第40話(血戦の終結とその後・壱)・2
途中、ユリ砂漠で3日ほどキャンプし。
『国境の壁』という所に辿り着いた。
『国境の壁』……何か大げさだなぁと思う?
そうじゃない。
前方 上方、見渡す限り『壁』なのよ!
つまり、どういう事かっていうと。
雲まで届く巨大な黄色いレンガ造りの壁がズラー……っと。
左右にも広がっているわけ。
その あまりの巨大さと いったら。
「どうやって こんなの造ったんだろ……」
カイトが首をほとんど直角に曲げて上を見上げていた。
ほんと。
何のために こんなの造ったんだろ?
やっぱり他の国から自分の国を護るため……だろうなぁ。
でも、それにしては費用も人手も かかりすぎるんじゃあないの?
なんて気が してくる。
「あれが関所なんじゃない? ほら、馬車とか人が並んでる……」
と、マフィアが指さす方向を見てみると。
確かに一列に人や馬車なんかが並んでいる。
壁にポッカリとトンネルが。
この壁の巨大さからして ちっぽけな穴だけれど。
4トンだろうが10トンだろうが。
トラックでも易々と通れそうだった。
トンネルの前で兵の男が数十人居て。
通ろうとして並んでいる人や荷物を入念にチェックしているようだ。
一人に対して時間が結構かかっている。
「とにかく並んで待ちましょうか……」
マフィアが並んでいる人数を眺めながら。
仕方なさそうに言った。
それもそう。
蛇の道みたいに、結構な人数の人が並んでいるからだ。
それこそ何十人居るってんだろうか。
これを全部 荷物とか、身元とかを調べていくわけ?
厳しいなぁ。
列に並んでいる待ち人達はシートを敷いて座っていたり。
はたまた寝転んで昼寝していたり。
こんな所でも商売していたり。
笛を吹いて音楽を楽しんでいたり歌ったりしている。
セナとカイトは眠たそうに あくびしているし。
私達は最後尾に並んだけれど。
まだまだ これから時間が経過していく事を考えると。
……ゆううつに なってきそうだった。
何か ないかなぁ……と。
私はキョロキョロと周囲を見回した。
すると。
「ん?」
関所の辺りから。
上へと続く階段らしきものが あるのを発見する。
何だろうか、と階段の先を目で辿っていくと。
壁に沿って続く階段は。
ある程度に上まで行くと折り返して また上へ。
そして また折り返して上へ。
ジグザグに見えた。
壁と一緒に、てっぺん は雲に隠れて見えなくなっている。
私はピンと閃いて、思わず走り出してしまった。
「えっ、おいっ。勇気、何処 行くんだよ!?」
後ろからセナが慌てて呼んでいる声が した。
しかし言う事を聞かず。
というか聞いて おらず。
私は列から外れて壁へと走って行ってしまっていた。
「セナ、あんた行ってきなよ。どうせココから動けないし。退屈だろうからね皆。私が並んでるから」
と、マフィアが言ってくれていた。
「すまない」
セナは それだけ言って私の後を追いかける。
「俺らも居るし。メノウ、退屈だったら適当に遊んできてもいいぞ」
「うん、後で行く」
「暑いわねえ。テント張らない? どっかで」
「向こうの日陰に張りましょうか……」
と、カイト達や蛍達が相談したりしているのも全く知らず。
私は お先に関所に居る兵士に話しかけていたのだった。
「ねえ。ひょっとして、この階段……てっぺんまで行ったら、上から向こう側が見れるの!?」
いきなり袖を引っ張られて興奮気味に私に尋ねられた兵士の男は。
びっくりした顔を私に向ける。
やがて落ち着いて笑いながら言った。
「ああ。一応 展望できるよ。そうだなぁ……ま、往復4時間は かかるかな。どんなに急いでも」
「4時間……」
腕を組みながら考える。
上まで行って帰ってくる時間と、検問での待ち時間。
どっちが早いかなあ。
でも空まで上ってみたいし。
そこから見える景色なんて想像できない。
せっかくのチャンスなんだけれどなあ。
諦めかけて残念がっていると、背後からセナの声が した。
「行けるよ。てっぺんまで」
そんな事を言う。
私は目を丸くしてセナを見た。
「へ!? だって4時間も かかるんだよ?」
腰に手をついて、平然としているセナ。何その余裕。
「片道2時間だろ? まあ順番が来るのも そんなくらいだろ。OK、シャシャッと行って帰って来ようぜ」
シャシャ……ってアンタ。
私は難しい顔をして「でも……」と尻込みしているけれど。
「おーい! マフィアー! ちょっと上まで行ってくる!」
大きな声でマフィアに呼びかけ、「さあ行こう」と私の手を引っ張り出した。
階段を上り始める。
私はズルズルと。
セナに腕を引っ張られて訳の わからぬまま連れて行かれてしまった。
「し、死ぬ……」
「ほら、さっきまでの元気は どうした?」
先を行くセナのスピードは、落ちる事は ない。
私は必死になって ついて行く。
そりゃあ最初は楽々と、調子に のって2段も3段も。
ピョンピョンと飛び跳ねながら上っていったりしたわよ?
