第44話(誘[いざな]われた風神)・2
セナは別に勇気達を置いて旅立ったわけでは ない。
勇気達が寝ている場所から数十メートルは離れただけだった。
少し大きな岩が あり地面が石でデコボコと。
盛り上がっているのが目立つ地へと出た。
水音が するのは。
岩場の岩と岩の隙間から水がチョロチョロと零れ落ちているからである。
セナは、その岩場の前へと歩いてきた後……上を見上げた。
輝く夜の月を眺めにか……いや、そうでは ない。
セナは、風の音で呼ばれたのだった。
風神という名のもとに仕える者の その敏感な感覚が。
微かだった音を感じとったに すぎない。
「お晩です。ご機嫌イカガ?」
頭上の声。
セナに降り注ぐ。
細い足を組んで座り。
岩場の高みからセナを見下ろしていた。
手を振って、大きな黒の両の目で。
肌に張りついた全身の黒タイツは。
夜の暗さに溶け込んでしまっていた。
「――鶲」
セナの少し擦れがちな声が。
無言の風に さらわれて流されていった。
「……何だ?」
セナは鶲に、隙を与えないよう慎重に視線を向けていた。
これまで相手に してきた経緯を思うと。
油断は できないと。
緊迫感がセナを包む。
セナが どうであれ。
鶲には気に する事でも何でも なかった。
いつもの通りのマイペースさで。
セナをアゴの下で見下している。
「先日 言いそびれた伝言文を伝えに来ただけさ」
と、余裕綽々で鶲は答えた。
そんな態度でもセナは今さら腹を立てたりなどは しない。
「伝言? ……俺に?」
眉をひそめる。
相手の真意が わかりかねていた。
「ハルカからの、ね」
鶲がクスリと笑って口元を歪ませた。
「……!」
心中、騒がしく顔には出さないセナ。
ひと呼吸し、動揺を空気と一緒に飲み込んだ後。
会話を続けた。
「ハルカが、俺に何の用なんだ」
2人の言い合いは続いていく。
「君は邪魔なんだよ。僕らに とってはね」
「何 言ってる。邪魔なのは そっちだろう」
「救世主の そばに君が居る限り、救世主を殺す事が できないでいた。君は強いからね」
反り返って首を回してみたりする鶲。
「敵に褒められるなんて光栄だな。……でも勇気だって弱いわけじゃない。いや……」
言いながら。
……少し張り詰めていた糸が緩んだセナは、視線を落とし下を見た。
トカゲのような小さな動物が這いずるように。
地面の上を横切っていったのが見えていた。
「強いさ……俺なんかより、ずっと。それに、本人にも自覚できていない妙な力も ある……」
呟きのように聞こえた。
鶲は聞いてか聞かずか。
真顔に なり、言葉を吐く。
「妙な力。そうさ。僕らは以前、それに しこたま やられた。偶然だったかもしれない。けど、そんな事はレイも紫苑も……たぶんだけどハルカも知っていたさ。邪魔なのは、その力じゃない」
「どういう事だ?」
もう一度セナは上を見上げた。
鶲と見つめあい視線は正面で ぶつかる。
「邪魔なのは、君だ」
再度、繰り返した。
「だから……」
また話を戻すのかというような顔を向ける。
「君が居るせいで、レイもハルカも救世主に手が出せないんだよねえ」
セナには さっぱり わからなかった。
「何故……? 俺が居るせいで……?」
疑問が渦巻いて気持ちが悪くさえなってくる。
「ハルカに直接 聞いてみる事だね。僕の伝言は、君をハルカの元へ連れて行く事。ま、そういう訳なんだよ。で、どうする?」
「……」
セナは黙ってしまった。
面白げに笑いながら。
黒の目は鋭く見下すのをやめないでいる……鶲。
「会いたくないわけ? 昔……
好 き だ っ た 女 に 」
聞いた途端だった。
セナはカッと。
……顔が赤くなる。
いきなり自分の奥底に あって沈んでいた感情を。
豪快なショベルカーで掘り当てられたかのように。
外部からの衝撃を弾き返して隠し覆いきる事が できなかったのだった。
セナは首を振り、動揺を落ち着かせようと試みる。
そのさまが高みの見物と洒落こんでいた鶲には。
どうしようもなく たまらない。
痛快だった。
「あはははは!」
初めて声に出して この場で鶲は笑った。
すぐに「おっと」と わざとらしく口を塞ぎ。
「悪い悪い」と言いながら涙目に なった目尻を拭いた。
「君が来ないと、ワマ民族の村に総攻撃を仕掛ける、なんて物騒な事を言ってたんだけどね?」
「なっ……!」
「どうする? ゆっくり考える時間くらい あげるよ? いつ帰れるか、わかんないしねええ?」
セナの心は揺れた。
思考が止まらないで進むばかりだった。
……
……行くか?
