日常
その日、ウェアは農業ブロックで作業をしていた。
天井からは煌々とした光が降り注ぎ、通路は金属の材質で、通路以外の部分には土が敷き詰められ、水を散布する装置が所々地面から突き出ていた。
さながら畑のようだ。というか畑だろう。
ウェアの趣味の空間ではあるがそれなりに広く設備もしっかりしていた。
黙々と畑の手入れをしているウェアの傍らには円柱型の本体から6本足が突き出た多脚型ロボがウェアの作業をサポートしているようだ。
多脚型ロボの前後どちらかの足2本は手の代わりになる。
前後同時に手の代わりにすると安定した姿勢が保てなくなってしまうので
基本的に4本同時に手は使えない。
汗を滴らせながら鍬をザクザクと振り下ろし、畝を作りだしているウェアの後から多脚型ロボが左手に種が入った容器を持ち右手を器用に動かしながら畝に種を、ズボズボと植えていた。
広大な宇宙を航行している宇宙船の中で、この光景はいささかシュールだとも思える――かもしれない。
ピッ!「ウェアいま何処にいるのー?」
ウェアの左手首のリストバンド状の輪からアレイの能天気そうな声が響いた。
船内であれば、ほぼ何処にいても連絡が可能な小型の通信装置だ。
「おう、ふっ!…農業ブロック…すぅっ!…だが」
手を休めず息を少し切らし、ザクザクと畝を作りながら答えるウェアに
「ほいー」
と能天気そうな声の返事がかえってくる。
数分後アレイは農業ブロックで作業中のウェアに近づきながら声をかけていた。
「調子はどう?」
「まあまあだ…っな!」
声をかけてきたアレイの方向を見ずに作業を続けながら返事をするウェア。
「そっかーーっ」
と返事をしながら首を微妙に傾け、頭の上で手を組み欠伸をするアレイの目にウェアの傍らで作業をしている多脚型ロボが目に入る。
と同時に多脚型ロボの円柱外周部のカメラ部分がくるりとアレイの方向へ向き、
アレイと見詰め合う格好となった。
その瞬間、『チッパ…』と言うが早いかアレイは猛ダッシュで距離を詰め、多脚型ロボの円柱部分に渾身のパンチを繰り出していた。
――ゴンッ、鈍い響きと共に目を瞑り、微かに涙を浮かべ眉をしかめながら下を向き、くぅううう!という感じで右手を擦るアレイ。
それを下方からカメラで傍らに覗く多脚型ロボは一瞬の間を置いて『チッパ…』
その瞬間、多脚型ロボは、土の地面からスウッと空中に浮き通路の端に、ゴスッと垂直に叩きつけられていた。
重量20キロはあろうかという多脚型ロボではあるがアレイに組み付かれ、ジャーマンスープレックスを食らっていたのだ。
アレイの完勝と断言しても良いくらいの綺麗な形をしたジャーマンスープレックスだ。
「ふっ、雑魚が…私の夢と希望が詰まったちっぱいにケチをつけようなんて、100年と15日早いのよ!」
とジャーマンの体制のままドヤ顔で熱弁をふるうアレイ。
一方、技を食らった多脚型ロボは瞬間的に手を器用にくるりと回したのか、種の入った容器を天井方向へ向け一粒も落とさず沈黙していた。
ロボだけに瞬間の対応力といい器用なものである。と感心をすべきなのか。
「おいおい、壊すなよ」
作業の手を休め、タオルで汗を拭きながらアレイの綺麗なジャーマンを横目で見つつ呆れ顔なウェア。
「大丈夫、このくらいで壊れはしないわよ」
と言いながらジャーマンの体制から技を開放して、立ち上がるアレイ。
「ね?ウメチル」
何かを成し遂げたかのような爽やかな笑顔で、未だ通路に突き刺さったかのようなウメチルの半遠隔操作型、多脚ロボに語りかける。
『…ピ…ガッ、ガーー…ダイジョバナイ、壊れたシ』
「はいはい、壊れた壊れた、大丈夫でしゅかバブー」
軽く見下す感じで冗談交じりにウメチルの端末ロボに言い放つアレイ。
今のアレイは悪い顔をしているだろう――絶対に。
「ところでお前もやってみないか」
「…やるって何を?」
「農業を、さ」
地面に垂直に立てた鍬の持ち手の端を片手でつきながら人差し指でサングラスを軽くクイッと上げ格好をつけるかのように言い放つウェア。
その様子を傍目から見つつ、そこに痺れたり憧れたりはしない。
と心の中で微かに思うアレイ。
「いや私は、土臭いのとか力仕事はあまり向いてないかなー、なんて」
てへっ、という様な感じで断るアレイ、――微妙に毒舌なのか?
「そうか、これはこれで面白いもんなんだがな」
ふぅっと息を吐きながら作業に戻るウェア、そこへガシャンッと音を立て体制を建て直し、脚の先からシュコッと小さい車輪を出しスゥーと静かにウェアの傍らに移動するウメチルの端末ロボ。
『アレイに苛められたデス』
と告げ口をするかのようなウメチルの端末ロボ、頑丈なのか全く壊れた部分がない様だ。
「そうか災難だったな」
ウメチルの端末ロボの円柱形の上部をわしわしと撫でながら作業を続け始めるウェア。
「じゃあ、またあとでねー」
と手を振り上げながら離れて行く途中、右手を口元に左手を右肘の下に組み
(端末ロボはウメチルの操作で並列に動いているはずだけど、個性でもあるのかしら…)
と目を瞑りながら思うアレイであった。