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カミツキカミカ  作者: 足立 拾
第一章 起キル時
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彼ハ待チ、彼女ハ捜ス

「またまた良い鼓舞だったじゃないか」


「鼓舞が上手いのは相変わらずだよ」

 後ろから掛かった声にも、日陰は決して慌てない、それが分かっているから空太はそれ以上何も言わずに日陰の横に並び立った。


 集まっていた一ノ華組が一斉に隊列を造り、市内に向かって駆け出して行く。

「で、何があったんだ?」


 一ノ華組の動きは明らかにおかしい、着任式を行った日に即座全集を掛けるなど滅多にあることではない。


 何か大きな事件が起きたのか、とも思ったが、町の方から騒がしさは聞こえてこないところを見るとその線も薄い。

 では一体何が、と思った矢先に帰ってきた空太に日陰は視線だけ向ける。


「軍警服では誰も警戒して話してくれなかった。町人の振りして、潜り込んだらようやく聞き出せたよ」

 手には手書きの紙の束、相変わらず汚い文字が踊っていた。


 そのまま渡されても解読に時間が掛かりそうなので日陰は続けて、と言いながら必要以上に気を張って歩いているように見える一ノ宮小乃美に目をやった。


「町の様子がおかしかったのは、犯罪を犯してた、正確には犯していながら未だ捕まっていなかった奴らが集まって組みたいなものを造ったかららしい」


「組、ね」


「そ、正政組とやらで、それがどうにもおかしいんだけど、そいつら別に悪さをする訳ではねーんだと」


「今時義賊気取りの奴らでも出たのか」

 悪から金を盗み、貧しき民に分け与える、かつて存在した者達。そんな輩は喜劇の中にだけいればいいものを。


 けれど空太の続けた言葉は日陰の予想を上回るものだった。


「そうでもない、そいつらは不正を働いた役人とか、権力を持った奴らのみを天誅と称して殺すんだと、どうも俺たちには知らされてなかったようだけど、軍警官でもやられた奴らがいるらしいぜ。ついでにそいつらの仲間に入らなかった犯罪者達にも天誅を下していたみたいだな、その時は命までは取らないから後で軍警官が捕まえて、逮捕率が上がっていたというわけだ」

 彼の言葉を受けて日陰の頭の中で話が一本の線を使って繋がって行く。


「それで一ノ華組が結成された訳か」


「は?」

 話の流れで分からないのか。

 目を少し大きく開けて日陰の言葉を待っている空太にこれ見よがしに息を吐いてから、日陰は身体ごと空太に向けた。


「都合が良すぎるとは思わないか、名門一ノ宮率いる一ノ華組が誕生し、計っていたかのようにこの噂が表面化した。つまり上は前からその組織のことを知っていて、それを一ノ華組に捕らえさせたいのさ」

