずだが。前の所は寒かっただろう? 息苦しさもないはずだし、快適さはマシになったと思ったが」
ハルカは小首を傾げてセナの様子を見ていた。
「そういう意味じゃない。この扱い方だよ」
セナは重いため息をつく。
「窮屈な事で」と、つまらなそうにも。
「大丈夫……もうすぐ、そこから出してあげるから」
少し微笑みながらハルカは言った。
一体、何の含み笑いだったのか。
セナが顔を上げると同時に、辺りが変わる。
突然に眩しい光が2人を囲むように。
空中の箇所箇所にと適当な位置で出現した。
始めセナは驚いて目を瞑る。
恐る恐る ゆっくりと開くと。
光に慣れた視界に信じ難いものが飛び込んできたのだった。
「……!」
大人の身長くらいはある高さ大きさのスクリーン。
現れたものはそれだった。
画面には、映像が映し出されている。
かつてレイとの戦いの時も。
こうしたスクリーン越しで別の場所を見た覚えがある。
同じだった。
セナは映し出された映像を見て、驚愕する。
「皆……!」
少し懐かしさもある山道の景色の中。
知ったメンバーが揃っていた。
マフィア、カイト……仲間と。
敵の鶲と、さくら。
すぐに予想される。
「見ての通り。まさに今、鶲とさくらで救世主を抹殺しようと……戦闘に入る所」
ハルカが説明してくれた。
セナの耳に入っているのかどうかはわからない。
そんな事はひとまずおいてだと。
セナはスクリーンを一つ一つ目で追っていた。
「勇気は何処だ!? 姿が見えないが……」
透明の壁を苛立ちながら叩く。
熱のこもったコブシから、汗がジットリと湧き出ていた。
嫌な汗は、額にも浮かんでいる。
勇気は何処だ。
無事なのか……。
セナの不安は膨れ上がる。
いつの間にか立ち上がって必死に勇気を探す。
映像の、隅から隅まで順番に。
鶲とマフィア、鶲とカイト、さくらと紫、さくらとヒナタ。
時折2対1、2対2となって。
両者、互角の凄まじい技と技との攻防が。
休む事なく繰り広げられて……いた。
「“津波!”」
「“散華!”」
“散華”とは、花びらや草などを刃のように鋭利なものに素早く変え。
攻撃するマフィアの技である。
「“積木!”」
これはヒナタの技。
光の塊を造り出し。
雨のように敵の上に降らせている。
さくらも鶲も。
時々に相手の技を受けるが直撃は少ない。
やはり、強かった。
大したダメージも与えられず。
2対4にも関わらず。
……マフィア達は苦戦している。
「時間の問題だな」
腕組みをして、ハルカは楽しげに光景を眺めていた。
「勇気は……」
痛い思いで勇気を探し続けた。
すると、やっとの事で勇気を発見する事ができた。
木の陰で見えにくいのは仕方がないが。
倒れて寝ている勇気をハッキリと目で確認する。
「勇気! どうしたんだ!」
セナは壁を叩く。
壁はビクともしないが、何度でも構わず叩いた。
大人しく。
何の反応も示さない様子の勇気を目の当たりにして。
セナの胸の内に、動揺が広がっていった。
ハルカはスクリーンを見ながら。
横目でセナをチラリと見た。
「セナと別れたのが、よっぽどショックだったんだろう。よく見ろ、生気が薄い」
ハルカに悪意はなくとも。
セナの心臓をえぐるような物言いだった。
「んなっ……!」
「見ろ。今……さくらが救世主の方へ近づいて行く……」
セナは思い出していた。
思い出してしまった。
いつか、勇気はレイに邪尾刀で一突きにされ倒れた事を。
された瞬間を。
忘れる事のできない、恐ろしい現実を、光景を。
セナの全身は。
……震え出していた。
一番先に倒れたのは。
まだ技も戦った経験も乏しく幼いヒナタだった。
さくらの持つ特有の扇子で一振りすれば。
たちまち烈風が発生して向かってくる。
ほぼ至近距離から。
それを受けてしまったヒナタは胸に打撃を受けて吹っ飛び。