でも段々と疲れてきて、一段一段 普通に歩くようになって。
終いにゃ無口に なってきて……で、今は この有り様。
何度も何度も「もうダメ」とか「しんどい!」とか弱音を吐きまくり。
それで そのたびに先を行くセナが励ます。
「オメー、俺より若いくせに体力なさすぎなんじゃねえ?」
ぐさっ。
こ、この野郎っ……。
「何よ! 私、女の子なんだから!」
と、ない胸を張って答えてみた。
「調子いい奴ー。こういう時ばっか女だからって言いやがる。フン、マフィアを見習え! マフィアをっ」
何とアッカンべーをしてスタコラサッサと前を向いて行ってしまった。
は、薄情な奴……。
出会ったばかりの頃の あの優しさは幻と消えたっちゅうんかいっ。
「あっ!」
セナを追いかけようとして、つまずいてしまった。
ステンと前のめりに転ぶ。
……よかった、手で受けた おかげで。
段の角には顔が当たらなかった。
その代わり、角に当たった手の平がヒリヒリする。
「ったぁ〜……」
右ヒザも擦りむいたらしい。
ちょっと皮が めくれていた。
血は出ていないし、たいしたケガじゃないけれど……。
「……」
……何だか、情けなくなってきた。
さっきのセナの言った事が思い浮かぶ。
そりゃあね、マフィアは女なのに たくましいわよ。
料理も できるし、初めて会った時、あの孤児院で子供達の面倒も看てた。
マザーの看病も。
それから、魔物や鶲達と戦う時だって、ひるまなかった。
それどころか自分から向かって行ったもの。
南ラシーヌ国で鶲と紫を相手に大ピンチに陥った時。
マフィアは私に「大丈夫。私が あなたを護る」って言ってくれたっけ。
私、あの時ドキンって したもん。
女同士なのに(変な意味で なく)。
私って足手まといだよなあ……助けられてばっかりだもん。
前にも こういう事で悩んでいたような気が する。
その悩みが今また、復活しちゃったかな……。
とにかく、これ以上お荷物に なるのはゴメンだ。
今なら間に合うよね。
ココから下へ戻ろう。
せっかく一生懸命 上ってきたけれどさ。
だって これから次の所へ行くっていうのに。
疲れちゃったら余計な迷惑かけちゃうもんね。
何で もっと早く気が つかなかったんだろう。
私ってホント、考えなし。
レイの事、尊敬しちゃうわ……。
「何、そんな所で へたり込んでんだ。しかもボーッとしちゃって」
顔を上げると、セナが私の様子を窺っていた。
「……何でもない」
私は口を『へ』の字に曲げて立ち上がった。
パンパンと服に付いた砂を落とすと。
上では なく下へ向かって下り始めた。
セナが当然 驚いて追いかける。
「おい。待て! どっち行ってんだよ!」
と、私の腕をグイと引っ張る。
「皆の所、戻る。下りは楽だし、それに私もう、疲れちゃったもの」
私はセナと顔を合わせず。
そう言ってセナの掴む手を払いのけようとした。
だがセナは さらに強く私の腕を掴んだ。
思わず「イタッ」っと声を上げて見ると。
セナは真剣な顔で睨んでいた。