 傀儡と言う言葉が思い浮かんだ。


 彼女は上に、家に操られているだけなのだろう、出世の為の道具として。


「つまり、そいつを代わりに俺たちで捕らえちまえばいいじゃねーか!」

 名案だ。

 そう言いたげに手を張る単純な作りの男を見やりながら、しかし、日陰もその意見には賛成だった。


「その通り。一ノ華組の初戦を彩る為の獲物を僕たちが喰らってやるんだ」

 一ノ宮の獲物を喰らう。

 皮肉だな。と日陰は自らの吐いた言葉を笑った。


「でも俺たちが捕まえたところで、俺たちの今の身分じゃ、手伝っている組の手柄になるんじゃね?」


「お前は僕の話を聞いていなかったのか。その為に手紙を書いたんだよ」


「手紙? そう言えば誰に何書いたんだ」

 駐屯所の外壁に身体を預けたまま、空を見上げる。視界映るやや厚い雲の隙間から橙に色づいた太陽が微かに顔を覗かせていた。


 夕闇の色を吸い込み始めた太陽は見ていても眩しくはない。


 頭の中を色々な言葉が早駆けして行く。それら全てを受け止めて、日陰はまた笑った。


「僕たちの組を上に認めてもらう為の手紙だよ」

 言葉にすると思ったよりも感動もなく、単なる事実としてそれは大気に混ざる。それが少しだけ癪だった。


「く、組って。本当かよ! こんなに早く? もっと先の話じゃなかったのか」

 目の前の男は違ったらしく、興奮が目に見えるかのような確かな感動を得ている。

 その男に向かって日陰は頷く。


「咲乃、出てこい、いるんだろ」


「ここに」

 忍の心得もあったのかと思うほど、音もなく咲乃は二人の目の前に現れた。


 空太は盛大に驚いているが日陰はそれが当然だと言わんばかりにごく当たり前に彼女の存在を容認する。


 ここにいると予め知っていた訳ではない、それ程彼女の気配の断ち方は完璧だった。

 日陰には確信があった。


 この話をする時、すなわち自分が組を立ち上げる時にこの二人が側にいない筈が無いと言う確信。そしてそれは初めから決っていたかのように事実となった。


「僕らの組が、早ければ数日以内に誕生する」

 既に誰もいなくなった広場を見ながら目を細める。


 乾いた砂が一陣の風に舞って扇状に広がっていく。


「あとはそれまでに一ノ華組が正政組を捕らえられるかどうか」

 これも根拠を持たない確信だった。


 一ノ華組が上層部の、一ノ宮の、一ノ宮小乃美自身の期待とは裏腹に正政組を捕らえることは出来ないと言う確信。


「お手並み拝見って所だな」

 声を弾ませる空太。


「そのように」

 わざと組のことに触れないようにしている咲乃。


「待とう。僕の組、それが出来上がるまで」

 誰もいない広場にその声は広がって行く。


 先の小乃美とは全く逆の、ただの当たり障りのない言葉に、空太と咲乃は同時に心を震わせていた。




 一ノ宮小乃美は焦っていた。


 町に出て一斉に捜索と情報集めを開始させたものの、一つとして有力な情報を掴むことが出来なかった為だ。


 定期連絡が入る度に心に軽い落胆が落ちる。

 署内でも広まり始めた話が、町の人間に伝わっていないはずはない、何かの理由で隠している、それは分かる。


「……しかし、何故」

 部下の一人に町人相手に声を掛けさせている間、それとなく、街中を見渡してみるが、そこにあるのはいつもの視線だけだった。


 軍警官に対する畏怖、それのみ。

 軍警官とは憧れられ、そしてそれ故に恐れられるものだ。

 軍警官として配属された一番初めの地区にいた支部長が、新兵相手に言った言葉だ。彼女も同感だ。


 町人と同じ目線に立つ必要はない。馴れ合いはいずれ、自分を貫く刃となるものだから。

 しかし、その思いがこうした時に困るのもまた、事実だ。


 前方から子供特有の甲高い笑い声が聞こえ、小乃美はそちらに意識を移動させた。

 年の頃は四つか五つか、その程度だろう。髪を天辺で結った子供が一人、後ろを向きながら、走ってきている。


 その少年は後ろにいる誰かに、ここまでおいで。と言いながら、愉しそうに笑っていた。

 少年が後ろを向いたまま小乃美の足にぶつかり、そのまま後ろに転げるように倒れた。


「大丈夫か。少年」

 倒れた少年を気遣い、しゃがみ込もうとして小乃美は周りの視線を気にした。


 ざわざわ。


 雑踏の音が一層強まり、自分に向けられていることを悟った。彼らは自分という人間を値踏みしているのだ。ならばここでしゃがみ込み、子供と同じ目線に立つのは不味い。

 しゃがみ込み掛けた足を止め、腰から曲げ起き上がろうとしている少年を上からのぞき込むように見やる。


「君も男子だろう。一人で立ちなさい」

 声を掛けると少年は瞳に涙を溜めたまま何とか立ち上がり、その涙を決壊させることなくグッと足に力を入れ、胸を張って小乃美を見上げた。


「うん」

 褒めてあげようとして、小乃美が少年の頭に手を伸ばす。

 しかし、その手が少年の柔らかな髪に触れるより早く、


「申し訳ございません!」

 悲鳴のような謝罪の言葉と共に、母親らしき妙齢の女性が後ろから見物人を押しのけるように現れ、小乃美の手から少年を引き剥がすように少年の身体を掴み、自らの元に引き寄せた。


 よほど強く抱かれているのだろう、少年は顔をしかめているが、母親はそれを気にする余裕も無く、小乃美に深々と頭を下げた。


「申し訳ございません、うちの息子が」

 自分より年下の小娘相手に必死になって頭を下げる様子に、小乃美は改めて自分という人間の立場を思い知らされたような気がした。


 自分は軍警官。町人と交流を持つことなど無いのだと。


「いえ、これからは気をつけて歩くように言って下さい」


「本当に申し訳ございません!」

 少年の頭を押さえ、嫌がる子供の頭を無理矢理下げさせる母親を見下ろしながら、小乃美は曲げていた腰を戻してピンと背を伸ばすと、行って良し。と手を軽く振って見せた。


「失礼致します。ほら、おいで」

 何か言いたそうに小乃美を見上げる少年の手を引いて母親は逃げるようにその場を後にした。


「ふん」

 鼻から息を抜きながら、周りに集まっている野次馬連中を一睨みして退散させると、再び警邏の続きを開始した。


「……」

 無言を貫き、あふれ出しそうになる感情に蓋をして、小乃美は前を向く。前だけを向く。

 そうでもしていなければ心の中であの憎たらしい男がしたり顔で何かを言ってきそうな気がしたから。


 その後の警邏は二時間以上続いたが、成果を上げることは出来なかった。

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