遠く飛ばされ木に直撃してしまった。
体を強く打ちつけてしまい。
そのまま立ち上がる事なく気絶する。
同じく風を受けそうになった紫は空中で瞬間移動をして。
何とか攻撃を免れたものの。
助けられなかったヒナタを苦い顔で見るしかなかった。
その一瞬の躊躇とよそ見が油断となる。
紫が感づいた時にはもう遅かった。
同じく至近距離にまで瞬間移動した、さくら。
何と、顔と顔がぶつかりそうなくらいに接近し。
長い髪の香の漂う中で紫は。
扇子から放たれた殴るような風の直撃を受け飛ばされて行った。
空中で食らった攻撃のせいで。
紫は地上に向かって隕石並みのスピードで落下する。
風を受けた後は落下の際の衝撃だった。
地面に深い穴が空き。
紫は全身を砕かれながらも原型はとどめて。
土に埋もれた。
そして動かない。
沈黙が襲った。
相手が強かった。
事実は、見せつけられる。
敵を先に片づけた さくらは、鶲を見。
次に勇気の方へと目を向けていった。
「お、お姉ちゃ……」
震える声を出したのはメノウ。
横には、蛍。
「紫……!」
勇気のそばに立って、さくら達の攻防を見ていた。
思っていたより短時間で戦いが済んでしまった事にも。
恐怖を感じた。
遠目には。
鶲が一人でマフィアやカイトと戦っている。
しかし さくらの関心は鶲の援助ではなく。
勇気の方へと向けられている。
「ひっ……!」
さくらが、空から飛んでやって来る。
扇子が手から消えた。
そして、着地した。
……メノウと蛍の前に。
「さくら……!」
「救世主の息の根を止めれば、終わりよ」
さくらの紅を塗った口唇は、囁きを邪魔しない。
黒髪は、自然になびく。
雪の粉は、すぐに水となり乾いて跡を残さない。
「どきなさい、2人とも」
静かに命令は空気に融ける。
言われた2人は恐怖のあまり声が出なかった。
蛍は、勇気の手荷物を見て一つ抵抗を試みた。
勇気のそばに荷物と一緒に置かれていたのは。
――光頭刃。
聞く所によると。
四神鏡の所有者は斬れるが。
この世にある生物以外の物で斬れないものはないらしい。
確か この剣で複製だった邪尾刀をも滅ぼしたはずだった。
蛍は しゃがんで剣を手に取った。
素手でも技でも。
とても敵うはずがない事はとうに知っていた。
ならば、せめて武器で対抗しようという考えが。
蛍に行動を起こさせたのだった。
さくらにとっては蛍の一動二動など。
可愛らしいとしか見えてはいない。
「ならば……」
先ほど扇子を消したさくらの手から。
今度は――邪尾刀を出した。
本物である。
始めからそのつもりだったのか。
すぐに使えるように手入れはされている。
錆もなく曇りもなく、艶光りは褪せてはおらず。
斬れ味は過去に充分に証明されているのを全く記憶に消せず覚えている。
さくらの確実な殺意は、蛍を負のどん底へと突き落とす。
恐れは震えをまた恐れで助長するだけだった。
「いやあああ!」
それでも、蛍は剣で斬りつけていった。
たとえ、無駄だとわかっていても――。
「無駄ね」
言葉通りに。
さくらは直接 斬りつけるわけではなく。
横一線に刀を振るう。
そうして空を斬った風は圧力が かかり。
蛍へと面で ぶつかっていった。
「きゃあああ!」
悲鳴と蛍は、遠くへと飛ばされる。
草の生い茂った場所へと擦り転がってしまった。
そしてついに。
「死になさい」
さくらの沈んだ声は対象へと。
……傍目では呼吸をしているのかさえ不明な勇気へと。
握られた刀が光る。
「終わりよ」
すでに腰が抜けて立てなくなっていたメノウの目の前で。
勇気は刀で斬りつけられようとしていた。
「お、お、お姉ちゃあん!」
メノウの泣きと叫びは聞き入れられない。
「――死ね!」
刀に劣らず眼光は妖しく光り。
勇気の体に刀は、ついに、振り落とされる――。