ハルカの所へ。
昔 好きだった……あいつの所へ?
勇気を置いて。
奴の話が本当ならば、俺は勇気の そばを離れる訳には。
それに……勇気を……
勇気を、一人には――させたく ない……!
セナの真剣な瞳は向かう焦点が定まらず。
夜の間をさ迷って飛んでいた。
勇気と村。
どちらを取るのか。
選択は、セナを容赦なしに責めたてている。
「俺は……」
言ってはみたものの。
答えが見つからない。
迷いは、晴れない。
目に浮かんだのは勇気では なく。
ハルカとの思い出だった。
ハルカとの、あの幼き日々の微笑みの顔が美しく。
花びらの散るを想像し酔わせ それでいて儚く。
……年月を経て美化された懐古の心が。
とても大切で手離す事など できそうに なかった。
「……」
無言でしか居られない時間が悲しく過ぎていく。
小さくとも吹く風は、セナに何も答えも導きも示さない。
セナが自力で選べば よいのだと……囁きは優しくは ない。
「ハル、カ……」
苦しく漏らした声は想い人の名前……。
呼んでも、実体の ない思い出の中だけのハルカは屈託なく笑うだけだった。
綺麗なままの……。
「行かないよね!? セナ!」
……!
浮かんだはずの人物は、思ってもみなかった人物へと姿を変えた。
勇気。
振り返ると、存在 確かな勇気の。
泣きそうな、怖い顔がセナを捉えていた。
勇気はセナの あとを追って。
茂みの陰に隠れて一部始終をしっかりと見ていたのだった。
セナと勇気の視線と視線が絡みあう。
「行かないで!」
……
――セナが、ハルカさんの所へ!?
心臓が激しく、大きくなる。
不安が いっぱいに広がって、抑えきれない……!
「嫌だ! セナが、行っちゃうなんて!」
私の叫びが辺りに響く。
構う事じゃない。
もしココに居ないマフィア達に聞こえたって。
そんな事は どうでも よかった。
私は首を振って。
セナは驚いた顔をしたままで……。
そのうちに、ため息をついた。
疲れたように……セナ。
「……聞いてたのか」
言って、私に背を向けた。
私は ますます怖くなる。
「セナがハルカさんの事を……っていうのは、何となく感じてたよ。でも、そんな事どうだっていい。今、セナは私の近くに居てくれるもの……!」
不安の せいで焦りが生じる。
セナは「落ち着け……」と。
力の ない微笑みを作っていた。
セナが逸らしてからは、まるで私から逃げているようで。
こちらに目を合わせようとは しなかった。
私の中に焦りと。
……これは恐怖だ。
怖い。
そう、……怖い……!
「私……私、私……!」
顔が熱く。
赤くなってきたみたいで。
息が苦しくなってきた。
すごく苦しがっている私を見てセナが気遣って声をかけた。
「大丈夫か? 勇気」
いつものセナの顔だった。
当たり前にも なった、セナの優しい顔は。
私をいつも喜ばせていた。
けれど今は ちっとも嬉しくなんかない。
私は混乱した頭で。
言わなければいけない言葉を必死に探した。
探して探して。
乱暴に掴んで放り込む。
「セナが好き!」
バサ! バサバサバサ……!
私達を取り囲む黒い世界で。
これまでに隠れて見えていなかった遠くの野鳥の群れは飛び立つ。
休める所を求めて丸い月へと向かい。
羽を広げた。
セナの強張った表情は固まってしまっていた。
「セナが好き……だから行かないで……」
語尾に なるほど聞こえにくく。
「……行かないで……」
繰り返す言葉は、頼りなかった。
赤い顔は月の光に さらされて。
きっと よく映えているに違いない。
はあ、……と吐息をつくと。
少しだけ楽になれた気が した。
でも それはセナの次の ひと言で打破される。
「さよなら、勇気」
私は忘れない。
きっと一生、これから ずっとだ。
きっと ずっと、この瞬間を。
セナに渡すはずだったピアスの包みが。
私の手の中からスルリと抜けて。
土の地面の上へと落ちていった。
《第45話へ続く》
【あとがき(PC版より)】
誘われた風神……何て怪しいタイトルなんだろうか(次回も……)。
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